不幸の手紙
傍から見れば僕は今、
僕と先輩は美術館に来ている。
薄暗い展覧会場に結構の大人数が詰めかけている。
イギリスのとある美術館から百点以上の絵画が来日しており、期間限定でそれらをここで見ることができる。
水彩画、油絵、モザイク画、素描まであり知識のない素人の自分でもそこそこ楽しめる、自分でお金を払ってまで来ようとは思わないが。
どういう風の吹き回しか先輩から誘ってくれた、普通にうれしいが何やら裏がありそうだと勘ぐってしまう。
「三回見たら死ぬ絵って知ってるかい?」
エリアの中では一番大きい絵を先輩は真剣に眺めている。
「知ってますよ、生首が椅子の上置かれてる絵ですよね。不気味な絵なんで覚えてます、知ってるのはそれだけですけど」
「ポーランドのズジスワフ・ベクシンスキーの絵だ」
「ポーランドの人の絵ならここには置いてないですね、急にどうしたんですか?」
「絵を見るのに三回ってどういうことだろうって思わないか?」
確かに絵を見るのにわざわざ回数なんて普通数えない。
「一度目を離し戻せば二回として数えるのか、こういう展覧会に来て見た回数なのか。そういう見るの定義のことですか?」
「視野いっぱいに同じ絵を三枚飾ればそれだけで三回になるのか? とかな」
「僕なら三回見たら死ぬの死ぬのほうの定義が気になりますね。三回目を見た瞬間に心臓麻痺でも起こすのか、見てからしばらく猶予があるのか。そこが曖昧だと期限を設けてない占いと同じで、そりゃ人はいつか死にますからね」
先輩は絵から僕へと視線を移し、ククッと笑った。
一通り展示を見終わると売店には見向きもせずに僕たちは美術館の外に出た。
土曜日ということもあり周囲には親子連れやカップルまで多くの人たちで賑わっている。
「今日はありがとうございました」
このまま帰るのも惜しい、食事でもうまく誘えないものか。
「明日T駅に集合な、ホームの中で構わない」
T駅は大学最寄りの駅だ、なぜ休日に大学に行くのか。
「今日ここのチケットをくれた人に会いに行く」
案の定裏があったわけだ。
「どなたから貰ったんですか?」
結局まっすぐ駅まで来てしまった。
「
名前だけでいかにもお嬢様なイメージを受ける。
「貰った経緯を聞いても?」
「相談に乗ってくれとのことだ、少し世間知らずなところのある人だから何を言い出すかはわからない」
「先輩の母校にはそういう人多いんですね」
揶揄を含めて先輩を一瞥すると薄目で睨まれた。
日曜日の朝九時の下り電車はガラガラで快適だ。
「平日と足して割ればちょうどいいのに」そんなことを考えながらT駅で降りるとホームのベンチには既に先輩が座っていた。
「おはようございます、お待たせしました」
「やあ、では行くとしよう」
大学側とは別の改札から駅を出るとバスに乗り込む。
毎日のように来る駅だが反対側というだけで違う駅のように感じる。
それに意外にもこちら側の方が栄えているように思えた。
「正親町さんってこっちに住んでるですね」
「大学は東京だよ。去年までは東京に住んでたんだが、四年生ともなると大学に行く回数も少ないからな、帰ってきたんだ」
駅を離れるにつれて自然が多く建物が減ってきた。
三十分ほどバスに揺られほとんど山の中で降りた。
正親町という名前に引っ張られたがもしかしたら野生児みたいなワイルドな女性なのかもしれない。
「着いたぞ、ここだ」
木々に挟まれた舗装された道路をしばらく歩くと目的地にたどり着いた。
……城か? ここは。
呼び鈴を鳴らし先輩が二言三言やり取りをすると門が開いた。
門から城までも100m近く開いている。
手入れの行き届いた芝生が日を反射して眩しい。
ジーパンにパーカーという不相応な格好で来たことを恥じたが先輩を見るといつものように上下ジャージ姿。
おそらく、大丈夫だろう。
エントランスまでたどり着くと扉が開き女性が出てきた。
「みーちゃん、久しぶり! ごめんね迎えに行けなくて」
「静香さん、お久しぶりです」
女性は小柄で上背のある御堂先輩と並ぶと頭一つ分の差がある。
格好もクラシックな濃い青のワンピース、一方はジャージ。
赤みがかった茶色のロングヘアーも高貴に感じる。
僕は先輩の黒のショートのほうが好きだが。
「あれ? お連れ様がいたのね、初めまして。正親町静香と申します」
「こいつは後輩のミチル、今日は助手として連れてきた」
挨拶しようとすると遮られた。
「よろしくね。さあ上がって頂戴、早く早く」
「おじゃまします」
野生児みたいにワイルドなんて誰が言ったんだ。
