第一章:勇者の息子、再会する

第一話:捕らわれた龍斗

 じりじりと迫る二人。

 突きつけられる刃と炎。

 どうすればいいかも決められず、俺が困惑していると。


『鎖の蛇よ。その男を動けなくなさい!』


 別の女子の高らかな詠唱と共に、黒髪の少女の脇を抜け現れた鎖が、ジャラジャラァッっという独特の音を立て飛んできた。


 鎖蛇チェーンバイパー!?

 それに気づいたものの、部屋にいる二人のプレッシャーもあって、その場から動きようもない。

 結局、なすがまま、首より下を鎖で雁字搦がんじがらめにされた俺は──。


「うわわわっ! ぐへっ」


 バランスを保てず、そのまま前のめりに倒れてしまう。


「いってぇ……」

「まったく……」


 俺が苦しげな顔をしていると、黒髪の少女の後ろから、金色の長い髪を後ろに払いながら、パジャマ姿のあからさまにお嬢様っぽい少女が現れた。

 彼女は目の前まで来ると両腕を組み、俺を見下すような冷たい目を向けてくる。


「この神聖なるミレニアード魔導学園の女子寮に、汚らわしい男がここまで足を踏み入れるなんて。とんだお笑い草ですわね」


 つんとした態度で俺をけなす彼女。

 って、今彼女は何て言った!?


「は? 女子寮!?」


 思わず叫んだ俺に答えず、彼女は「ふんっ」と一笑に伏すと、そのまま銀髪の少女に向き直る。


「エスティ。貴女あなたも甘すぎですわ。このような男、さっさと燃やしてしまえば良いのではなくって?」

「そ、それは流石に……」


 エスティと呼ばれた少女が術を解いたのか。

 彼女の手の前で荒ぶっていた炎がふっと消えると、彼女は躊躇ためらいがちに目を伏せたんだけど。それを見たお嬢様っぽい少女は、呆れたため息を漏らす。


「まったく。これだから貴女あなたは、こんな所にまで男の侵入を許すのですわ」

「だ、だったら、あなたがここで燃やせばいいでしょ!」

「あら。わたくしが何故、そんな品のない事をしなければなりませんの?」

「燃やせって言い出したのはあなたでしょ!」

「ここは貴女あなたの部屋ですわよね? わたくしには関係ありません事よ」

「だったらいちいち指図しないで!」


 ……えっと、燃やされるかはさておき。

 何でこの二人、急に言い争い始めてるんだ!?

 俺はあまりの急展開っぷりに、思わず唖然としてしまう。


 黒髪の少女の顔も、何処か「またか……」と言わんばかりに、半ば呆れ顔になってるけど……。


 でも、ここは女子寮なのか。

 どうりで顔を出しているみんなが女の子ばかりだし、俺が現れた事でこれだけ騒ぎになるわけだ。


 めまぐるしく変わる展開。

 だけど、怒りの鉾先が逸れ、緊張感から少し解き放たれた事で、俺の心にふとした疑問がぎる。


 ……そういや、さっきあの子。

 確かエスティって呼ばれてたよな。


 エスティ……エスティ……。

 俺は何とか顔を上げ、カサンドラってお嬢様と言い争っている、エスティと呼ばれた少女を見上げる。


 銀髪の髪。整った顔立ち。

 よく見れば、彼女の耳は細長く長い。

 それは霊魔族エルファらしい身体からだの特徴。

 呼び名こそちょっと違うけど……いや、まさか……。


 あまりに類似した共通点。そして、この子の幼い頃を思い描いてみた時、しっくりと重なる以前出逢った少女。


「……エスティナ……」

「え?」


 俺がぽつりと呟くと、言い争っていた二人が睨み合いを止め、こっちを見る。

 と、ほぼ同時に。


「はいはい。道を開けな」

 

