第3話
お昼休みの終了を知らせる予鈴に、勉強のために伏せていた顔を上げる。
わたし以外の生徒も予鈴に合わせて図書室を退出し始めている。わたしも早く教室に戻らなくては。
流石に全く時間が足りなかったな。そりゃ、ただでさえおバカなわたしが未知のものを短時間で理解できるわけないよねぇ。
うーん、やっぱりこの本を借りてから家で勉強した方がいいか。家なら周りの目を気にする必要ないし。
時間がないので急いでノートと借りたい本を持って立ち上がる。ササっと貸出手続きを行って、図書室を退出した。
次の授業は魔力学。魔力学は座学の魔術学と違って実技の科目だ。実技と言っても、体育みたいな思いっきり体を動かすようなことはなく、魔力の扱いに関するものだから、場合によっては教室で座って行うこともある。今日は教室で行うタイプのものだ。急いで教室へと戻ろう。
駆け足で階段を上り、サッと教室に入る。教室には既に席についている生徒が多かったが、わたしのようにまだ戻っていない人もいるみたいだ。
直矢君の席を見てみると、既に戻っていたようで席に座って近くの友達とお喋りしている。
次の授業の準備をしようと借りてきた本を素早くカバンにしまい、代わりに魔力学の教科書とノートを出す。予習のためと教科書を開いてパラパラと前の方のページを眺める。
魔力学は実技だから教科書見ても意味ないような気はするけど、気休めにね……。何も知らないよりかはいいかなぁ、なんて。
「教科書見たって魔力なしには意味ないのにねぇ。」
「私達は合格のために努力してるのに、魔力なしってだけで何もしなくても落第しないだなんてずるいわよねぇ。」
「でも落ちこぼれの魔力なしになるくらいなら落第して留年した方がましだけどね。」
わたしの席から離れた場所から話し声が聞こえる。朝の時のようにクスクスと笑い声が混じっている。
魔力なし、とは一切魔力がない人のこと?何だか意図的にわたしに向けて会話しているような気がするけど、つまり美紀ちゃんは魔力なし、ってこと?そうなるとわたしがこの世界に来たのは魔術は関係ないっぽい?
いやでも、魔力がなくても魔力のこもった魔石を使えば誰でも魔術が使えるはず。もし美紀ちゃんの部屋に魔石があれば、わたしがこの世界に来た原因が魔術だった、っていう可能性が上がるよね。
うん、ポジティブシンキング!決して現実逃避なんかじゃないよ!
「おら、もうチャイムは鳴ったぞ。席につけー。」
教室に入ってきたのは魔力学の教師。いつの間にか授業開始の本鈴が鳴っていたらしい。
周囲を見てみると既に全員教室に戻ってきていた。いったいいつの間に……。
「今日は特定の魔方陣の発動のための魔力操作の練習だ。大体の魔方陣はこれまでの研究によって多少雑に魔力を通しても問題なく発動する。が、強度のない魔方陣だと一定以上の魔力を通せば魔方陣が崩壊するし、最悪魔術が暴発する。近年ではそういった魔方陣の暴走による事故は減ってきているが、それでもないわけじゃない。全員、真面目に行うように。」
教室中から「はーい」とやる気のなさそうな声が聞こえる。
魔方陣の暴発って……。こ、こわぁ……。
まさか美紀ちゃんが魔方陣の暴発を引き起こしちゃった結果、異世界からわたしが引き寄せられたとか?あ、ありえるよね。大惨事にならなくてよかった……。いや、わたしにとっては十分大惨事だけど。
「まずは一人一つ魔石を配るので、その魔石に少量ずつ魔力を込めるところから始める。各自練習が終わったら練習用の魔方陣が描かれた紙を渡すので、魔方陣を壊さないように魔力を流してみろ。用意した魔方陣は3種類だ。それぞれ魔方陣の強度が違うので自分に合ったものを選んで練習するように。魔方陣は全て発光の魔術のものだから、暴発した時のために皆サングラスをかけて練習しろよ。あぁ、青沢は魔力のこもった魔石から空の魔石に魔力を移す練習だ。この魔石を使え。」
先生は練習用にと用意した魔石に紙、目の保護用のサングラスが入った箱を教卓に並べつつ説明する。
その説明にクラスメイト皆がざわざわとしている中、わたしの名前が呼ばれた。
わざわざ魔力のないわたしのために別の魔石を用意してくれたらしい。ご迷惑をおかけします……。
でも、正直先生がわざわざわたしの名前を呼んだことでクラスメイトから嫌な視線を向けられているような気がします……。
……流石に自意識過剰かな?
