第3話 地下会議

 人が寝静まる時間。最後に出ていった客を見送ってからアーデオは店のドアに「クローズ」の看板をかけた。

 すっかり人がいなくなった店内を見渡して片付けと明日の準備をしなければと考えていると厨房から落ち着いた雰囲気の女性が現れる。


「アーデオさん、片付けの前にベリータが話をしたいと」

「やれやれ、人使いが荒いな」


 アーデオは頭をかきつつ女性、ルブラの後に続く。長い黒髪を頭上でお団子にしており、瞳は黄金色。エプロン姿は店主のアーデオより様になっている。実際動きもよく、ルブラ一人で三人分の仕事を回す頼れる仲間である。


「片付けは手伝います」

「他の二人もルブラくらい優しければなあ」

「仕事増えるだけだと思いますよ」


 ルブラの冷静な指摘にアーデオは顔をしかめた。たしかに、ルブラ以外の二人は給仕に向いていない。片方は手伝ってくれるだろうが不器用。もう片方はやる気すらない。ベリータは器用にこなすがアーデオからすれば雇い主である。本人がいいといいっても片付けを手伝ってとは言いにくい。


 酒場ヴァハフントには二階と地下がある。二階はアーデオの住居スペースであり、空き部屋は時折旅人を止める宿泊室としても利用している。一方地下はベリータが営む何でも屋の会議室。といっても堅苦しい場所ではなく、メンバーが好きなときにふらりと立ち寄る休憩所のような意味合いが大きい。


 メンバーしか知らない厨房の床にある隠し扉を開けて地下へと降りる。先に降りた数人がランタンに火をともしてくれていたため、最低限の灯りが足元を照らす。

 石造りの階段を降りて、同じく石造りの短い廊下を進むとすぐドアにたどり着く。気心知れたメンバーしかいないのにルブラは毎度律儀にドアをノックする。「どうぞ」というベリータの返事を聞いてからルブラがドアを開くと、中から明るい光が漏れ出してきた。


「アーデオおつかれ」


 中央に取り付けられた灯りの下、椅子に座ったベリータが木製のコップを掲げた。中に入っているのはぶどう酒だろう。ベリータは酒豪なため酔わないが、水のごとく消費する姿を見ると文句の一つもいいたくなる。


「酒は水じゃないぞ」

「そうですよ。あまり飲むとお体に触ります」


 ベリータの側にツカツカと歩いていったルブラがコップを取り上げる。ベリータは肩をすくめたものの何も言わなかった。そろそろ止められるだろうと思っていたのかもしれない。


「お二人も止めてくださいよ」


 ベリータに言ったところでどうにもならないと気づいたルブラはベリータと共にテーブルを囲んでいた二人に鋭い視線を向ける。片耳のはしが欠けた犬耳の男、レイネスは苦笑し、灯の少ない地下でも際立つ黄金の翼を持つ少年、エリューラは顔をしかめた。


「僕が止めたってベリータは飲むだろ」

「そんな弱気でいいんですか」


 ルブラの言葉にレイネスは困った顔をした。アーデオほどではないが鍛え抜かれた体躯。腰には剣を差している。獣人は感情で耳と尻尾が動くのだが、レイネスはピクリとも動かない。訓練された戦士の佇まいだ。

 それにも関わらずレイネスはベリータにとても甘かった。死にかけだったところを拾われたという境遇もあるが、本人のお人好しな気質が影響してるように見える。


「ベリータが飲みたいと言っているんだ。いくらでも飲ませてやればいいだろう」


 腕を組み不機嫌そうな顔をしているのはエリューラ。暗がりでも目立つ黄金の翼が感情に合わせて揺れる。この中では一番年下なのだが、言動がとにかく偉そうだ。こちらもベリータに救われた恩があるためベリータに対してとにかく甘い。


「健康に良くないんです。エリューラはベリータが早死にしてもかまわないんですか?」

 

 ルベラの発言を聞いてエリューラが顔色を変える。さっきまでの不遜な態度が嘘のようにうろたえる姿は年相応だ。愛くるしい容姿もあってその姿は微笑ましいが、エリューラがこうした反応を見せるのはベリータに関することだけ。それを知っているとわかりやすいものだと苦笑が浮かぶ。


「ほんとか!? ベリータ死ぬの!?」

「そう簡単に死ぬか。ルベラ、エリューラはすぐ信じるんだから大げさなことを言うな」

「このまま暴飲を繰り返したら大げさとも言えないんじゃないでしょうか」


 涼しい顔で告げるルベラにベリータは顔をしかめた。エリューラの翼は落ち着きなく揺れている。感情がそのまま現れる翼にレイオスが微笑ましい顔をしているが止める気はないらしい。


