第7話 精霊のいる日常
酒場の営業は夕方からだが、昼間が暇ということもない。掃除もあるし仕込みもある。何でも屋の仲間が何の前触れもなく現れることも多いので、アーデオはなるべく店にいるようにしているらしい。ルブラが現れるのは不定期なので、シロが来てくれて出かけやすくなったと喜んでいた。
今日も掃除を終え、アーデオが朝食を作っているとエリューラが押しかけてきた。シロの何かがエリューラの癪に障ったらしく、エリューラは頻繁にシロの元に現れては自分の方が先輩なんだからなと胸を張ってくる。といってもエリューラの見た目はシロよりも年下だ。亜人は外見から年齢が測りにくいが、エリューラの言動を見るに見た目通りだろう。
シロも目立つ外見をしている自覚があるが、エリューラはその上をいく。金色の髪に緑色の瞳。黙っていればお人形のように整った容姿は美少女と言ってあまりあるが、性別は男。言動は控えめにいってガキ。しかし、そのアンバランスさが変態を引き寄せがちだとルブラが顔をしかめていた。
珍しい有翼人であり、黄金に輝く翼も人目を惹く。出歩く時は大きめなマントで翼を隠し、フードで顔を隠しているようだが、感情が高ぶるとすぐにフードを脱ぐし、翼は動くのであまり意味が無いらしい。しかしながら知らない相手を見ると急に大人しくなったりするから警戒心があるのか無いのかよく分からない。
そんな見た目の華やかなエリューラはくっついている光と風精霊も本人に負けず劣らず華やかで騒がしい。今日もシロの返事を待たずに話し続けるエリューラの頭上で「そうね、そうね」「エリューが一番よ」「可愛いわ」と合いの手を入れている。本人には全く聞こえていないのに合いの手が絶妙過ぎて、たまに吹き出しそうになるから止めてもらいたい。
エリューラと話していると本人と光、風精霊の三重奏で何を言っているのか聞き取るのが難しい。かといって「精霊は黙ってて」とは言えないので、シロは慎重にエリューラの言葉を聞き分ける必要があった。
「お前は本当に反応が鈍いな。それで大丈夫か」
一通り話終えたエリューラが不満そうな顔をする。エリューラの頭上の精霊たちが「そうよ、そうよ」「鈍いわ」とシロに文句を言うので、お前らのせいだと言いたくなった。言いたいが、言ったら見えて聞こえてるのがバレてしまう。
エリューラにバレるのはもちろんまずいが、エリューラに着いている精霊たちにバレてもうるさそうだ。それならば反応が鈍いと思われた方がマシだった。
「一人の時間が長かったから、話すのになれてないだけだ」
ウソは言っていない。側付きはよくしてくれたがシロの立場は王子だったので一線の引かれた関係だった。母はシロを産んですぐに亡くなってしまったし、他の異母兄弟たちはそれぞれ別の離宮に暮らしていたので、会ったことがある異母兄弟は現王くらいだ。といってもその現王も「俺は王になる」と宣言してからシロの元に来なくなり、シロを他国に売り飛ばした張本人なのでシロのことなどもう覚えていないだろう。
シロの返答を聞いてエリューラは顔をしかめた。整った容姿が歪むのを見ると申し訳ない気持ちになる。エリューラの頭上で精霊たちも「エリューは精細なのよ」とシロに対して文句を言っている。聞こえてないと思っているから遠慮がない。いや、聞こえていると分かっても精霊は遠慮がないが。
「エリューラ、またシロに絡んでるのか」
朝食を作り終えたアーデオが厨房から現れた。できたての朝食がカウンターに並べられてエリューラの目が釘付けになる。パンにベーコン、目玉焼きにサラダ、スープと朝食によくあるメニューだがアーデオは料理がうまい。粗野な見た目から想像できない絶妙な味付けはベリータ曰くお坊ちゃまなシロの舌も満足させてくれる。
並べられた料理を前にエリューラとシロは手を合わせ、精霊に祈りを捧げた。祈りを捧げる二人を近くにいた精霊たちが嬉しそうに眺めている気配がする。
「エリューラ、のんびりしてていいのか。レイネスはもう仕事だろ?」
自分の分を持ってきたアーデオがシロの隣に座る。シロをエリューラと挟むように座ったのはシロが話に入りやすいようにという気遣いらしい。
「大丈夫だ。レイネスには遅れるといってある」
胸をはるエリューラにアーデオがあきれた視線を向けた。シロも似たような顔をしてしまった自覚がある。
エリューラとレイネスがどんな仕事をしているのかシロは知らない。ベリータの仕事を手伝うという契約でシロはここにいるが、ベリータから何かを頼まれたことはない。シロがどれだけ出来るのか様子見しているのか、シロに出来る仕事がないのかは分からない。ただ、最初にいっていた人手不足というのがウソというのはすぐに分かった。人手が足りないにしてはルブラもエリューラも頻繁に酒場に顔を出すからだ。
