第14話 火の女王

 聞いているだけで耳が腐りそうだ。そう表面上は笑みを浮かべながらベリータは心の中で吐き捨てた。


 歌劇場の支配人である男爵はベリータが捕まえてきた亜人がいかに素晴らしいものか嬉々として語り続けている。素晴らしい商品という言葉が出るたびにベリータは男爵の頭を殴りたくなった。仮面のおかげで表情が見えにくくて助かった。

 といっても、目の前の男がベリータの表情を見ているかすら疑問だが。


 男爵のことをベリータは以前から知っていた。歌劇場の経営に加え、表向きは孤児院や教会に寄付をする善人で通っていたからだ。なんとなくベリータは苦手だったのだが、ここにきて理由がハッキリした。慈善事業も見目のいい亜人を見つけるためだったと思えば反吐がでる。

 孤児院に保護される亜人も、生活苦から教会を頼る亜人も多い。人のいい顔をして近づき、利用して自分の私腹を肥やしていたのだろう。


 聞いてもいないのにペラペラと話し続ける男爵に相づちをうちながら一網打尽にしてやると計画を立てる。今日オークションに参加している客はもちろん、顧客名簿も見つけ出し、今まで取引した相手は根こそぎ洗い出す。

 そのためには男爵から少しでも情報を引き出さなければならない。どうでも良さそうな雑談でも情報と情報をつなぎ合わせていけば重要なものへと化けることがある。それにベリータは少しでも長く男爵をこの場につなぎ止めておきたかった。


 今頃シロの精霊が歌劇場を隈なく捜索している頃だ。本来であれば建物一つを精霊に捜索してもらうとなるとそれなりに準備や報酬が必要となるのだが、シロの場合は言葉一つで終わる。といっても、それはシロと精霊たちの間に信頼関係ができあがっているからで、シロを仲介したとしてもベリータが頼んだのでは上手くはいかないだろう。

 なんて頼もしい男だとベリータはシロを褒めちぎりたい気持ちであった。シロのおかげでシャーリーの居場所を発見でき、そこから男爵にたどり着けた。表向きには告知されていない秘密裏のイベントがあると気づけたのもそのおかげだ。計画立案と準備で時間がなく、まともにシロにお礼も感謝も言えないままここまで来てしまったので帰ったら必ず言おうと心に決めている。


 その流れで「ずっとここに居て欲しい」そう頼んでしまいそうなことだけが不安だった。拾った時は面倒なものを見つけてしまったと思ったのに、今となってはあのとき見つけられて良かったと思っている。手放したくないと思ってしまっている。

 人に縛り付けられるのも、人を縛り付けることも嫌いな自分がなんてことだとベリータは苦笑した。


 もしやこれが恋?

 と場違いなことを考えているとふわりと甘い香りが漂った。気づいてというように甘い香りが移動する。それはシロに渡した香水の香りに違いない。

 シロと精霊たちは上手くやってくれたらしい。


 次の瞬間、バタバタと人がなだれ込んでくる音がした。意気揚々と語り続けていた男爵が目を丸くする。「何事だ!?」とつぶやく声にベリータは応えずに耳をすませた。

 シロから連絡があったら踏み込むようにアーデオには伝えてある。レイネスほど嗅覚が鋭いわけではないから不安だったが、ちゃんと精霊は役目を果たしてくれたようだ。

 これは報酬を奮発しなければ。そう思いながらベリータは立ち上がった。突然立ち上がったベリータに男爵は目を白黒させる。


「何が起こったか分かりますか?」

「いえ、私には全く。一体何が」


 バレるなんて少しも考えていなかった様子にベリータはあきれた。それだけ工作をしっかりしていたということなのだろう。事実、シロがいなければベリータは見つけられなかった。いずれは尻尾をつかめただろうが今日ではない。それまでに多くの亜人が目の前の男によって不幸になるところだった。


「悪は必ず報いを受けるもののですよ」

 そう言いながらベリータはドレスの下に隠していた短剣を抜き男爵へ向ける。状況にやっと気づいたらしい男爵は叫び声を上げた。


「だ、誰か助けてくれ!!」


 男爵の声に反応してドアが開いた。分かっている限りの出入り口に軍を配備したが、思ったよりも護衛を雇っていたらしい。ベリータは舌打ちしながらナイフを構える。

 男爵は肥えた体からは想像できない動きで護衛たちの後ろまで移動した。自分を取り囲む三人の護衛と女一人という状況に勝利を確信したらしく、先ほどまで恐怖で叫んでいたとは思えない余裕の笑みを浮かべる。


「お嬢さん、命乞いするなら今ですよ!」

「それはお前の台詞だろ」


 ベリータの返答に男爵は顔をしかめた。護衛三人に「やれ」と指示を出す。男爵と違って護衛三人は場慣れしているらしく女のベリータにも油断することなく短剣を構えた。

 部屋の外からは悲鳴や怒声、なにかが壊れるような音が聞こえる。その音に男爵はビクリと体を震わせ、護衛の一人を怒鳴りつけた。


「さっさとやってしまえ。女一人に手間取ってる時間はない!」


 それはベリータにも言えることだ。ここでモタモタして招待客を逃してしまっては意味が無い。ベリータが髪留めをとるとシロに魔法で変えてもらった金髪がふわりと揺れる。髪留めにはめ込まれた真っ赤な石を握りしめ魔力を注ぐ。