「でもわからないものね、みーちゃんに彼氏ができるなんて」
「静香さん、助手です」
こういうのはムキになって否定するほうが相手の思うつぼなんだが、もちろん口にはしない。
扉をくぐると正面に吹き抜けの大階段が僕たちを迎える。
城は大袈裟にしても屋敷は誇張な表現ではなさそうだ。
階段を上り、静香さんの部屋へと案内される。
「座って待ってて、今お茶持ってくるわ」
甘い匂いを残し颯爽と立ち去った
部屋は広く家具も大きい、座ってるソファもなんとなく高級だとわかる。
「女性の部屋をじろじろ見るもんじゃない」
先輩に常識的な指摘をされてしまった。
「どんな相談事なんですかね?」
住んでる世界が違う気がする、殿上人の問題なんて解決できるとは思えない。
その時、僅かに部屋の前で足音が聞こえた気がした。
しばらく待っていると静香さんが戻ってきた。
「ごめんね、今日誰もいないの。だから迎えにも行けなかったし……」
一台しかない車は家人が使用中とのことだ。
申し訳なさそうに目を伏せ僕たちの前にティーカップを置く。
「静香さん、私に話したいことってなんですか?」
先輩は単刀直入に話を切り出した。
「うんそれがね」
静香さんは机の引き出しから一封の封筒を取り出し先輩に手渡した。
「拝見します」
どこにでも売ってそうな封筒からA4サイズの紙が出てきた。
なんとなく覗くのが悪い気がして遠慮していると、先輩に肘で突かれ僕にも見えやすい角度にずらしてくれた。
『あなたは呪われました』
不幸の手紙?
明朝体で印字されていて筆跡などはわからないようにしてある。
「静香さん、これはいつ」
「今から五日前の火曜日に玄関のドアに下に入ってたわ」
「ドアの下ですか?」
あの庭を突っ切ってわざわざドアまで来たということになる。
門のところに郵便受けもあった。
「門にも玄関にも監視カメラがあるんだけど怪しい人が入った形跡はないの」
「これは正親町さんが見つけたのですか?」
「静香でいいわ。火曜日の朝はお手伝いさんが来ないからね、私が学校へ行こうと思ってドアを開けた時見つけたの」
「では静香さん、お手伝いさんの勤怠表ってありますか?」
「あるわ、でもお手伝いさんがそんなことするとは思えないけど……ちょっと待っててね」
御堂先輩が冷たい目をしている気がするが、気が付かなったことにする。
静香さんが持ってきてくれた勤怠表によると
月曜日 9時から松本さん14時から能登さん
火曜日 9時から無し 14時から能登さん
水曜日 9時から松本さん14時から後藤さん
木曜日 9時から松本さん14時から後藤さん
金曜日 9時からなし 14時から後藤さん
土曜日 9時から能登さん14時から松本さん
日曜日 9時からなし 14時から後藤さん
勤務時間は9時から13時 14時から18時
とは言うものの掃除と洗濯とたまに夕食を作るくらいで厳密に勤務時間通り働いてるわけではないらしい。
お手伝いさんも家事代行の業者を経由してるわけではなく、小遣い稼ぎで時間のある近くの主婦たちが来てくれてるらしい。
日当まで教えてくれたが聞いて後悔する値段設定だった。
他に先週の日曜日の10時に庭師が、金曜日の15時に水道業者が来たらしい。
「名探偵君、何かわかったかい?」
「いいえ、何も……」
「それより静香さん、この手紙の送り人に思い当たることありますか?」
「それがね、全然わかんないの。高校時代なら思い当たる人両指じゃ足りないくらいいたんだけどねぇ。大学は入ってからじゃちょっと」
「私たちは女子高だったから、それも結構お嬢様の多い」
「両親にチヤホヤされて自分が一番って思いこんでた子たちは見た目によらず手段を択ばなかったわ。もちろんそんなのほんの一握りでみんないい子たちだったけどね」
「そうですか」
「それにこんなことしなくたって言いたいことは直接言ってくれればいいのに」
僕は半開きになっていた扉を見つめていた。
静香さんが入ってくるとき両手がふさがっていたから閉め損ねたのだろう。
「では最後に一つだけ。お手伝いさん以外に何人でここに住んでます?」
静香さんには昼食を誘われたが先輩が辞退したため話を聞いてすぐに正親町邸をあとにした。
帰り際に監視カメラを見たがエントランスの庇に一基、これは来た人間というより帰る人間の顔を捉えている。
庭の窓上にそれぞれ一基ずつ、最後に門柱に一基。
「不幸の手紙なんて今時珍しいですね」
「もともとは幸運の手紙だったんだがね、どんどん変化していき不幸の手紙へと変貌したんだ。」
幸運? 真逆の性質に変貌するなんて。
