第12話 シロの目指す道

 ベリータから作戦を聞いたときは本当にうまくいくのかと疑問に思ったが、成功した今は安堵よりも複雑な心境がまさる。売人に人気と聞いて喜ぶ亜人はいない。

 

 ルブラに拘束をといてもらったシロは改めて倉庫の中を見渡す。積み重ねられた檻の数だけ捕まった亜人がいる。シャーリーが目の前で誘拐されなければ気づかなかったと考えてゾッとする。


「これだけの数を見逃してたなんて」


 見慣れない軍服に身を包んだエリューラが整った顔を歪ませる。光精霊がよしよしと頭を撫でていた。その表情も心なしか暗い。

 突然の侵入者に対して捕まった亜人たちは静かだった。拘束されて動けない者もいえれば眠らされている者もいるのだろう。現実を知るほど嫌悪が湧き上がる。


 近くでガタガタと音がした。男を縛り上げているルブラの傍らにある、この中では小さな檻。その中には昨日、目の前でさらわれたシャーリーの姿があった。


「シャーリー、無事か!」


 シロは慌ててシャーリーの元へ駆け寄る。猿ぐつわを噛まされたシャーリーは目に涙を浮かべて必死に何かを言っていた。きっと「助けて」だ。


「大丈夫、もう大丈夫だからな。俺たちが助けにきた」

「そうだ、安心しろ。ベリータが今、貴族のブタ野郎のところに乗り込んでるし、外には軍が待機している。合図があったら乗り込む手はずだ。全員助かるぞ」


 シロの隣にしゃがみこんだエリューラが優しい声で笑いかけた。エリューラの姿を見てシャーリーは安心した様子で力を抜く。その反応を見てシロは自分がシャーリーが見慣れた蜥蜴族の少年ではなく元の姿であったことを思い出した。


「今までの取引相手も吐かせなければいけませんね」

 男を必要以上に縛り上げたルブラが嫌悪を隠しもせずに倉庫の中を見渡した。シロも怒りで自然と体に力が入る。


「よくこんな酷いことができるな」

「ここはまだマシな方だぞ」


 檻の中を覗き込み、とらえられた亜人たちの健康を確認しているエリューラが呟いた。信じられない言葉にシロはエリューラを凝視するが、エリューラは淡々と亜人たちの様子を確認していく。


「俺が捕まっていたところはもっとひどかった。俺は高値がつく商品だったからちゃんとした食事をもらえたけど、適当に売りさばく予定の亜人なんて食べ物すらまともに与えられない」


 感情の乗らない声で淡々と話すエリューラにシロは言葉が出なかった。エリューラの境遇を察してはいた。人間の乱獲によって数が減った有翼人は人間の前にめったに姿を現さない。親の姿もなく、たった一人で人間と共に生活しているということはそういうことだ。

 けれど、本人の口から痛ましい過去を語られるとどうしていいか分からない。


「王宮育ちの王子様には刺激が強かったか?」


 バカにした態度に言い返す言葉を持たなかった。皮肉げな笑みを浮かべていたエリューラはつまらなそうに唇をとがらせる。その子供じみた仕草が見慣れたもので少しホッとした。


「知識だけでわかったつもりになっていた」


 人間は恐ろしく、世界は亜人にとって住みよい場所ではない。そう教え込まれ、理解したつもりになっていた。けれど実際のところ何も理解していなかった。


 見知った相手が助けに来てくれて安心したのか、檻の中で寝息をたてるシャーリーを見てシロは奥歯を噛みしめる。

 こんな現実知らなかった。親に見放されて閉じ込められた自分は不幸だと思っていた。離宮という場所が、王子という立場がどれだけ自分を守っていたか考えもしなかった。


「どうしたら、苦しむ亜人を減らせるんだ」

「難しい問題ですね」

 眠るシャーリーの頭を撫でながらルブラは神妙な声をだした。


「亜人は現状の社会において後ろ盾が少なすぎるんです」

「後ろ盾?」

「権利を主張するには主張できるだけの力がなければいけません。悲しいことですが」


 ルブラはそういうと目を伏せた。


「亜人は少数民族なうえに流浪の民が多い。人間社会において亜人がいなくなって困ることなどありません。だから対等に扱おうという国が少ないのです。ニザルス王国も、亜の国が脅威であると認識してからやっと平和協定を結ぶ決断をしました」


 人間にとって竜人族の力は脅威だった。本気で戦えば双方に大きな損害を受ける。もしくは負ける。そう判断したからかつての人間の王は平和協定を提案した。

 だから亜の国は国家として認められ、平和を築くことができた。竜人族が治める国に攻め込めばただでは済まないと人間社会に広く知らしめることができたのだ。


「人間と国交を結んでいる亜人の国は私の知っている限り亜の国しかありません。他の亜人の国は人間を拒絶している。だから多くの人間は亜人と関わる機会がない。人間は情を持たない他種族に対して非道になれる生き物です」


 それが亜人よりも弱く生まれた人間の生存戦略なのだろう。


「他の人間の国よりも亜人との交流が多いニザルス王国ですら差別は残っています。国交がほぼない国となれば……」

「亜人を同じ意志を持つ存在だとは扱わないか」


 知っていたことだ。亜の国の外は恐ろしいと。離宮にいた頃、シロの教育係は何度もそう言った。シロが亜の国の外に憧れ、いつかは飛び出していくことを想定して教えてくれたのだ。シロが悪意ある人間に捕まらないように。


「シロ、怖気づいたのか?」

 エリューラがバカにした顔で笑う。それにシロは「そうかもしれない」と答える。思った反応と違ったのかエリューラは顔をしかめた。


 自由が欲しかった。他人の都合で閉じ込められる生活から抜け出して、自分で選んだ場所で生きてみたかった。だから多くの人に迷惑をかけると知りながら逃げ出した。それなのに外は自分が想像していたよりも自由ではないと知ってしまった。

