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キィ、と耳障りな音がする。ドルチェはすでに食べ終えているのに、紗和がそれのあった場所へとフォークを刺したのだ。黒板に爪を立てたような苦手な音に思わず顔を顰めると、あぁ、と初めて気づいたようにフォークを置いた。
「……それで、どうしたんですか」
質問を重ねる。紗和が顔を上げた。
「夢中で打ち込んでました。それこそ異常なくらい」
少しの間をおいて、紗和が鞄からスマートフォンを取り出した。
「もう手をつけてませんけど、アカウントは消してないんです」
言いながら画面を見せてくれる。綺麗に伸ばした爪の先に、可愛らしい猫のアイコンがあった。
「読んでみてください」
スマートフォンを受け取ったはいいものの、人様のものだという意識から紗和を見上げる。彼女は黙ったまま頷いた。その顔色は未だ白い。視線を画面に戻し、羅列を追う。
最初の頃はただの愚痴だ。距離が近すぎる母親に対して『鬱陶しい』とわかりやすい文言が続く。勝手に家へ入られていたらしい時には『なんで』『帰ったらいたんだけど』『ありえない』『怖い』と端的に記している。様子が変わったのは、一か月半が経った頃だ。
『だれかいる』
突然の平仮名。
紗和を見る。私の手元を覗き込むと、納得したように頷いた。
「その頃からです」
――なにが、とは言わなかった。しかし、私にはわかった。
スマートフォンを紗和に手渡すと、彼女は視線を落としたまま口を開く。
「櫻木との赤裸々アカウントと、母の愚痴アカウント。同時進行をはじめて一か月半が経ったころから、何かの気配を感じるようになりました」
あの頃の私はどうかしてたんです、と続ける。
文字通り、狂ったように愚痴や悪口を打ち込み続けていました。
櫻木のことも感情的に責めたて続けて、母への愚痴アカウントでは仕事の愚痴も混ざってました。見ましたよね? ええ、ひどいものです。
休みまで私を頼ってくるお客様に対して『死ね』とか普通に呟いてました。それは営業の仕事じゃないってことまで甘えてくるんですよ。断れない私も悪いのかもしれないけど、それにしてもキツかった。でも、それを当たり前として頑張ってたんです。大変だと思う事はあっても、死ねだなんて思ったことなかった。
でもそんなことばっかり呟いてるんです。気づけば罵詈雑言ですよ。死ね、消えろ、何様のつもりだ。ひどいことばっかり。あれが私の本音だったのかな。どうなんでしょう。自分でもよくわかりません。
呪いのように吐き続けました。正直あの時のことはほとんど覚えてないです。スマホを開いてツイッター開いて、悪口書いてる。何も考えずに毎日……毎時間かな。最終的には一時間に何回も同じようなことばかり呟いてました。
ふ、と息が漏れた。紗和だ。
「――そんなある日、誰かがいるって思って」
その表情を凝視する。彼女は気遣うように私を見た。
「スマホだとわからなかった。パソコンを閉じようとした時に気づいたんです」
あなたもでしょう?
言葉にはしなかったけど、紗和は確かにそう言った。
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