信用されていない。そう思うと悲しくなるが、シロはベリータたちから見れば厄介ものでしかない。王宮に連れて行かれないだけマシだと思って大人しくしておくほかなかった。魔法で姿を変えているが、エリューラがすぐにシロに気づいたように分かる者には分かる。シロの家出中の王子という立場を考えれば、酒場中心の生活になるのも仕方ない。
「お前らは今日どうするんだ?」
エリューラはベーコンにフォークを突き刺した。見た目の華やかさに比べてエリューラの食事の仕方は野性的だ。フォークをグーの形で握りしめる様子から幼少期の環境が想像出来てしまい、シロはなんとも言えない気持ちになる。
「今日はシロが子供たちに読み書きを教えるんだ」
「お、お前、字が書けるのか!?」
アーデオの言葉にエリューラが衝撃という顔をした。その反応でエリューラが読み書きが出来ないと分かってしまう。王国の識字率はそれほど高くないと聞いていたのでおかしなことではないが、悔しそうな顔をされるとどうしたらいいか分からなくなる。
「エリューラも教えてもらうか?」
アーデオがニヤニヤ笑いながら問いかけるとエリューラは頬を膨らませてそっぽをむいた。
「俺には仕事があるからな!」
そう言いながらエリューラは残りのご飯をかきこんだ。美味しいのにもったいないと思っていると、カランカランと来客を告げるベルがなる。といっても閉店中とプレートがかかった現状で入ってくる者は関係者だ。
視線を向ければベリータとレイネスがそろって入ってくるところだった。二人はカウンターに座って食事をしているエリューラを見てあきれた顔をする。エリューラはまずいという顔をすると慌てて口の中に放り込んでいた物を咀嚼しようとするが、一気に詰め込んだためリスのように頬が膨らんでいる。その様子を精霊たちは「かわいー」とはやし立てていたが、シロからは間抜けな図にしか見えない。
「エリューラ、しばらくは二人行動だって言ったよね」
シロに挨拶をした後、レイネスはエリューラに向き直った。声が少々トゲを含んでいる。エリューラがやばいという顔をしたが、今更だ。
いつも穏やかな顔をしているレイネスの肩には水精霊が乗っている。柔和なレイネスに対して精霊の方は怖いほどの無表情でじっとエリューラを見つめている。
ついて回る精霊はその人の人柄を現す。アーデオと土精霊、エリューラと光、風精霊が似ているように、レイネスと水精霊も似ているはずだ。共鳴する部分がなければ精霊は生物に執着しない。ということを考えるとレイネスの本質は穏やかな外見ではなく、無表情でピリつく水精霊の方なのだろう。
こうした本人の隠したい部分が見えてしまった時、シロは申し訳ない気持ちになる。人の心を勝手にのぞき込んでしまったようないたたまれなさ。気づかないフリをしようとしたって、見えているものはどうしたって認識してしまう。
レイネスからそっと視線をそらすと、今度は華やかな火精霊が目に飛び込んできた。精霊にしては珍しく人と同じくらいに大きい。髪が炎のように揺らめいていなければ人間と勘違いしてしまいそうな上位精霊。シロよりも、いやここにいる誰よりも長い時間を生きているだろう火精霊は成熟した女性の姿をしており、妖艶な笑みを浮かべてシロを至近距離で眺めている。
とっさに悲鳴を上げなかった自分をシロは褒めた。そしてわざとシロを驚かせようとしただろう火精霊を軽く睨んだ。
「シロ、調子はどうだ?」
そういって話かけてきたのはベリータ。火精霊が気に入るのも分かる真っ赤な綺麗な髪に黄金色の瞳。キリリとつり上がった強い意志を感じる眉に右目の下にあるホクロが印象的だ。故郷にはいなかった胸元の大きく空いた服装も目のやり場に困り、シロはいつもベリータを前にすると逃げ腰になる。それを気づかれまいと虚勢を張るのだが、ベリータにはそれすらも見抜かれている気がして腹立たしい。
「おかげさまで元気だ」
そう答えながらベリータの体に抱きつく火精霊を見る。人と同じくらいまで成長する精霊は稀だ。そうした精霊が人にくっついているのも珍しい。そういう場合は古い血筋につく場合が多いのだが、ベリータからは古き良き家柄といった雰囲気を感じない。よく見ると所作の一つ一つが洗礼されているので、いいとこのお嬢様なのかもしれないが、それにしては自由奔放すぎる。
そのうえ、何でも屋はどう見てもベリータを中心に活動している。元冒険者だというアーデオや、給仕に慣れすぎているルベラ、いかなる時も剣を話さないレイネス、稀少な有翼人であるエリューラと軒並みならぬ者たちをまとめ上げている。
目の前の女性は何者なのだろう。そうシロは出会った時から考え続けているが、未だに答えは見つからない。
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