第22話


それから毎日教会に通った。

どうやらイデアルの候補に挙がると教会の関係者内で情報が共有されるらしく、いくつもの視線を感じた。

カイルも感じ取っているらしく、動きにくそうに身じろぎしていた。



そして聖女の補佐を名乗る男性の話を信じるならば、この昼の礼拝が終わった後に声がかかるはずだ。



「これにて、昼の礼拝を終わります」


慣れた様に教会を出ようとすれば、先日声をかけてくれた男性が出入り口で私たちを呼び止めた。


「お久しぶりです」

「先日の…」

「はい。例の件についてご連絡がありますので、この手紙をお受け取りください」


差し出された手紙を受け取り、カイルに目配せをする。

彼は頷くと、私の代わりに受け取ってくれた。


「分かりました。受け取らせていただきます」

「中身はこの後すぐに確認することをおすすめします。それでは失礼します」


男性は一礼すると、そのまま教会内に戻って行った。

私たちはその後姿が見えなくなるのを待ってからすぐに宿に戻った。


宿に戻るなり、前を同じように猫の力を借りて検査をする。

しかしペンダント同様、手紙にも不審な点は見当たらなかった。


「じゃあ開けるね」


向かい合うように座ったカイルに同意を求めれば、何も言わず頷かれる。

猫は影から出てくると、カイルの膝の上に乗って同じように手紙を見つめた。

2人のわくわくしながら待つ姿がそっくりで、思わず笑ってしまった。


封を切り、中の手紙を取り出す。

紙を開くとそこにはこう書かれていた。


『本日、日が沈んだ後に城の門前へ来られたし』


声に出して内容を読み上げれば、カイルが真剣な顔つきになった。


「本当にイデアルに選ばれたのか?」

「罠じゃないといいけれど、どちらにせよ行くしかないんじゃないかな」


猫はカイルの膝の上から机に飛び乗り、私を見上げる。


「私も行くか?」

「うーん…本当は来てほしいけれど、どこまで警戒されているか分からないのよね」

「なら外で待っていようか?」

「うん、そうしてもらおうかな」


猫は了解したと言うと、窓から外へ飛び出していった。

きっと先に向かっているのだろう。

それを見送り、私たちも準備を始めた。












「ここね」


手紙に書かれていた通り、私たちは日が沈んでから城の前に来ていた。

日は沈んでいるが街灯が点々と道を照らし、月明かりも相まって辺りは明るい。

門番に声をかけようとした時、タイミングを見計らったように城内から件の男性が出てきた。


「こちらへどうぞ」


男性に促され、2人でついていく。

その直前、城の城壁に座る黒猫に目配せをする。

猫は目が合うとトコトコと奥へ歩いて行ってしまった。

きっと他の場所から見守ってくれるのだろう。




「聖女様はもうすぐお越しになります。それまで少々お待ち下さい」


案内されたのは洒落た応接間のような場所だった。

大理石で造られた床には真っ赤な絨毯が敷かれており、壁にはステンドグラスが嵌められた豪華な造りだ。

一目見ただけでもお金がかけられていることが察せられる。


男性が席を外してから、部屋に置かれているソファーに腰掛ける。

何も言わずカイルと目を合わせれば、彼は少し緊張した顔をしていた。


「大丈夫よ」

「…」

「聖女様は私たちの味方になってくださるわ」


部屋に仕掛けがないと思えず、言葉に気を付けながらカイルに声をかければ驚いた顔をした。

私の言う『味方』がこの国においての『裏切り者』を揶揄していることなんて火を見るよりも明らかだ。

彼にもその意味が伝わったのか、彼はもう動揺していなかった。

きっと仕事として気持ちを切り替えたのだろう。




しばらく無言で待っていると、ノックが部屋に響く。


「はい」


カイルが返事と共に立ち上がったのに倣って私も立ち上がれば、扉が開かれて聖女が現れた。

昼に見た姿と寸分違わない姿に無機物のような異様な雰囲気を嫌でも感じてしまう。

聖女様はカイルと私を見ると、ベールの下から覗く唇で綺麗な笑みを浮かべた。


「お待たせしてしまいましたか?」

「いえ、全く。こちらこそ貴重なお時間をありがとうございます」


聖女様の言葉で、付き添っていた聖女様の補佐が部屋を退室する。


「イデアルは私と貴方たちの対話です。そこに他者は介入致しませんのでご安心を」

「お気遣い感謝します」


お互い立ち続けているのもおかしいので、声掛けをいただいてからソファーに座る。

聖女様は向かいのソファーに座る。

私たちが挨拶している間に聖女様の補佐が用意してくれたのか、机の上には先ほどまで無かった紅茶が置かれていた。


「ぜひ、紅茶でも飲みながら話しましょう」


すでに紅茶に口をつけた聖女様に促されるが、どうしても薬の混入を疑ってしまう。

私は痺れ薬や睡眠薬、劇薬に対しての耐性ならあるが、カイルはどうだろう。

紅茶の匂いを確認しながらこっそり彼の様子を見れば、私と同じように匂いを確認しつつほんの少しだけ口をつけていた。


驚いた。

どうやら彼もこの方面の知識や対象法について明るいらしい。

警備隊の隊長をしていたが、もしかしたら対毒訓練を受けていたのかもしれない。


「それでは早速、イデアルを始めましょうか」


聖女様は机に置かれた砂時計を逆さまにした。

きっとイデアルの制限時間を測っているのだろう。


「よろしくお願いします」

「ふふっ、そんなに緊張なさらないでください。私は何でも受け止めますから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る