「大正時代に海外から輸入され、上流階級で流行ったが戦後子供たちの間にも移っていき1970年代に不幸の手紙となった」
「まさしく指定外来種ですね」
結構うまいこと言えたと思ったが無視されてしまった。
「御堂さん? やっぱりそうだ!」
駅に着くと御堂先輩が女子高生に声をかけられた。
「あ、デート中でしたか。でもT駅で遊ぶ場所なんてないでしょ?」
「
「なんだお姉ちゃんに会いに行ってたんだ、つまんないの。彼氏さんはじめまして、正親町浩香って言います。華の女子高生です」
静香さんと雰囲気が真逆で面食らってしまった。
近くによると香水のきつい匂いで鼻腔ががツンとする。
半開きのカバンを見ると複数の香水の容器がちらりと見えた。
染めてあるだろう茶髪に濃いめの化粧、重力が強く視線が吸い寄せられるほどの短いスカート。
「御堂さん、昼飯済みました? まだだったら一緒しましょうよ?」
「もう済んでる、悪いが予定があるんだ。また今度な」
おそらく決して来ることのない今度だろう。
あの後幾度も食い下がってきたが先輩のほうが強かった。
「こういうの失礼かもしれないですけど、似てないですね。あの二人」
「会う人会う人にそう言われてきたんだ、成績も似てないからな」
浩香ちゃんが着ていた制服はおそらく公立高校のものだろう、静香さんや先輩が通っていたのがお嬢様学校。
「仲悪いんですかね」
「静香さんは浩香のこと気にかけてるが、浩香はダメだろうな。昔はいつも一緒で仲良かったとは聞いたがね」
他の家族との関係も聞いたが知らないとのことだ、先輩に限らずよほど親しくない限り普通なら知らなくて当然だ。
家に着き、スマホで撮影した不幸の手紙の画像を確認する。
あなたは呪われました
この手紙は私の全く知らない人から届いたものです
呪いを解くにはこの手紙を二週間以内に十人に送ってください
A大学××学部〇〇学科の~~さんは手紙を止めてしまったため
三月九日に心臓麻痺で亡くなりました
これはイタズラではありません
以下少し続くがこんなところだ。
試しに~~さんの名前を検索エンジンに入力したが該当するような話は出てこなかった。
少し悩んだ後に別のワードを入力し検索した。
『女子高生 流行 香水』
あれから一週間、そろそろ不幸の手紙の期限かというときに先輩から知らされた。
「静香さんが自宅の階段から落ちた」
幸い命に別状はないとのことだが腕を骨折してしまったらしい。
先輩とともに午後の講義を自主休講し静香さんのお見舞いへと向かうことにした。
「手紙、よく読むと呪われたと書いてるし死んだ前例を提示してはいるけど期限切れで死ぬとは別に書いてないんですよね」
「それがどうかしたのか?」
「脅すにしても死ぬとは書けなかったと思うんです」
静香さんはずっと元気そうだった。
頭部はほとんど無事で精密検査を終えてもう家に帰れるとのことだった。
昨晩階段で足を滑らせたのことだ。
挨拶を済まし病室を出るとその階の休憩室に腰を掛けた。
「僕たちが正親町邸に行ったとき、浩香ちゃんも屋敷にいたんですね」
静香さんの部屋の前の気配、半開きの扉の前で話を聞いていたんだろう。
全てを聞いていたわけではないので駅前で先回りして探りを入れたのか。
先輩は無言で聞いてくれている。
「監視カメラに映らず扉に封筒を差し込めるのも内側から差し込んだからですね」
その家の住人だ、それ以外の場面でカメラに写っても問題はない。
「火曜日の朝に差し込んだのもお手伝いさんの予定と静香さんの登校日を知っていたから」
正親町邸へ行った翌日僕は香水を売っている雑貨屋へいった。
あのとき浩香ちゃんのカバンから覗いた香水の匂いを確かめるために。
浩香ちゃんからした匂いとは違った、いやあの時と同じ匂いの香水はおそらくだが売っていないだろう。
姉と同じ匂いをさせれば直前まで屋敷にいたと気が付かれるから別の香水の上からあの香水をつけたのだろう。
「静香さん気が付いてますよね、たぶん最初から」
「最初から?」
「たぶんですよ、たぶん」
待合室まで降りると来た時は気が付かなかったが室内の隅で浩香ちゃんがボロボロの化粧で目を腫らしていた。
「ミチル君、結局あれは不幸の手紙だったのかな?」
「周り戻って元の幸運の手紙になるといいですね」
「ククッそうなると私たちとんだ当て馬だったな」
「美術館のチケットだけじゃちょっと足りなかったですね」
「静香さんに伝えておくよ『助手が報酬足りない』とボヤいてたって」
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