「今はもうないの?」


 大翔は俯き、両腕を組んで唸るように考えはじめた。そして、はい、と顔を上げる。


「ないっす」

「家の中でも?」

「……たまにあるかもってくらいで、ひどかった時に比べたら全然っす」

「自分でその理由に心当たりはある?」


 質問を重ねる私に嫌な顔ひとつせず、しかし、大翔はしばらく黙り込んだ。考えているというよりも、話そうかどうか悩んでいるといったように見える。

 ここで急かすような真似をしたら、おそらく絶対に話してくれなくなるだろう。かといって、このまま黙り込まれていては時間ばかりが過ぎてしまう。せっかく浜松まで来たというのに、それでは私が辛い。

 考えた末、まだ聞いていなかった質問を先にすることにした。


「心当たりについてはまた後で教えてくれたら嬉しい。先に、聞くの忘れてたことがあったの。いいかな」

「……はい」

「大翔くんは、その不思議な――不気味なと言ってもいいな。その出来事をツイッターに呟いていたんだよね?」


 そうでなければ、彼の言うエスさん――紗和が、大翔も同じ経験をしたと知ることが出来ない。彼女は自分をリストに入れていた彼のアカウントを見に行き、タイムラインを見たと言っていた。

 大翔はなぜか少し微妙な表情を浮かべて頷いた。


「……全部が全部、マジなことは呟かなかったけど」

「そうなの?」

「ツイッターっすよ? ガチすぎたら馬鹿にされるかもしれないじゃないっすか。オレ、鍵アカじゃねぇし。ちょっとおふざけ程度っつか、呟いたあとにやべぇって思ったら『さっきの盛ったわ~』つって誤魔化したりしたし」


 そういうものなのだろうか。……そうかもしれない。私の中学時代はここまでSNSが普及していなかった。ミクシィなどはあったが顔見知りとはコミュニティ内にこもり、もう少しクローズな関係性を築けた気がする。


「まぁ、匿名の掲示板には書き込んだりもしたけど」

「え?」


 また新しい話が出てきた。聞き取れなかったと思ったらしい大翔が繰り返してくれる。


「掲示板っすよ。ウチの学校の裏サイトから飛べる掲示板があるんす。あんまでかくないけど、オカルト版とか分かれてて。それこそパソコン使うようになってから知ったんすけど」

「……匿名のネット掲示板ってことね?」


 大翔は頷くと、耳の裏をポリポリと掻きながら続けた。


 今から――てかもうずっと変な話してるけどこれからもっとおかしな話するんで、ツッコまないでくれるとありがたいっす。とりあえず先に全部話しちゃうんで。時間もないし。

 その掲示板を知ったのは偶然でした。いつもみたいに裏サイトで先生とか授業のグチとか色々書き込んでて。

 友達の悪口? んー……てか悪口書いてたら友達じゃなくないっすか? オレはそうっす。ムカつくヤツの悪口は書くけどそれはそもそも友達じゃないんで罪悪感とかも別にないっすね。だってムカつくから。 

 それはみんな同じですよ。オレだけじゃないし。先生に対しては授業がつまんねーとかわかりにくいとか、不倫してるらしいとかくっだらないネタばっかっすよ。当たり前だけど生徒の悪口が一番燃えるっす。誰が何書いてるかわかんないんだから、書きたい放題。どうなるかなんてお姉さんにもわかるんじゃないっすか?

 で、オレもいつもみたいに書き込んでたんす。その日はパソコンでやってて。そしたらいきなり名前書き込むとこ……本名でなんてやるわけないっしょ。何て名前使ってんのかは……それはさすがに。

 とりあえずいつもみたいに部屋で好き勝手書き込んでる時に、名前を打ち込むところがあるんですけど、書き込んだあとに点滅したんすよ。リンクになってて踏むと飛べるようになって。……難しい顔してるけど、オレ言ってる意味わかります? あ、大丈夫。ふーん。

 そんでそっから飛んだら、真っ黒な掲示板に辿りついたんす。真っ黒。

 初めて見たんで誰かが勝手に作ったのかなとか色々考えたけど、まぁそこまで深く考えないでそのままの覗いたんすよ。そしたら裏サイト以上に燃えてて。下ネタ悪口なんでも来いの、クソえげつねぇ掲示板だったんす。最初はうっわーってドン引きしたんすけど、見てるうちにあーわかるーってことが多くて……

 どんなって、そりゃークソみたいな色々っすよ。お姉さんはないんすか? アイツがいなきゃいいのにとか、邪魔とか、消えろとか。

 全くないとか聖人君子でしかありえなくないっすか? 

 中学生にだって、思っても口に出せないことあるんすよ。いくら裏サイトがあったってギリギリのラインで我慢してる色々があそこでは全部出しても許された。引いてる書き込みがなくて、みんな言いたい放題なだけの一方通行なんす。何て言うんだっけ。掃きだめみたいな? そういう感じ。別に反応は求めてない。ただ吐き出したいクソみたいなものを出すだけの掲示板。

 だからオレも全部書いて。夢中で書きました。それこそ取り憑かれてたんじゃねぇかなってくらい、毎日毎日書いてました。寝ないで書いてた時もあった。

 今思えばそのくらいなんすよね。キモイ息が聞こえるようになったり、パソコンの画面に目を見たのも。だからもしかしてあのサイトが原因なんじゃないかってバカみたいなこと考えたけど、誰にも聞けないじゃないっすか。あんな悪口だらけの掲示板、知ってる? とか聞く自体がありえない。ありえないって意味わかんないっすか?

 バレたくないに決まってるっしょ。あんな掲示板に書き込んでて、わけわかんねぇ幽霊みたいなやつが見えるんだけどとか。言えるわけない。全部が恥でしかないんすよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る