先生に渡された2つの魔石を受け取り、しげしげと眺める。
さわり心地は本当にただの石だ。加工がされていないごつごつとしたもの。そこらへんに落ちているものと同じくひんやりとしていて硬い。サイズは大体テニスボールと同じ……いや、ちょっと小さいかな?手のひらに納まるサイズ、だとわかりやすいかな。
ただ色はちょっと不思議で、半透明で片方はくすんだ紫……いや、青紫の方が近いな。で、もう一つは同じく半透明だけど青紫のものほどくすんではいない綺麗な明るい黄色、いわゆるレモン色というやつだ。
多分、魔力を込めることで色が変化してるんだと思うけど……どっちがどっち??
えぇと、図書室で読んだ本には、読めた範囲では魔石のことは書かれてなかった。さっきチラ見してた魔力学の教科書にも目を通した部分には魔石のことは書かれてなかったな。午前にあった魔術学の教科書も読んだ限り書いてなかったはず。
あれ、これちょっとまずくない……?
わたしが一人あたふたとしている中誰もわたしの状態に気が付いていないのか、あっという間にみんなの机の上には必要なものが揃っていた。
「では、各自受け取った空の魔石に魔力を込める練習をしろ。魔石は魔方陣と違って丈夫なので一気に魔力を流しても問題はないが、許容量を超えると砕けるから壊さないように慎重に行えよ。目安はそのサイズの魔石だと3分以上かけて魔力で満たすレベルだ。」
「これだけ小さい魔石だと1分もかからねーよな。」
「だよなー。」
「うへぇ、私こういう細々したこと苦手。」
「私もー。」
先生から許可が出て教室が一気に騒がしくなる。それぞれが文句を言いながらも、”空の”魔石に魔力を込め始めたらしい。
そう、空の魔石に。
そうっと気づかれないように周囲を見る。
皆が手に持っている魔石は、多少の違いはあれど全て半透明のくすんだ青紫色だ。
つまり、この青紫色の方が魔力のこもっていない方で、黄色の方が魔力で満たされた状態ってことだね!わたしって頭いい!!
……で、魔力ってどうやって扱うの??
左手に空の魔石、右手に魔力のこもった魔石を持ちしばし眺める。
魔力っぽい何か不思議な力を感じ取れないかと思ったが、全くわからない。どちらの魔石も、色以外はそこらへんに落ちている石と全く一緒なのだ。
一難去ってまた一難とはこのことだね。ちょっと泣きそう……。
何とか参考にならないかとクラスメイト達の様子をうかがう。
皆さっきまであんなに文句を言っていたのに、真面目に魔石をにらみながらも魔力を込める作業をしていた。見る限り、魔石を握って睨んでいるようにしか見えないよ……。他に何も特徴は見当たらない。
こう、何か呪文を唱えたりとか、魔法の杖を使っていたりとか……。
あ、そういうのはないですよネ。ハイ……。
人によっては調節が苦手なのか、魔石の色がもうほぼ黄色になりかけている人もいる。逆にまだほとんど色が変化していない人もいる。
何の参考にもならないよ。トホホ……。
左手に持っていた空の魔石を机の上に置き、両手の上に魔力のこもった魔石を置く。
魔力~、魔力よ抜けろ~、と強く強く念じながらぎゅぅと魔石を握りこむ。
………変化なし。一切何も感じられない。
完全にお手上げですね!!
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