第13話 人間嫌いの亜人

 男が隠し部屋の様子を見に行こうと思ったのはなんとなく嫌な予感がしたからだ。

 オークションが始まる時間が迫り、準備に慌ただしいスタッフたちの間を抜け、男を含めた限られた者しか入ることを許されていない区画に足を踏み入れる。

 

 昨日、精霊魔法で姿を変えていた少年と会ってから心がざわつく。こういう場合は自分がというよりも契約している精霊がざわついているのだと男に精霊魔法を教えてくれた師は言っていた。多くの場合は自分よりも優秀な魔法使いと出会った時に起こる現象だと聞いた。契約した精霊が羨ましいと騒ぐのだという。


 バカバカしいと男は思っている。精霊魔法を使うためには精霊と契約しなければいけない。だから男も他の魔法使いと同じく精霊には敬意を払っている。

 といっても相手は見えない存在だ。魔法が成功すればいると分かるが、それ以外では空気と同じ。精霊には意志があると言われても、見えないし聞こえないものの意志をどうくみ取れというのか。


 だからお前はダメなのだと、師に破門された時のことを思い出す。

 男は舌打ちし足取り荒く隠し部屋へと足を進める。角を曲がったところで男の目にフードを目深に被った人の姿が映り込む。一見するとただの廊下にしか見えない隠し部屋の入り口をのぞき込む人間に見覚えはない。ここは限られた人間しか入れないのにも関わらずだ。


「誰だ! ここにどうやって入った!」


 男はそう言いながら腰にさしたナイフを握りしめた。オークションがもうすぐ始まるタイミング。偶然とは思えない。

 男の声に反応してこちらに顔を向けたのは若い男だった。こんな場所でなければ油断してしまいそうなほど柔和な顔をしている。だからこその違和感に男はナイフをつかむ手に力をこめた。


「ちょうど良かった。ここに隠し部屋があるとは教えてもらったんだけど、入り方が分からなくて。教えて貰えないかな」


 青年は昔からの知り合いのような気安い態度で男に話しかけてきた。しかし腰にはしっかりと剣がささっているし、動いたことで見えたマントの下には軍の制服を着込んでいた。男は混乱のあまり言葉を失う。どこから入ってきたのか。なぜバレたのか。何で隠し部屋があると知っているのか。


「知られたからにはただで帰すわけにはいかない」


 男はナイフを勢いよく引き抜くと男に斬りかかった。男は困ったように眉を下げ、場違いなほどに柔らかな表情で男の攻撃をさらりとかわす。戦い慣れている。そう気づいた男はすぐさま男から距離をとった。


「美しき光の精霊よ! 我が呼び声に答え、我が敵に裁きの」

「ちょっと待ってください! 光の精霊さん! 少しでいいので僕、いや私の話を聞いてください!」


 男の祝詞を大声で遮りながら青年は懐から煌めく宝石を取り出した。精霊が好みそうな美しく磨きぬかれたものである。遠目に見ても値がはると分かるものを軍服の内ポケットから無造作に取り出す姿に男は驚きのあまり固まった。


「急だったためこれくらいしか用意が出来ず、突然の不躾なお願い、大変申し訳なく思っています。後でしかるべき報酬をきちんと支払うとお約束しますので、今回はどうか私に協力していただけないでしょうか」


 契約した光精霊がざわつく気配がした。よくない傾向だと男は慌てる。精霊は気まぐれだ。一度契約を結べたからといって安心は出来ない。毎日感謝を伝え、報酬を与え、機嫌を取らなければあっという間に愛想を尽かされる。とても面倒で金がかかる。それでも男にとっては必要な武器だ。


「先に契約したのは俺だろ、光の精霊! 報酬だって支払っている! 毎日感謝だって祈りだって捧げてやってるだろうが!」


 感情のままに叫ぶ。なぜか師の「だからお前はダメなのだ」という言葉が頭に浮かんだ。自分の周囲にいた光精霊の気配が青年の方へと移動する気配がする。それから甘い香りが鼻をかすめ「バカな人間」と笑う愛らしい少女の声が聞こえた気がした。


「私は精霊魔法には詳しくないけど、あなたが魔法使いに向いてないことは今のでわかった」


 そういいながら青年は腰に差した剣を引き抜いた。よく手入れされているそれには刃こぼれ一つ無い。鈍く輝く剣身に引きつった自分の顔が映り込み、男は後ずさる。


「精霊様には嫌われたみたいだけど、オレはあなたみたいな人間好きだよ。あなたを見ていると昔を思い出す」

 穏やかに微笑みながら青年は切っ先を男に向けた。


「人間を恨み続けていいんだと安心できる」


 動いた拍子に青年のフードが落ちた。人間にはない獣の耳は片方が不自然に欠けていた。優しい笑みとは対称的な憎悪が燃える瞳に男は悟る。目の前の亜人は人間を許さない。殺される。そう思った時にはすでに遅く、男の目の前に刃が迫っていた。


 

※※※



 気絶した男を無表情にレイネスは見下ろしていた。浮かべた笑みが消え去って、そこには一切の温度がない。ただひたすら無様に気絶した男を見下ろす姿は氷のようで、ベリータたちと共にいる時とは別人のようだ。

 ふぅと息を吐き出して、剣を鞘へと戻す。殺してしまいたいという本音を無視して、用意していたロープで男を縛る。

 脅しのためにわざと顔を狙ったが男の体には傷一つない。無駄な殺生をベリータは好まないし、誘拐の実行犯であり隠し部屋の場所を知っている男は今後の事を考えれば生かしておいた方がいい。

 分かってはいる。分かってはいるが、人間に家族を奪われた幼い頃の自分が囁く。人間なんて殺してしまえと。


「……こんなオレでもついて来てくれるのか」


 自分には水精霊がついているとシロに聞いた。いつも肩に乗っていてのだと。シロに教えてもらった、精霊のいる左肩をそっとなでる。温度も気配も感じない。それでも少しだけ気持ちが落ち着いた。


 甘い匂いが香る。ここまで案内してくれた風精霊が慰めるようにレイネスの周囲をまわっている。

 これほど優しい存在を汚い仕事に使っていた男に改めて嫌悪がわく。どんなに小さな罪でも徹底的に洗い出してやると決意を固め、レイネスは匂いの濃い方へと顔を向けた。


「お嬢様方、立て続けに仕事を頼んで申し訳ないのですが、シロに隠し部屋を発見したことと、魔法使いを確保したことをお伝えください。外に待機しているアーデオとベリータにも。お嬢様方の素敵な香りで気づくと思いますから」


 返事をするように甘い香りがレイネスの周りを一周し、それから移動していく。三方向に分かれる香りに精霊たちがきちんと話を聞いてくれたことを察してレイネスはホッとした。

 改めて男に向き直る。


「情報吐かせるためだし、ちょっとぐらい痛めつけてもいいよね?」

 そう誰にともなく言い訳したレイネスからは表情が抜け落ちており、瞳だけがぐつぐつと煮えていた。

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