 ベリータに拾ってもらったからシロはここにいる。あの時拾って貰えなければ、シロもシャーリーと同じように捕まって誰にも気づかれずに売り飛ばされていたかもしれない。

 ここにいる亜人たちは可哀想な境遇の他人ではなく、あり得た未来の一つだ。

 だからこそシロに迷いが生まれた。現実から目をそらして、自分だけが逃げ出していいのだろうか。自分を閉じ込めるだけの国だったけれど、王子として生まれた実感などないけれど、シロはたしかに王子なのだ。


「感傷に浸るのは後にして、仕事をするぞ。シロ、精霊は戻ってきてるのか?」


 エリューラの問いにルブラの視線も集まる。シロは周囲を見渡した。この部屋にいるのはエリューラにくっついてきた光精霊だけだ。風精霊の方はシロが仲良くなった二人と共に建物内を調べてもらっている。

 売人はもしもの時のため、目玉商品や見つかると不味い証拠品を隠す場所をつくっていることがあるらしい。隠し通路で逃げられるリスクを減らすという目的もある。


 地下がある場合も考えてアーデオの土精霊にも協力してもらっている。といってもアーデオは自身に土精霊がついていることも気づいていなかったのでかなり驚いていたが。


「まだ戻ってきてないな」

 シロがそういうとエリューラとルブラがそろって微妙な顔をした。

 

「精霊が見えて話せるってほんとふざけた力だな」

「白蒼竜はみな精霊が見えるんですか?」

 ルブラの質問にシロは首を左右にふった。


「精霊に好かれやすい体質ではあるが、全員じゃない。俺は数百年ぶりだと言われた」

「そんな逸材、よく閉じ込めてましたね」

「俺の父親は精霊魔法否定派だったし、一族以外に体質のことも目のことも話すことは禁じられている」


 エリューラとルブラは神妙に頷いた。精霊を見て会話が出来るなど、精霊魔法の根本を覆す。この事実が広まれば白蒼族はあらゆる種族から狙われるだろう。


「精霊に好かれるお前らを信じたんだ」


 シロはエリューラの頭に乗っている光精霊を見た。目があった光精霊はにっこり笑う。「エリューはいい子よ」と自慢の息子を紹介するように胸をはる光精霊にシロは頷いた。


「……ということはシロさん、私の属性も……」

「あっ……まあ」


 エリューラの光と風の二属性持ちも珍しいがルブラの闇属性も珍しい。そして闇属性は人の体調を崩したり洗脳したりと他人に影響を及ぼす魔法が得意なために一般には嫌われている。闇属性持ちが珍しいと言われるのは数もそうだが、属性持ちが隠していることも大きい。

 触れられたくないことだったろうとシロは視線をそらした。シロの目は見えなくても良いものまでハッキリ見えてしまう。


「気づいていて普通に接してくれていたんですね。ありがとうございます」

「自国にも闇精霊はいたし、普通に遊んでた。俺からすれば闇も光も関係ない。それに、精霊は綺麗なものを好む。汚い人間についてまわる精霊はいない」


 対価によっては精霊は力を貸してくれる。精霊にとって他の生き物の争いなどどうでもいいからだ。それでも精霊の中に譲れないものがあるため、精霊が嫌がることを頼めば報酬が跳ね上がる。

 シャーリーを誘拐した精霊使いは相当な対価を支払って精霊に協力してもらっているはずだ。それも毎回同じ精霊ではなく、用事のたびに呼び寄せている。本人、もしくは雇い主に資金がなければ出来ないやり方だ。


「ルブラについている闇精霊は人に姿を見られるのが苦手みたいだから姿を見たことはないが、いつもルブラと一緒にいるぞ」


 そういいながらシロはルブラの足元を見た。闇精霊は人の影に入り込むことが出来るので、ルブラについている精霊の気配はいつも足元から感じる。今もじっとこちらの様子をうかがっている気配がした。


「……私にも精霊がついてるんですか?」

「ついてるぞ」


 ルブラは目を見開いた。自覚のない精霊つきは多い。驚くのも無理はないがルブラの驚き方はアーデオと比べて大げさとも言えた。自分に精霊がつくなどありえないと思っていたような。


 きっとルブラも訳ありなのだ。ベリータは訳ありばかり拾ってくる変人なのだろう。だからこそ皆ベリータについていく。シロがベリータを信じようと思ったように。


 ニザルス王国などすぐに逃げ出してやろうと思っていたのに、今はもう少しここにいたいと思っている。けれどそれは無理なのだとシロはもう分かっていた。シロには逃げることよりもやりたいことが出来た。


「白い子! 秘密の部屋あったわよ!」


 壁をすり抜け現れたのは仲良くなった風精霊だった。もう一人とエリューラについている風精霊も現れる。

 シロの視線に気づいたルブラとエリューラは顔を引き締めた。二人の反応を見ているとシロよりよほど荒事に慣れていることが分かる。


「レイネスを隠し部屋に案内してくれ。なるべく人がいないルートを通って」

「レイネスは精霊が見えないだろ」


 シロの指示にエリューラが待ったをかける。当然の疑問だ。シロもベリータから作戦を聞いた時は驚いた。

 シロはベリータから預かった香水をポケットから取り出す。シロが持っているものに気づいた精霊たちが頬を赤らめながら近づいてきた。エリューラの側を離れない光精霊ですら香水をのぞき込む。


「レイネスは精霊は見えないけど、匂いに関しては俺たちの中で一番敏感だろ」

 エリューラとルブラが驚きで目を見張り、精霊たちは期待で目を輝かせた。

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