 金色の髪が本来の赤色へと変わった。シロに言われていたことなので驚かなかった。精霊は別属性からの干渉を嫌う。ベリータが加護を貰っている火属性の魔法を使えば姿は元に戻るだろうと。


 赤色の髪を見て男爵の顔色が変わった。「まさか……」と青い顔でつぶやく姿を見るにベリータの正体に気づいたらしい。

 けれど、もう遅い。


「火の女王よ、哀れな人間をどうかお救いください。私はあなた様に感謝するもの、あなた様からの祝福を願うもの」


 祝詞を聞いた護衛たちが一斉に襲いかかってきた。精霊魔法は祝詞が不完全であれば成立しない。それを知っているからこそ迷いがない。ベリータは内心焦りつつ祝詞を唱え続ける。護衛の持った剣がベリータに迫る。その瞬間、ベリータを守るように炎が吹き出した。


 護衛たちは慌てて距離を取る。その間も炎は轟々と燃えている。それは火の粉を飛ばし、絨毯をもやし、範囲を広げる。

 まだ祝詞は唱え終えていない。唖然とするベリータのすぐ横に何者かの気配を感じた。視線を向けても何もない。しかし握りしめた石から熱が伝わってきた。


 ベリータの家系に代々伝わる精霊石。磨き、祈り、感謝を伝え続け、何代にも渡って伝わってきた。そうした石には精霊の力が宿り、精霊の力を引き出しやすくなる。初歩的な魔法しか使えないベリータでもきっと火精霊が守ってくれる。そう母から譲り受けたものだったが……。


「側にいてくれたのか」


 シロのようにベリータは精霊を見ることが出来ない。けれど石を通して温かいものが伝わってくる。ここにシロがいたら精霊がどんな顔をしているのか聞けたのにと残念に思った。


「私はあなた様との契約を違えません。私の命が尽き果てる日まで、あなた様を讃えましょう!」

 ベリータが高らかにそういうと精霊石が一層熱くなり、赤い光を放つ。それが精霊からの答え。


「事前にいっておく。私は制御が苦手だから、加減なんて出来ない」


 炎の向こう側にいる男爵とその護衛たちに向かってベリータは不適な笑みを浮かべた。危険を察知した護衛が我先にと逃げ出す。置いて行かれた男爵は「待ってくれ」と叫びながら転がるように部屋の外に飛び出した。


「炎よ、焼き尽くせ!」


 ベリータの声に従って部屋の中を炎が走る。高級なソファもテーブルも容赦なく、壁も天井も焦がしながら勢いよくドアを吹っ飛ばし、廊下に逃げた男たちを飲み込む。悲鳴があがり、それは瞬く間に途絶えた。

 ベリータが廊下に出ると服が焦げ、気を失った男たちが折り重なって倒れている。一応息はある。ベリータの代わりに火精霊が加減してくれたようだ。


「火の女王、感謝申し上げる」


 ベリータは精霊石を掲げて深々と頭を下げた。精霊石は未だ熱いがベリータを攻撃するものではない。むしろ温かく包み込むようで、なぜだか母親に抱かれた幼い日の事を思い出す。


「ベリータ! すごい音がしたけど大丈夫か!」

 エリューラが器用に廊下を飛んで近づいてきた。その後ろにはシロとルブラの姿もある。


「私は大丈夫だ。縛るのを手伝ってくれ」


 手を振るベリータに三人はあきれた顔をした。エリューラが倒れた男たちを足先でつついている。ルブラは服の下に隠していたロープを取り出してテキパキと男たちを縛り始めた。


「ご機嫌だな」


 シロがベリータを見ながら、いやベリータの斜め後ろを見つめながらつぶやいた。いう予定ではなかったらしく慌てて口を塞ぐ。


「私についてくれている精霊はどんな姿をしているんだ?」


 シロの視線をたどりながらベリータは聞いた。いくら見てもベリータに精霊の姿は見えない。それでもそこには居るのだと確信が持てた。シロがウソをつくとは思えなかったから。

 ベリータの言葉を聞いてシロは目を見張る。それから眉を寄せて悩む様子を見せた。ただの好奇心に真剣に答えようとしてくれる姿がなんだかくすぐったい。


「一言でいうなら、ものすごい美人」


 しかし真剣な顔で告げられた答えにベリータはなんとも言えない気持ちになった。今ほど精霊が見えないことを悔しく思うことはないだろう。


「……私と比べると?」

「……なんて答えにくいことを聞くんだ」


 シロは思いっきり顔をしかめてそっぽを向いた。答えてくれなくて残念なような、精霊の方が美人と言われたらショックだから答えられなくて良かったような。微妙な気持ちになりながらベリータはシロから視線をそらす。だからぼそりとつぶやかれた言葉を一瞬聞き間違いかと思った。


「俺はベリータの方が好きだな」


 勢いよく顔を向けると白いシロの頬が赤くなっている。初日以降はずっと姿を変えていたから本来の姿を見るのも久しぶりで、なんだかたまらない気持ちになった。


「そこのお二人さん、まだここは敵地ですし、仕事も残ってますからね」


 ルブラのひやりとした声を聞いたベリータは慌ててルブラに合流した。

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