ネカフェ内の心地よい雑音は変わらず耳に届いている。誰かがフリードリンクへ向かう足音が聞こえてくる。店内に異変はない。大丈夫だ。きっとパソコンの調子が悪くなっただけ。

 あれじゃない。そんなわけがない。だって、あの息はしない。

 ここは家じゃない。

 ――異変は家だけじゃないって知ってるくせに。相反する声が自分の内側から聞こえてくるのを、意識的に無視する。


「違う絶対違う」


 かたかた震える唇から否定の言葉を吐く。すべての窓を閉じて、画面を閉じてしまえばいい。笑えるくらい自由に動かない指から、反対の手を使って無理やりペンをはぎ取る。マウスを握らせてクリックを――しようとしなくても、震えで勝手にカチカチ音がした。閉じる。閉じる。見慣れた初期設定の壁紙になる。大丈夫。絶対違う。

 ヴンヴンンンンンンン

 鈍く、聞いたことのない電子音が響く。周囲のざわめきに変化はない。誰にも聞こえていない。私にだけ。私にだけ聞こえている。違う。早く閉じてしまえばいい。これはただの故障だから受付に行って報告すればいい。額から汗が伝う。違う。

 ヴンヴンンン、ン、ンンン

 閉じない。シャットダウンを何度もクリックしているのに、狂った電子音をくり返すだけで何の反応もしない。壊れてる。そうだ。絶対壊れてる。違う。私のせいじゃない。閉じれないならそう言いに受付に行けばいいんだ。そう考えているのに顔を上げることが出来ず、ひたすらにクリックを続けている。私は何をしてるんだろう。今すぐ立ちあがって受付に行けばいいのに。壊れただけなんだから。だから――

 パッと、視界上方が明るくなる。反応した。反射的に顔を上げる。きっとすぐ閉じる。やっぱり壊れてたんだ。息を吐こうとした次の瞬間、


ああああああgpをえrmvpぼあけrjぶw、えrjふぁいいうぇllrじゃbwぺrfpうぃづgじゃjkログvパrwkふぉ憎bあjウェp;mfwあjgヴぉあうぃgじゃをいあjりじゃ嫌ふぃjjぢjfjふぇじあおうぇgかrdgぁldg;pわいjgびjうぃあおえjfpjbrbじゃいwjgpじゃrdぽfけおf;wぶrkrrktぽおびrrkbpbけkrhjjhjrぽおgヵぺふぉっじゃhぁlっこりk


 画面いっぱいに文字が現れた。文章じゃない。ただの文字。意味をなしていない。何これ。何のいたずら。意味がわからない。ガタリと音がする。ようやく動いた身体が、反射的に椅子から立ちあがらせていた。荷物も持たずに個室を飛び出すと、受付に走り出した。

 勢いよく飛び込んできた上にろくな説明も出来ない客を訝しみながらも、受付の男性は一緒に戻ってくれた。先に入ってもらう。お願いだからただの故障ですと言って。心底願いながら廊下で待っていると、すぐに出てきた。面倒くさそうにため息をつく。


「メール画面が開いてるだけじゃないっすか。変なところなんか何もないっすよ」


 さすがに自分が開くわけにもいかないんで。じゃあ。

 店員はそう続けると、戻っていってしまった。



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