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彼女に教えてもらった後、すぐにダイレクトメールを送った。返信は早かった。テスト期間中ということで暇だと言う。何度かやり取りを交わした。今時すぎるというわけでも、言い方は悪いが芋っぽすぎるわけでもなく、ごくごく普通の中学生という印象だった。
普段の大翔はサッカーチームでの活動が忙しいらしく、平日の放課後や休日もほとんどそちらに費やしているらしい。テスト期間中の今は親の言いつけで練習への参加を控えているという。そして、塾へ行く前の二時間ならという条件で会う約束を取り付けたのだった。
私が指定したのは、ホテル内のカフェ。中学生には敷居が高いだろうが、ファストフード店ではなくできるだけ静かに話がしたかった。
待ってから三十分ほど経っただろうか。ひとりの男の子が現れた。ダイレクトメールで確認してから、彼に向かって手を振る。どこか気まずそうに軽く頭を下げ、大翔は私の前に座った。好きだというジンジャエールを注文してから、話を切り出す。
「芳野です。来てくれてありがとう」
「……いえ」
「塾があるんだよね。大変だね」
「……いえ。ちゃんとやらないとサッカー辞めさせられるんで」
日に焼けた肌に、もみあげ部分を刈り込んだ短髪。時折私と視線を合わせようとする瞳は綺麗な切れ長で、文字だけでやり取りしていた印象よりもずっと――失礼とはわかっているが――モテそうな男の子だった。
「そう。偉いのね」
「……いや」
「塾に遅らせるわけにはいかないから、単刀直入に聞くけど」
その時、大翔の視線が横に揺れた。まるで肩でも叩かれたような、何かに反応した動きだった。私は気づかないふりをして続ける。
「……何かがいるって感じることがあるの?」
少し遅れて、大翔が頷く。
「それはどんな時?」
ジンジャエールが運ばれてくる。店員に会釈をして受け取った大翔は礼儀を知っていることが見て取れた。それなのにこの子は本名のままSNSに登録している。アンバランスな感覚を持つ中学生を前に、私は両手を組んで彼の答えを待った。
「……パソコンっすかね」
そして大翔は、話を始めた。
オレ、兄ちゃ……兄貴からパソコンもらったんす。三か月くらい前に。新しいの買うからやるよって。オレも自分のほしかったしちょうどいいやってもらって。で、家だとスマホよりパソコンいじってる時間の方が長くなりました。それまでスマホでやってたネット関係を全部パソコンでやるようにしました。フィルターかけられてるけどやっぱ便利なんすよね。画像とか動画とかやっぱでかい画面で見たいし。
え? あーまぁそりゃサッカーのあとだし疲れてるし眠いっすよ。宿題もあるし。でもそれとこれとは別でしょ。お姉さんも仕事だけして生きてるんすか? ですよね。
んで……あー、そうだ。ツイッターもその中のひとつで。あーそういや知ってるんすよね? エスさんからオレに辿り着いたってことは。じゃあエスさん見てたのバレてんのか……恥じぃな。仕方ないけど……
あ、うん、それで、夜はパソコンでツイッターいじるようになって……どんくらい経ったんだっけな。数週間とか? あんま覚えてないっすけど、もう寝ようと思って閉じる時に画面真っ暗になるじゃないっすか。そん時に、なんか見られてる気がしたんす。理由なんてわかんねえっすよ。ただ何となく。けど、マジで何となくだったし勘違いだろって終わって。
んでー……そのあとも普通にパソコン立ち上げるじゃないっすか。で、まぁ色々やってて、つい夢中になって前のめりになってたりすると、こう、ぞわあってしたんすよ。耳が。
ちっちぇえ息が吹きかけられたみたいっつか、よくわかんねぇけど、とにかくぞわあってして。はあ? って振り返ったけど誰もいなくて、気のせいかっつってまた画面に戻ると、しばらく経ってから、また。さすがに気味悪いし意味わかんないしでパソコン閉じようとしたら、今度はハッキリ見えました。あれは目だった。人間の。
そこまで一気に話すと、大翔はジンジャエールをストローで思いきり吸い込んだ。ずずず、と場に不似合いな音が響く。肩をすくめた大翔は小さく「すんません」と呟いた。
「……ハッキリ見たの?」
訊ねると、彼は頷く。
「見ました。オレ、動体視力はいいんすよ。あれは絶対目だった」
視線は合わない。グラスを両手で握るようにした大翔は、空になり氷だけになったそこをただ見つめている。
「……何回見たか教えてもらってもいい?」
私の問いに、ようやく目線をあげる。
「数えたことないっす。……つか、目を見たのはそん時だけかも」
「え?」
「あの気味悪い息は何回も味わいました。耳に吹きかけられるみたいな、何か言ってるみたいな、よくわかんないやつ」
「家の外で感じたことは?」
「ありました。授業中がキツかったっす」
――ありました。
過去形だ。
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