第15話 決意の別れ
アーデオと共に突撃した軍は見事護衛たちを制圧し、オークション会場にいた客、スタッフたちを確保した。受付の男が記録していた招待客と中にいた人間の数も一致。スタッフの数も従業員名簿と一致したため、これから事情聴取が行われる。護送の際に野次馬が集まっていたから、明日には新聞で大きく取り扱われる事だろう。
レイネスは隠し部屋から今までの売買記録と仕入れルートを発見した。それらの調査も進められるため、軍はこれから大忙しになる。何でも屋ヴァハフントも細々とした仕事を手伝うことになるだろう。
後片付けは軍に任せ、ベリータたちは酒場へと戻ってきた。今後忙しくなることが分かっているからこその小休憩である。保護した亜人たちをどうするかも考えなければいけない。
アーデオとルブラが用意してくれた紅茶を飲んでベリータは息をついた。大きなテーブルをヴァハフントのメンバーとシロで囲むのは新鮮だった。
メンバーの仲は悪くないと思っているがこういう時間は意外と少ない。レイネスとエリューラは軍の仕事もあるし、ルブラはベリータの補佐で忙しい。アーデオは酒場のマスターと兼業なので、全員が集まってのんびり過ごす時間というのはあまりないのだ。
疲れた後は甘いものとルブラが町で人気のケーキを買ってきてくれた。見た目通り甘いものが好きなエリューラは目を輝かせ、紅茶をそっちのけで頬張っている。あまり甘いものが好きではないレイネスは嬉しそうなエリューラを微笑ましげに眺めていた。
いつもは給仕をしているルブラとご飯係のアーデオも座っている。一仕事終えた後で疲れているせいか会話はなかったが、居心地は悪くない。紅茶をもう一口飲んで、こんな日もいいなとぼんやり思っているとシロが「あの……」と声を出した。
店用ではなく、ルブラの趣味の一品である白いティーカップをシロは両手で握りしめている。何かを言いたいようだがなかなか話し出さない。人の目を見て話すシロにしては珍しく、視線はティーカップに注がれている。
出会ったばかりのような固い雰囲気にシロ以外の全員が顔を見合わせた。
「腹でも痛いのか?」
エリューラがリスのように頬を膨らませながら言う。あまりにも空気の読めない発言だったが、それ故にシロは肩の力が抜けたらしい。気の抜けた笑みを浮かべてからティーカップを丁寧にテーブルの上に置いた。
「俺、ニザルス王国の王女と結婚しようと思う」
シロの言葉に口に物を詰めていたエリューラが吹き出しそうになった。なんとか堪えたようだが変なところに入ったのか涙目でむせている。隣に座っていたレイネスが気を利かせて自分の分の紅茶を渡すと味わうことなく一気飲みした。
「な、なんだ突然!?」
「今回の事件で色々考えた」
エリューラの激高に対してシロは静かだった。あまりに落ち着いた声にエリューラの勢いもおさまる。エリューラは隣のレイネスから順番に周囲の様子をうかがい、最後にベリータへと視線を向けた。その視線を感じながらベリータはシロに問いかけた。
「逃げるのを止めるってことか?」
下を向いていたシロが顔をあげベリータと目を合わせた。姿を変えたシロの瞳は金色だ。それでもベリータには澄み切った青色が見える気がした。
「亜人が人間と対等になるためには俺が王女の婚約者として、この国に受け入れられなきゃいけない」
「そう簡単なことじゃないぞ」
ベリータの指摘にシロは頷いた。それでも瞳は揺るがない。
「簡単じゃないからこそやらなきゃいけない。俺は亜の国の王子だ」
「王子としての扱いなんて受けてこなかったんだろ?」
「ああ。だから逃げようと思った。国の事情に振り回されるなんてまっぴらだと思った」
シロはそこで言葉を句切ると息を吸い込んだ。
「でも今は、王子で生まれて良かったと思う。王女と結婚したら俺はニザルス王国の王族だ。そこら辺にいる亜人じゃない。俺の言葉には価値が生まれる」
「お前のことを王国の貴族は受け入れない」
「受け入れられるように努力する」
決意は固いのだと分かった。一度こうだと決めたら揺るがない。それは短い付き合いでも分かっている。ならばこれ以上は何をいっても無駄だろうとベリータは笑みを浮かべる。
「本音をいうとな、私はお前がこの国の残ってくれて嬉しい。今日は特にそう思った。お前が居てくれればこの国は変わる」
予想外の言葉だったのだろう。シロの目が見開かれる。それから泣き出しそうな顔で笑った。
「ベリータにそう言ってもらえるなら自信がつくな。出会った時から散々世話になった。この国に来て、最初に出会った人間がお前で良かったと思う」
「これだから人間はって言ってた気がするがな」
シロが罰の悪そうな顔をした。ベリータはその反応を見て笑う。
「では、これが最後になりますね」
ルブラが静かな声でつぶやいた。皆、神妙な顔をしてテーブルを見つめている。エリューラはあれほど美味しそうに食べていたケーキをフォークでグサグサと突き刺していた。お行儀が悪いと注意すべきなのだろうが、そんな気にもならない。
「皆に会えて本当に良かった。何も知らない俺に優しくしてくれて、色々教えてくれてありがとう」
シロは一人一人と目を合わせて微笑んだ。エリューラは眉を寄せているし、アーデオは眉間に皺を寄せている。レイネスとルブラはいつも通りの表情に見えて空気が少し固かった。
「食べたら行く。決心が鈍ったら困るから」
そういうとシロは両手をあわせ、精霊に祈りを捧げる。その仕草は厳かで、シロの周囲はキラキラと輝いて見えた。きっとシロを愛する精霊たちが喜んでいるのだろう。
気を利かせてレイネスとルブラが話題をふり、シロがそれに答えるがエリューラとアーデオはほとんど話さなかった。ベリータも会話に混ざるもののどこか白々しく、最後の食事はあまりにもあっさりと、どこか味気なく終わってしまった。
シロは自室を軽く掃除し、姿を元に戻すと深くフードを被り酒場を出て行った。王城までの道のりはレイネスが護衛につくため問題無いだろう。
「おい、ベリータいいのか?」
だんまりを決め込んでいたアーデオが神妙な顔をする。エリューラも探るような顔でこちらを見ていた。ルブラは素知らぬ顔で片付けをしているが耳をそばだてているのが予想できる。
「いいんだよ」
ベリータは一般人なのだから。
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