第11話 受付の男

 金持ちや貴族御用達の店が立ち並ぶ一画に男が務める歌劇場は建っていた。日夜、様々な公演が行われているが、今日のオークションはその中でも特別だ。招待状を持っている限られた人間しか入ることができず、表立って告知もされない秘密のオークション。目玉商品は亜人。


 バレれば罰せられる。けれど危険を考慮してもあまりある利益がある。亜人を愛玩動物、奴隷として手に入れたい金持ちは多く、違法だからこそ販売価格は釣り上がる。亜人を受け入れているがために他から亜人が集まりやすいニザルス王国は亜人売りにとって狩り場といえた。


 ロビーの受付で男は招待状を確認する。参加者はみな着飾り、仮面で目元を隠している。招待状に書かれた名前も偽名が多い。といっても、体型や声、金持ちしか招待されないという特殊性から分かってしまうこともある。そういう場合はお互い気づかないふりをするのが暗黙のルールだ。


 オークションが開催されるたびに訪れるお得意様の夫婦を会場へ通し、男は一息いれた。招待客の大方は中に入ったため、ロビーは空いている。あとは開演時間までのんびり待っていればいいと見慣れた建物を眺めていると布で囲われた大きな荷物を持った貴婦人と顔をベールで覆った従者が現れた。

 

 見覚えのない客だ。訝しみながら男は貴婦人に招待状の有無を確認した。顔半分は仮面で隠れているが美人だとわかる造形をしている。

 美しい金髪を結い上げ、女性らしい豊満な胸が強調されるドレスがよく似合う。雰囲気からいってまだ若い。オークションに訪れる人間は中年から年配が多いため、珍しいものだと思いながらつい胸元に視線が行く。仕事中でなければ食事にでも誘いたいところだ。


 貴婦人は招待状と聞かれて「持っていないの」と答えた。男は眉を寄せる。たまにどこからともなく噂を聞きつけてやってくる者がいる。駄々をこねられると面倒だなという気持ちと残念だという気持ちが同時に湧き上がる。常連になったら食事に誘う機会もあったのにと。


「招待状がなければ中には入れません。お引取りください」

「そうおっしゃらずに、まずはお土産をみて頂きたいの。これを見れば責任者の方も私を歓迎してくださるわ」


 やけに自信満々にいう貴婦人に男は呆れた。女が示したのは従者が持ってきた大きな荷物だ。すっぽりと布で覆われているため中身は分からない。大きさからいって相当なものだろうが、ぎっしりと金貨や宝石が詰められていたとしても男の雇い主が喜ぶとは思えなかった。


 それでも一応男は確認することにした。礼儀であり、追い返す口実になる。荷物に近づいて布をめくり、中を確認した男は驚きのあまり声をあげた。


「こ、これを一体どうやって!?」


 中に入っていたのは拘束された亜人が二人。どちらも目隠しに猿ぐつわを噛まされておとなしい。もしかしたら睡眠薬でも飲まされているのかもしれない。

 片方は黄金の翼を持つ有翼人。着ているのはニザルス王国の軍服。希少な有翼人が軍隊に所属しているという噂は男も聞いたことがあり、見た目の美しさと希少性から雇い主が欲しがっていることも知っていた。


 もう片方は白い鱗に大きく太い尻尾。耳の部分に角がある竜人族。着ている服はニザルス王国に流通しているものではなく亜の国で好まれるものだ。

 どちらも亜人売りからすれば喉から手が出るほど欲しい希少な商品である。目新しい傷もなく、やせ細っていることもなく、商品としてのできは最高と言っていい。

 驚きながら貴婦人を見つめると優雅な笑みを返された。


「それは秘密というものですわ。私だってこれほどの亜人を捕まえるのに苦労したのです。その労力に見舞うだけの対価がほしいと思うのは当然ではなくて?」

「いますぐ、責任者を呼んできます!」


 男は近くにいたスタッフに受付を任せると雇い主の元へ走った。あれほどの商品は自分の手に余る。雇い主の元で働き初めて長いが、竜人族と有翼人が同時に手に入ることなど初めてだ。


 ノックする手間も惜しく部屋に駆け込み事情を説明すると雇い主は男と同じように驚きで目を見張り、老化と肥満により動かしにくくなった体を鞭打って貴婦人が待つロビーへと急ぎ足で向かった。そこで商品を確認した雇い主は満面の笑みを浮かべ、詳しく話を聞きたいと貴婦人を自身の部屋へと招く。

 男も美しい貴婦人と雇い主の話に立ち会いたかったが貴重な商品を倉庫へ運ぶ役目を任せられれば従わないわけにはいかない。


 貴婦人が上機嫌な雇い主と共に姿を消すのを見送ってから男は寡黙な従者と共に倉庫へと向かった。従者は一切喋らず、顔もベールで見えないが女性のようだ。貴婦人の美しさを思い出すと従者の方も期待してしまう。こういうところに来る金持ちは見栄を重視するため見栄えの良い者を側に置きたがる。こんな場所まで連れてくるような従者ともなれば相当気に入っているのだろう。


「一体どうやって亜人を捕まえたんです? 子供ならともかく成長した有翼人と竜人族ともなれば大変だったでしょう」


 思っても見なかったところから高額商品が舞い込んできて雇い主共々浮かれていた。仕える相手がいなくなった今であれば従者も話してくれるのではないかという期待もあった。

 男の期待どおり従者は口を開いた。思ったよりも若い、女の声だ。


「とても苦労いたしました。だからこそ労力に見合った対価をご主人さまには払っていただきたいと願っております」

「それはもう、私の雇い主はケチではありません。素晴らしい商品には見合った額を払うでしょう」


 男はそういいながら足取り軽く進む。表向きの公演用の道具がしまってある倉庫の更に奥。男のような限られた人間しか出入りを許されていない区域へ続く扉に内ポケットから取り出した鍵を差し込む。カチャリという音と共に扉が開き、男はドアが閉まらないようにおさえると従者を招き入れた。


 誰かが誤って入ってこないように内側から鍵をかけ直し、防音ように作られた荷物置き場を抜けると商品が保管された倉庫に出る。最低限の灯りの下、積み重ねられた檻。その中には今日のオークションにて売りさばかれる亜人たちが所狭しと並んでいた。


「見てください。この商品の数。素晴らしいでしょう。あなた様のご主人さまがお持ちいただいたものには劣りますが、数には自信があります。獣人が多いのですが、見目の整ったものを集めていますのできっと本日のお客様にも満足いただけるかと」


 男ははずんだ声でそういうと従者を振り返った。従者は部屋の中を見渡す。予想していたよりもたくさんの商品に驚いたのか声が出ない様子であった。その反応に男は満足し、昨日手に入れたばかりの獣人の檻へと足を進めた。


「この子は男性に人気のたれ耳、兎型獣人です。見た目も可愛らしいですし、まだ幼いので自分好みに躾け、成長を楽しむことができるでしょう。幼い子が好きなお客様だと成長すると興味をなくして殺してしまうそうですが」


 檻の中に入った少女と目が合う。来たばかりで騒がしいため猿ぐつわを噛まされた少女は恐怖に震えて涙を流す。会場に運ぶ前に暴れないよう薬を使わなければと考えていると従者が妙に静かなことに気づいた。


「どうしました? 気に入った商品でもありましたか」


 そう言って振り返ろうとした男は首に衝撃を感じた。視界が揺れ、気づけば床に倒れている。何が起こったのかわからないまま目を動かすと、視界に入ったのは嫌悪を浮かべて男を見下ろす女性の姿。


「救いようのないクズ」

 

 その言葉を最後に男の意識は途切れた。

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