「そんな話をするために集まったわけじゃないだろ」


 旗色が悪くなったと気づいたベリータは話題を変えた。ルブラは納得いかない顔をしていたが、ベリータがいうことも最もだと思ったのか口をつぐむ。話し合いが終わった後にエリューラも巻き込んで酒の飲み過ぎについて説き伏せる様子が想像出来た。


「花婿は二階で寝てるのか?」

「ぐっすりだな」


 アーデオに問いかけたのはレイネスだった。昼間の出来事はアーデオが働いている間に共有し終えているらしい。花婿という単語が出た瞬間、エリューラの眉がつり上がった。


「あの様子だと明日の朝まで起きないんじゃないか。ずいぶん疲れていたようだ」


 店が忙しくなる前に夕食を持って行ったが、シロはベッドでぐっすり眠っていた。起きていようとしたが力つきたらしく、掛け布団も掛けずにベッドに倒れていたのでアーデオが布団を掛け直してあげた。竜人族は体つきがしっかりしていると聞いたが、思ったよりも細い体に心配になった。本人が言っていた通り王子らしい扱いはされてこなかったのだろう。


「のんきな奴だな。見知らぬ場所で熟睡とは」

「ベリータの言うとおり、箱入りなんだろうな」


 不満げに鼻を鳴らしたのはエリューラでのんびりした口調で目を細めたのはレイネスだ。方や亜人という理由で殺されかけた者、方や美しい翼を持って生まれたせいで売られかけた者だ。反応は真逆だが人並み以上の警戒心を持っている。同じ亜人であり、亜人の中でも稀少な竜人族でありながら見知らぬ場所で平然と眠れる神経が信じられないのだろう。


「どうするんだ? いつまでも匿ってはいられないだろ」

「姫様にはヴァハフントで預かっていると伝えておいたぞ」

 ベリータの言葉にルブラ以外の全員が目をむき、視線がルブラに集まった。無言で説明しろと促されたルブラはため息交じりに口を開く。


「えぇ、陛下にもお伝えしましたところ、皆様と同じように目をむいて、天井を見上げ、お前はまたとうめき声をあげていらっしゃいましたが、しばらくはこちらにお任せいただけるようです」

「陛下の反応が想像できる」


 アーデオ自身は陛下とは会ったことがない。ベリータとルブラから話を聞くだけの遠い存在ではあるが、破天荒な娘を持つ父親としてなら共感出来る。アーデオは独身だが、引きこもり姫なんて不名誉なあだ名を自ら流して、表舞台に出ないことをいいことに自由気ままに行動する娘なんて手に余るに違いない。


「亜の国の使者に関しても陛下が説得してくれたようだ。婚姻の日取りもきちんと決まっていなかったしな。周囲には体調不良だと誤魔化すことになっている」


 腕を組みにこにこと笑っているベリータとは対称的に他のメンバーは不満げだ。この人、また面倒ごとを自ら突っ込みやがったぞ。と口に出さずとも全員が思っている。

 引きこもり姫こと、イザベラ王女直属の隠密部隊。それがヴァハフントである。表向きは派手に動けないイザベラの代わりに隊を率い、王家と交渉をしているのがベリータだ。ただでさえ面倒な立場だというのにベリータは「面倒だな」と言いながら面倒ごとを拾ってくる厄介な悪癖がある。それによって拾われたのがここにいるメンバーなので否定は出来ないが、もうちょっと大人しくできないのかと文句も言いたくなる。


「イザベラ様はそれでいいのか?」


 アーデオの言葉に笑っていたベリータが表情を消した。探るようにアーデオをじっと見つめてくる黄金の瞳に自然と背筋が伸びる。

 ベリータは自分の半分も生きていない若者だ。女性にしては高い身長だが、アーデオよりも一回り小さい。アーデオが本気を出せばあっという間に吹っ飛ばせるほど軽くてか弱い存在だというのに、時折自分よりも遙かに大きな存在を前にしたような圧を感じる。


「イザベラ様のお心は知らないが、私は生まれた立場も務めも背負えないような王子と結婚して上手くいくはずがないと思っている」


 淡々と告げられた言葉にアーデオは言葉を返すことが出来なかった。レイネスは苦笑を浮かべ、ルベラは何を考えているのか分からない無表情。エリューラはベリータに同調するように大きく頷いている。


「王子という立場を本当に捨てられるなら、それでいいんじゃないか」


 そう他人事のように告げるベリータは笑みを浮かべていたが瞳はまるで笑っておらず、背筋が凍るような感覚にアーデオは大きな体を縮こまらせた。

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