第11話


穏やかな風が吹く庭でサンク様とチェス盤を囲む。

チェスの駒を動かし、相手の出方を窺っていると不意に声をかけられる。


「エリー」

「はい」

「ここ1月の間、何か盛られなかったか?」


駒を動かしてから視線を上げたサンク様は、何かを探るように唐突に切り込んできた。

やはり彼は気づいていたらしい。

表情を変えないようにしながら、自分の駒を動かす。


「チェスをしているというのに、盤外の駆け引きで動揺を誘うとはいささか無粋ではありませんか」


そう言って笑えば、彼は眉間にシワを寄せた。


「お前は昔からそうだ。大事なことを何も見せようとしない」

「気のせいではありませんか?」


確実に1手ずつ詰めてくる彼に、私も少しずつ追い詰められていく。

いつもとは違う、絶対に勝ちたいときに彼が使う戦略。


「エリーはこの国の頭脳だ」

「…」

「奇抜な戦略から豊富な知識、さらには表情から相手の心を読み解くこともできる唯一無二の女王だ」

「……何が言いたいのですか?」


コツリと音を立てて、私のキングが逃げ場をなくす。

ダブルチェックを作られてはキングは逃げることしかできなくなるが、ゲームが進めば次第に逃げることすらできなくなる。



「チェックメイト」



サンク様の勝利宣言が響く。

私のキングはもうどこにも逃げられなかった。


「…参りました」


わざとらしく両手を顔の横にあげ、降参の意を示す。


「16連勝まで持ち込んだのにここで途絶えてしまいましたか。残念です」

「全く思っていないだろ」

「そんなことはありませんよ」

「嘘つけ」


軽口をたたき合い、紅茶に口をつけながらチェス盤を眺める。

これまた随分徹底的に攻め込んでくれたものだ。

盤面には私が考えたものとは全く違う戦略が描かれていた。

やはり全てが見えてしまうチェスは難しい。


「さて、俺が勝ったのだからお願いを聞いてもらわないとな」

「そうですね。勝者の特権ですから」


サンク様の口から、暖かな日が差し込む庭園に似ても似つかわしくない言葉が発せられる。


「クレンル王国がクロンダルと戦争するための準備をしているという情報を得た。宣戦布告も時間の問題だろう」

「そんなことならわざわざチェスの手合わせを申し込まなくても良かったのに」

「いや、俺の要望は無茶をしないでほしいというものだ」

「…と言いますと?」


サンク様は私をまっすぐ見つめた。

その視線がどうにも心の中まで見透かされているようで、少々居心地が悪い。


「この戦争の間、城から出ないでくれ。この前の戦争の時は前線基地で指示を出していたが、あれは危険すぎる」

「…」

「エリーにはここから戦場の様子を監視していてほしい。エリーの頭脳と作戦があれば、確実に勝てるから」

「分かりました」


素直にそう答えれば、息をついてサンク様は紅茶を飲んだ。

私が抗議すると思い気を張っていたのかもしれない。


「サンク様はいつも通り戦場に出られるのですか?」

「今回は前線基地に待機していようと思う。もちろん、エリーの作戦で俺が戦場に出る算段なら出るが」

「いえ、出ない方向で問題ありません」


今回の戦争で狙われる可能性が最も高いのは城と軍の情報管理室。

だから私がここで待機を命じられるのはとても都合が良かった。


これはサンク様には言えないな。


言ったら確実に別の場所に避難させられることが目に見えていた。

チェス盤の角に追い詰められた私のキングを見やる。

縦、横、ななめに1つずつしか動けないキングとは違い、私自身は複数の敵に襲われても迎撃できる。

戦争とチェスの大きな違いは、王が戦うことができればダブルチェックを簡単に壊すことができるという点だ。

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