第5話


 魔力学の時間はとっても苦痛だった。

 周りに助けてくれそうな人はおらず、授業が終わるまでの約50分、ひたすら何もできずにじっとしていることしかできなかった。


 悔しい、悲しい。

 西桜坂校では、そんな風に意地悪をする人は居なかった。むしろ、優しい人が多く、わたしのクラスは特に団結力が強かった。だから、誰かが困っていたらクラスの皆で助けようと奮闘してた、なのに、美紀ちゃんのクラスメイトは助けようとするどころか、むしろバカにしてくる。引っ込み思案な美紀ちゃんでは、馴染めなくて当然だと思う。


 そして、その悪感情は今、わたしに向けられてる。


 正直、わたしは自分でも人に好かれやすい方だと思ってる。こんな風に悪感情を向けられたことなんてないし、困ったこと……特に勉強面ではクラスメイト皆で居残り勉強をしたりしていたほどだ。理解力がないわたしでも分かるようにと、あれこれと工夫してくれていた。

 おかげで、幸い赤点を取ったことは今まで一度もない。赤点ギリギリなことはいつものことだけどね……。


 今こうして悪意を向けられて、初めて恵まれた環境だったんだと実感した。


 今のわたしでは何もすることができない。必死に耐えるしかない。

 そう考え、歯を食いしばって魔力学の時間を乗り切った。


 魔力学が終わって、わたしが使っていた魔石は二つとも先生に返した。あれは返した、というより奪われた、って方があってると思う。そう思えるほど乱暴な手つきだった。教師としてどころか、人としてどうなんだろう。

 でも、今のわたしに何かを言う気力は残っていなかった。



 魔力学の次は数学で、数学さえ乗り切れば今日の授業は終了だ。

 数学は苦手だけど、魔術学や魔力学のように知らない科目じゃないだけましね。内容もわたしの世界と同じ。


 わたしも美紀ちゃんも同じ高校一年生なので、丁度習う内容が近かったのもよかった。わたしが覚えている限り、向こうは秋が深まりもうすぐ冬の季節だった。でも、こちらはまだ初夏だ。なので授業内容は覚えてはいないけど聞き覚えのある内容だったのが幸いだ。


 数学の授業を聞きながら考えるのは問題の答え、ではなくこれからのこと。


 大前提として、わたしには絶対に協力者が必要なことが分かった。しかし、誰がわたしを助けてくれる?本当は家族に協力してもらうべきなんだろうけど、難しいんじゃないかと思う。クラスメイトは勿論論外。先生も、正直不安だ。全員が全員魔力学のあの先生みたいだとは思わないけど、苦手意識が付いてしまったのでできれば遠慮したい。


 絶望的な状況だけど、唯一一人だけ、きっと協力してくれると思える人物がいる。

 そう、狭間直矢君だ。


 朝とお昼の彼の態度を見る限り、きっと美紀ちゃんと親しいはず。きっと協力してくれるはずだ。

 でも、どうやってお願いしようかな?そのまま、わたし実は美紀ちゃんじゃなくて異世界で生きていた全くの別人で、元の世界に帰るためにも協力してください!なんて言えるはずがない。言ったって信じてもらえないのがオチだろう。

 なら、どうするか。


 それこそ授業そっちのけで考えていた。

 それでも、いいアイデアが浮かぶはずもなく……。


 結局、数学の時間いっぱい考えてたけど、いい解決策は浮かばなかった。


 そうしてあっという間にHRの時間だ。

 何だかあっという間の一日だった気がする。そう、まだわたしにとって登校初日なのだ。たった一日でこれだけエネルギーを消費するなんて……。ちょっと不安だな。


 先生からお小言を言われ、特に何事もなくHRは終了。あっという間に解散だ。それぞれ部活がある人、用事がある人は荷物をまとめて教室を出たり、逆に何の用事もない人はそのままおしゃべりしたりしている。


 美紀ちゃんが部活に入っている様子は見られなかったし、美紀ちゃんの性格上部活には入ってないんじゃないかと思う。まぁ、あくまで予想なんだけどね。

 でも、クラスメイトの対応を見る限り、美紀ちゃんはあまりコミュニケーション能力は高くないんじゃないかと思う。それなら、絶対に人と関わることになる部活動は避けるんじゃないのかな?と思ったのだ。


 部活もなく、特に用事もない。今の優先事項は直矢君を仲間に引き込むこと。

 その直矢君はどうやら部活に入っているらしく、お友達と一緒にさっさと教室を出て行ってしまった。それなら、もうわたしがここに居る理由はないね。


 荷物を鞄に詰め込んで立ち上がる。誰にも話しかけず、そして話しかけられることもなく教室を出る。図書室に行こうかとも考えたが、もしも誰かに見られて、不審に思われるのも嫌だと思いなおし、そのまま家に帰ることにした。



 家に帰ってきても、やはり両親は居なかった。鞄から鍵を取り出し、家の中に入る。

 分かってはいたけど、家に一人きりと言うのは心細く感じる。わたしのお母さんは専業主婦だったから、学校から帰るといつも「おかえり」と出迎えてくれてた。でも、美紀ちゃんはいつも誰も居ない家に帰ってきてたのかな。登校時間には既に出勤してたなら、両親と顔を合わせるのは休日ぐらいじゃないか。

 そんなの、一人暮らしとそんなに変わらないじゃない。


 早く元の世界に帰りたいと思うのに、このまま美紀ちゃんを置いていくのは心苦しく感じてしまう。

 美紀ちゃんもわたしと一緒に向こうの世界に行けたらいいのに……。お母さんに説明すれば、きっとわたしと同じ気持ちになるはず。わたしと一緒にお父さんを説得して、美紀ちゃんを家族に迎え入れてくれるかもしれない。


 甘い考えだというのは分かってるけど、そうなればいいのにと願うことぐらいは許されるよね。


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