第1話

数年前、ホルエクルの女王とノヴァトリアの皇太子が婚姻関係になった。

それにより両国は統合され、新たな国としてクロンダルが誕生した。

元々交流があったこともあり、両国の民もすんなりとその事実を受け入れられ、クロンダルは建国してから間もない国であるにも関わらず驚きの成長を遂げていた。


「エリー、入っていいか?」

「少々お待ちください」


ノックの音と共に聞こえた声の主を確認してから本を閉じ、杖を突きながら歩いて扉を開ける。

そこには予想通りの人物がおり、私は笑顔で迎えた。


「わざわざ開けに来なくとも良いのに」

「流石にこれぐらいは歩けますよ」


彼は苦笑いを浮かべると、部屋に設置されているソファーに腰かけた。

紅茶を淹れようとするも、軽く制止される。


「足の調子はどうだ」


渋々彼の向かいに座れば、開口一番に聞かれたのはそれであった。

先程まで立っていた足に力を入れるも、痛みは全くない。


「えぇ、問題ありません。元々動かないわけではなく動かしにくいだけですので。お気遣いありがとうございます」

「それならいいが、何かあったらすぐに言ってくれ」

「サンク様は心配症ですね」

「エリーが大切だからだよ」

「あら嬉しい」


そんな会話をしていれば、ふわりと優しい風が吹き込んだ。

窓の外を見やれば穏やかな陽気が目に入り、思わず目を細める。


「あぁそうだ、今日はエリーにお願いされていたものを持ってきたのだ」


そう言って渡されたのは、先日チェスに勝った時にお願いした他国の歴史書だった。

きっと今は絶版になっている貴重な本であろうそれをそっと撫でる。


「エリーと2人で話がしたい。皆は退室してくれないか?」


彼がそう言うと、護衛の騎士たちは一礼して部屋を出て行った。

残されたのはサンク様と私だけとなり、静かな部屋にゆっくりとした時間が流れる。


先に口を開いたのは彼だった。


「お前さ!!その本いくらしたと思う!?たかがチェスの1戦で絶版の書物を頼むな!」

「あら、チェスの勝負を持ちかけてきたのはサンク様でしょう?」

「それは……っ!!」

「それにこんな高価な本、自腹で買うには少々勇気がいりますしね」

「……まぁ確かにそうだけど」

「ご納得頂けて何よりですわ」


そう言って微笑めば、彼は諦めたように息を吐くのだった。


「それで、話ってなんですか?」

「話なんて何もない。ただ、あの丁寧な言葉使いに寒気が止まらなくて限界だっただけだ」


そう言って先ほどとは似ても似つかない態度で腰かけるサンク様に、思わず笑みがこぼれてしまう。


彼は昔からこうだった。

王族だから丁寧な口調を求められるもそれをずっと嫌っていた。

大人になってからは、普段は誰に対しても紳士的な振る舞いをするようになったのだが、私の前でだけは素に近い口調になる。

他の人がいる前では決して見せないその姿を特別扱いされているようで嬉しく思う反面、こうして今でも友人のように接してくれることがとても心地よかった。


「昔は何も気にしなくてよかったのにな」


無意識なのか小さな声で呟かれた言葉を私は聞き逃さなかった。

少し寂しげな表情をしている彼に胸が締め付けられるような感覚に陥る。


「…お父様もお母様も今の私たちを見て喜んでくださっているかしら」

「あぁ、きっとな」


私の両親も、サンク様の両親も私たちが幼い頃に敵国からの侵攻で亡くなった。

それ以来、私たちは国を統合することでお互いを支え合ってきたのだ。

だから婚約は自然なことではあったが、婚約者というよりも幼馴染や戦友という表現が正しい関係性だった。


『互いを支え合い、生きていく』


その誓いの言葉に恋愛感情が混ざっていないだけのこと。


「でもエリーのご両親はきっと早く俺と結婚してほしいと思っているはずだぞ」

「寝言は寝てからおっしゃってください」

「辛辣すぎないか?」

「元来私はこの性格です。ご存じでしょう?」


そう言って紅茶を飲めば、こちらをじっとりと睨まれる。

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