だけど、初めて私と対峙した紗和が何の反応を示さなかったことで、隆介がいかに私の存在を彼女に知らせていなかったかを思い知った。

 しかも、破局と原因となった女について、後輩で、「しいな」という名だと馬鹿正直に教えられていても、紗和は調べようともしなかった。執拗に紗和の事を調べた私とは、雲泥の差だ。たとえその後、発散のために架空のアカウントを作り上げたといっても、浮気相手の女性については何も書いていない。直接会っても理解した。彼女はただ自分を裏切った隆介を責めていただけ。

 私――新しい彼女のことなんて眼中になかった。

 私は結局、どこまでいっても名ばかりの恋人だ。


「なら最初からずっと冷たくすればよかったじゃない。今だって、怪我したのかなんて心配しなくてよかったんだよ」


 あふれてくる。黒い淀となっていた何かが、熱い喉の奥を這ってあふれてしまう。電話の向こうにいるユキナに聞こえているかもしれない。すでに通話は切れているかもしれない。わからない。身体が揺れる。頭が痛い。泣きたいのに、涙は出ない。


 あれにつきまとわれる原因は、漠然とインターネットではないかと思っていた。

 それが紗和と大翔と会って話を聞いているうち、私と彼女たちは少し違うのではないかと思いはじめている。

 匿名のアカウントや匿名の掲示板。ここまでは変わらない。ただ。二人は悪意を吐き出していた。隆介のこと。母親のこと。悪意をコントロールできなくなった紗和は、あれが一番近づいた時はおそらく無我夢中で書き込んでいたはずだ。大翔も同じ。人様には言えない悪路的な感情を吐いていた。あの年頃は精神的にも幼い。他人への嫉妬と劣等感をうまくコントロールできないことも多いだろう。だから、悪意が蠢く場所に巣食って待ち構えていたあれに囚われたのではないかと思った。

 だけど私は違う。幸せなことしか発していなかった。なのに捕まった。それも、紗和より先に。


「おかしいと思わない?」


 唇が引き攣れてうまく動かない。隆介は目を瞠り、後ずさる。何が、と言いかけて口を噤むのがわかった。彼はいつもそうだ。肝心なことは何も言ってくれない。だからいつも私は一人で考えてから回って、喉の奥の熱いものに蓋をして、仕事に夢中になるフリをして、

 ――そうだ。いつだってフリばかり。


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