第5話


「あの、自分の部屋に帰りたいのですが…」

「ん?」

「ん?じゃないです」

「ほら着いた」


結局押し切られてしまった。

そのままソファーに座らされ、隣には彼が腰かける。


「どうしてここに連れてきたんですか」

「そりゃあここで休むからだな」

「いや、だから」

「まぁ落ち着け」


一体何がしたいのだろう。

訳が分からず困惑していたら、急に頭を撫でられる。

思わず顔を上げれば、そこには優しい笑顔を浮かべているサンク様がいた。


「お前、頑張ってるだろ。少しは労わせてくれ」

「……まだまだですよ」

「なら今すぐここから出ていけるか?」

「それは、できませんけど」


欠伸をかみ殺して、必死に目を開けようとしている私を見てサンク様は苦笑いを零した。


「無理するなって」

「別に無理をしているわけではないです。ただ、知りたいだけなので」

「その気持ちは分かる。だが程々にしとけよ。いつか壊れちまうだろ」


彼の手が頬に触れ、親指で目の下を優しく擦られた。

なんだかくすぐったくて身を捩ってしまう。

するとサンク様は小さく笑って離れていった。


「じゃあ昼食までここで寝ておけ。俺は書類片付けているから」

「私も手伝いますよ」

「寝てろ」


起き上がるも即刻止められてしまう。


「……ありがとうございます」

「おう」


素直に横になれば、ゆっくりと睡魔に襲われる。

まだ調べ足りないことは沢山あるが、今は甘えてしまおう。

そう思いながら私は眠りについた。


***


「エリー、起きろ」

「ん…」


体を揺すられ、徐々に意識が浮上する。


「もう昼だぞ」

「……おはようございます」

「ははっ、随分と寝ぼけてるな」


サンク様が楽しげに笑う声が聞こえる。


「今日はこの部屋で昼食を取れるようにお願いしたから、そろそろ起きておけ」

「ありがとうございます」


段々と覚醒してきた頭で何とか状況を理解しつつ身なりを整える。

気づかれないように手を握ったり開いたりすれば、問題なく滑らかに動いた。

どうやら寝たことにより薬は抜けたようだ。


しばらくすると部屋に給仕係が入ってきて、机に食事を並べてくれた。

複数人いる給仕の内に、昨日毒を盛ったであろう人はいなかった。

昨日のことから様子見をしているのか、それとも新しい作戦でも練っているのか。

どちらにせよ、あまり気にしていても仕方がない。

目の前に置かれた食事を見てみれば、野菜スープとパン、そして鶏肉の香草焼きだった。


「では、いただきましょうか」


サンク様に声をかけて食事を始める。

食べてみるとやはり美味しい。

程なくして食事を終え、私はそのまま部屋に戻ることにした。



自室に戻ってから、昨日手が痺れてまとめることが出来なかった情報を紙にまとめていく。

ひたすらに文字を書きつつ、分かりにくいところは手書きの図も入れていく。

それから数時間、ようやく一通り纏め終わった頃には外は暗くなっていた。

椅子にもたれかかって大きく伸びをする。

ずっと同じ姿勢で作業していたため、肩が痛い。

固まった筋肉を解しながら窓の外を見やれば、帰路についている人や家に入る人が多く見える。


「こんな平和な日が続けばいいのに」


ぽつりと呟いた言葉は静かな室内に響いて消える。


先程までまとめていた書類には、隣国であるクレンル王国がこのクロンダルを襲う可能性が高いという結論が根拠と共に述べられていた。

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