膝に視線を落としたまま、大翔は話を続ける。

 自らがそういった掲示板に書き込むことや、それを友人に知られることを「恥」と言い切った。私にも覚えがある。それはきっと最低限のプライドがあるからだろう。自分にドロドロとした黒い感情があることを認めたくない。しかもそれを誰もが見られるネット掲示板という場所に書き込むことで発散されているだなんて、まともな神経をしていたら堂々と人様に言えることではない。

 大翔の話は中学生らしい感情的な部分と、背伸びもしたいのだろうが理性的に努めようとしている部分が感じられた。しかし、私にとって重要なのはそこではない。


「……大翔くんは、やめたのよね?」


 彼の乾いた唇が微かに動いた。小さく頷きかけて、そのまま自問するように首を振る。


「やめられたのかはわかんないっす」


 そんなはずはない。私は思わず身を乗り出して訊ねた。


「でも、あの気配を家の外で感じることはなくなったんでしょう?」

「……はい」

「じゃあ、どうして?」


 私の問いに、今度はまっすぐ視線をぶつけて答える。


「おかしな話するって言ったっすよね」

「え、ええ」


 思わぬ迫力に身をひきかけて、思い出した。

 つい先ほど大翔は「もっとおかしな話をする」と宣言した。しかし今聞いた話にそこまで特別なおかしさは感じない。――とすると。

 私が口を開くより先に、大翔は続けた。


 変な息が聞こえるようになって、気のせいだって思い続けるのも無理になってきた時、車に轢かれそうになったんすよ。

 はい、マジです。サッカーの帰りに信号待ちしてて、オレはちゃんと立ち止まってたのに道路に飛び出したんです。その時の記憶は全然ないんす。気づいたら道路に飛び出してて、真っ白なライトが迫ってて、あ、車が来る、って。一緒にいたチームメイトが掴んで後ろに引き倒してくれなかったら死んでました。間違いなく。勢いよく転倒したから怪我したけど、事故るよりは全然マシでした。

 直前にため息が聞こえたのは覚えてるんす。あ、きた、って思って。でもシカトするって決めてたから目ぇつむってシカトしてて、そしたら、あっという間に道路に。

 そんで……さすがにまずいと思ったんす。バカだと思われるかもしれないけど、オレはあの掲示板のせいって思ってたから、もうやめないとヤバいってパソコン開くのやめたんす。それに、サッカーにも集中できなくなってたからちょうどいいと思って。でも、立ちあがるんす。勝手に。パソコンが。毎日じゃないけど、夜中になると勝手につく。閉じてても光が漏れるからわかるんすよ。机の中にしまっておくと今度は引き出しが開くんじゃないかと思って寝れないから、しまえない。充電はもう切れてるはずなのに、つくんす。絶対ありえないっすよね、こんなの。

 それが一か月くらい前かな。夜に電気消すのも怖くなったから無理すぎて、友達に何となく聞いてみたんすよ。「闇掲示板って知ってる?」みたいな。あ、闇掲示板ってのはオレがその時勝手に名付けました。裏サイトから飛べるらしいぜとか何とかそれっぽいこと言って、オレも噂で聞いたんだけど的にいけると思って。でも、誰も知らないんす。いろんなツテに聞いてもらっても誰も知らないって。

 でもあの掲示板、うちの中学の連中も絶対使ってるんすよ。だってオレ、学校の裏サイトから飛んだんすよ。オレだけのわけないじゃないっすか。だから隠してるだけだろって思ったんす。思ったんだけど、確認しないでいられなくて、パソコン充電してブクマしてたページに飛んでみたんす。そしたら「ページは存在しません」ってなってて……

 あ、サイト消したんだって、ホッとしたんすよ。オレはあそこに行けない。じゃあもうあれは出てこないって、よくわかんねぇ理由でホッとしたんす。実際、さっき言った通り減りました。でも……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る