 面倒くさそうな雰囲気をぷんぷん感じさせる男勝りな女性の声が、部屋の入り口から聞こえてきた。

 背後を振り返った黒髪の少女が、すっと道を譲ると、そこに姿を現したのは、鎧を着た二人の衛兵だった。


 一人は赤茶色の短髪をした、やや筋肉質で大柄の女性。頭の猫耳と後ろでふりふりと揺れている細長い尻尾。彼女は獣人族ビゼルか。


 もう一人の衛兵は……何というか、衛兵らしさを感じない、何処か温和で頼りなくも見える、兜をかぶった年配のお爺さん。

 背筋をぴんと伸ばしたこの人は、目立った身体的特徴もないし、多分人間だと思う。


 二人を観察していると、突然強い圧を感じ、背中にぞくりと寒気が走る。

 同時に俺は直感で感じた。

 ……さっきまでなら、ここを無理矢理突破する手段はあった。

 だけど、今この瞬間、それが潰えたんだって。


 二人の登場に周囲が一気に静かになる。

 そんな中、女性の衛兵がうつ伏せの俺の前にしゃがみ込む。


「ふーん。こんな所まで、よくバレずに忍び込めたねえ」


 俺は顎を持たれ、無理矢理くいっと顔を彼女に向けさせられる。

 正直どんな顔をすればいいかわからない俺は、なすがままにされながら、何とも言えない表情のまま、彼女を見返す事しかできない。


 暫くこっちをじっと見ていた彼女は、面倒臭いと言わんばかりに頭を掻きため息を漏らすと、俺から手を離し、顔を上げ周囲の生徒を見る。


「エスティ。こいつがここに来た時、最初に目撃したのはあんたかい?」

「は、はい。私が叫んだ後、すぐ部屋に飛び込んでくれたミレイが二番目です」

「そうか。こいつの身柄は拘束する。後で状況を聞きに来るから、悪いけど二人はこの部屋に残っててくれ」

「はい」

「承知しました」


 彼女の言葉に、エスティとミレイって子は緊張した顔で頷く。

 と、そんな中、人の良さそうなお爺さんが、立ったまま落ち着いた顔で、俺にこう語りかけてきた。


「さて、青年。詳しい話は後で聞くが、女子寮に認められていない男子が入るのは許されていないんだ。一旦君には天授の塔の牢屋に移ってもらい、大人しくしてもらう。良いね?」


 天授の塔?

 俺の知っている知識の中に、そんな名前の塔はない。

 正直ピンとこなかったんだけど、今は何かを断れる空気じゃないのは理解している。

 だからこそ、俺は素直に「はい」とだけ答えた。

 その返事に、お爺さんは目を細めにっこりと微笑む。


「じゃ、立ちな」

「うわっ!?」


 鎖を掴んだ女性は、俺を片手で軽々と持ち上げると、そのまま俺をその場に立たせた。

 この人、女性とはいえ獣人族ビゼルなだけあって、随分と力があるんだな。


「いいかい? 暴れたら痛い目を見る。だから何があっても大人しくしな」

「は、はい」


 緊張しながら俺が頷くと、初めて彼女は一瞬にこりと笑う。


「物分かりがいい子は嫌いじゃないよ。おい。こいつの術を解いてやんな」

「……わかりましたわ」


 術者であるカサンドラが返事をすると、俺を締め付けていた鎖が締め付けを止め、ごとりと床に落ちる。

 そして、鎖はそのまますっと消えていった。


「済まないが、両手を出してくれるかい?」

「はい」


 俺が迷う事なく両手を前に出すと、お爺さんが腰につけていた薄っすら青白く光る、ふたつの穴が開いた鉄製の手枷を上下に開き、俺の手首を通すと再び閉める。


 カチリという音。

 と同時に、自分の身体が一気に重くなり、それがはっきりと捕えられたんだって実感を与えてくる。

 ……これ、重量増加ウェイトアップか。

 まさか、こんな形で付与術を経験するなんて。


「じゃ、行くよ。あたしに付いてきな」


 そう言って、踵を返した彼女がゆっくりと歩き出す。

 ちらりと横を見ると、カサンドラって子やミレイって子は相変わらず俺に嫌悪を見せているけれど、エスティって子だけは何か言いたげな顔をしてる。


 もしかしたら、彼女の名前について訴えてみる手もあったか?

 ……いや。今訴えた所で、人違いだったら意味はないし、下手に動けば自分の首を絞めかねない。


 それに、転移した場所が悪かっただけで、彼女達は被害者なんだ。これ以上騒ぎを大きくしても悪いよな。


「ごめん。怖がらせて」


 俺は申し訳なさそうに頭を下げると、さっきの赤髪の女性の後ろに続き、部屋を出て廊下を歩き出した。

 後ろにはお爺さんが続き、俺はまるで警察に連行される犯人のように、静かに歩いて行く。


 廊下の端に立ったり、部屋から顔を出している女子達の視線。

 大半は嫌悪の籠った目。

 一部好奇の目で見てる子達もいたけど、正直どの視線も、俺の心にぐさぐさと刺さる。


 ……しっかし。

 何で転移先が女子寮なんだよ。

 あまりに不運なめぐり合わせに、俺は思わずため息をく。


 命がまだあるのは救いだけど、いきなり不法侵入した不審者扱いとか。どれだけついてないんだって話だよ。


 異世界転移初っ端から、前科持ちになりそうなこの状況。

 まったく先行きの見えない俺は、見せ物のように廊下を歩く辛さも相なって、重苦しい気持ちに包まれながら、ただじっとこの状況を耐え忍んだんだ。

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