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「ユ……ユキナさ……?」
絞りだした声は情けないほどに震えている。落ち着かなくてはと何度か瞬きをすると、真っ黒だったユキナの顔が元に戻った。
幻覚。当たり前だ。そんなことあってたまるか。大きな息を吐きだし、背にもたれて頭を振る。
「ねえちょっと、マジで病院行った方がいいんじゃない?」
そんな私を、ユキナは心底心配そうな表情で見ている。
「……大丈夫です」
「尋常じゃない汗かいて、そんな手ぇ震えてて、どこが大丈夫なの」
テーブルに身を乗り出したユキナは、未だ震え続ける私の手を自分の手で包み込んだ。温かい。そこで、私の手が氷のように冷たくなっていたことを知る。
「……ねえ。あの人と別れたら?」
静かに落とされたユキナの声。言われると思った。仕事の予定ひとつさえ、こうしてあの人に振り回される私を憐れんでのことだろう。
「辛そうに見えます?」
そう言う私の唇の片側が、不自然に引き攣った。笑おうとしてうまく出来なかったのだと悟る。ユキナは包んだ私の手にぎゅっと力を込めると、頷いた。
「辛いっていうか、苦しそうに見えるよ」
それは今、あれに追われているからだ。昨夜の、そしてたった今起きたわけのわからない出来事のせいだ。隆介とのことが原因じゃない。即座に反論しようと唇を開いたが、ひゅうと掠れた息だけが出た。ユキナは続ける。
「芳野さん。あの人といて幸せなのと苦しいの、どっちが大きいんですか?」
射るような言葉だった。
隆介といる時は幸せだ。迷いなく言える。でも、離れると途端に不安になる。今この瞬間さえ何をしているのか知りたい。
もっと話したい、会いたい、抱き合いたいという切望がやがて大きな黒い塊となって私を飲み込んでいく。そばに居られるのが月に一度なら、それ以外の約三十日間は苦しみの方が大きい。でも、会えばすべての苦しみから解かれて幸せを感じられる。
はたしてそれは、どちらが大きいと呼べるのだろうか。
黙ってしまった私に、ユキナは続けた。
「あたしはただ、芳野さんに幸せでいてほしいだけだよ。幸せだって、自信もって言える恋愛をしてほしいだけだよ」
手から温もりが離れる。ユキナはテーブルの上で両手を組んで、綺麗にネイルされた指で遊んでいる。
言いにくいことを伝えてくれる時の彼女の癖だ。
二人で飲んだとき、初めて自分のことを話してくれたユキナの横顔を思い出した。
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