第5話 お花見アニマルズ

仲の良い老夫婦と白い犬、優しそうなタレ目の老人に茶色の犬、灰色の猫、鶏冠の立派なニワトリという面子の団体が仲良く花見をしている。

花を見る目的でここに来たのに、皆が見ているのはこの団体である。犬、猫はまあわかる。でもニワトリとは……?老人たちも動物たちをまるで人間かのように扱う。この辺りではあまり生で見ることのない生きているニワトリに子どもたちは

「生ニワトリだー!」

「すげえ!俺動いてるニワトリ初めて見たぜ!春休み明け自慢しよー!」

なんて大興奮だ。それをほけほけと笑顔で見守る老人と犬たち。猫は少し騒々しすぎると思いながらも悪い気はしないようで、欠伸を一つし日向ぼっこの姿勢に入った。

子どもたちに"生ニワトリ"と呼ばれたニワトリは思わぬ注目にビックリしつつも状況を瞬時に理解にキリッとポーズを決め始める。

「このニワトリ、ポーズキメてんのすげえ!これ映えるんじゃね?」

子どもだけではなく若者たちも寄ってき老人たちはたちまち囲まれてしまったが、当人たちはそれでも焦ることなくのんびり笑っている。


「見てくださいな、フーンがあんなに張り切っている。ここの人たちは温かいですな。誰も我々を虐めなければ食べようともしない」

タレ目の老人がそう口にする。

「ええ、ポチも私も私の妻の善も良い暮らしをさせてもらってます」

「少々空気の悪いところもありますが、こうして花を愛でることができることは嬉しいですねえ、ねえポチ」

老夫婦がそう言うとポチと呼ばれた白い犬が二人に甘えるように擦り寄る。

「ブレーメンへ行くときに出会ったあの家も良かったが、ここでの暮らしを提供してくれているハーツ様たちには感謝しかないです」

しみじみとそう言ってタレ目の老人は酒を一口飲んだ。

それに同意だというように、茶色の犬と灰色の猫、ニワトリが其々鳴いた。


彼らはグリム童話の一編、ブレーメンの音楽隊の動物たちであった。

ブレーメンの音楽隊といえば、歳をとり仕事が出来なくなったロバが飼い主から虐待を受けて脱走。そしてブレーメンに行って音楽隊へ入ろうとブレーメンを目指す旅の途中で訳ありな犬と猫とニワトリに会って共に旅をする。その途中にあった泥棒が寛ぐ家を皆で協力して泥棒を追い出しその家でみんなで仲良く暮らしてしまうという、結果的人間への復讐譚である。……と、まあこう見るのはごく少数で普通は仲良し動物たちの物語である。

ちなみにブレーメン旧市街の市庁舎横には2mほどの彼らの銅像が建てられ、この物語は広く受け入れられている。


「にしてもエーゼルさんは何故人間になったんだい?他のめんばあは皆動物なのに。ああ、否定をするわけではないんだよ。ただ疑問でね」

エーゼルと呼ばれたタレ目の老人はこう答えた。

「いやあ、マーリン殿や他のものが言っていただろう。ロバは日本では目立つと。それが嫌でね……それに私も人間というものになってみたかったのもあるんです。見てください、この両手。ずっと夢だったピアノが弾けるんです」

エーゼルはそう言って手のひらを閉じたり開いたりしてみせた。

「ふむ、納得だ。エーゼルさんたちの演奏は素晴らしいからね。ぜひまた聴かせてほしい」

「もちろん聴いてくださいな」

エーゼルともう一人の老人はそう笑い合う。


「そういえば白さんのポチも人間ではないのは何故ですか?」

エーゼルはもう一人の老人を白と呼んだ。

白と善という老夫婦とポチは日本民話で有名な花咲か爺さんの優しい老夫婦と犬そのものである。ここに来るまでは隣の夫婦に苦労させられながらも仲良く暮らしていた。

「ポチが人間になったら、と私も考えたんだがポチはやっぱり犬の姿が一番かと思ってね。不自然じゃないならこのままの姿でも良いかと思ったんだ。……ポチは人間になりたかったかな?」

白がそうポチに尋ねると、私はあなたに従いますよ。というように体を擦り付けてきた。

「まあポチが人間にと望めば叶えてくれる方がおりますからね」

白の妻の善がそう言うと、そうだそうだと皆笑った。



「に、しても……」

エーゼルたちが花見をしているところから少し離れた場所はかなり騒々しくなっている。カメラの音や歓声が止まない。

「フーンもフントもカッツェもノリにのってしまったようで」

エーゼルはそう苦笑する。

「いやいや、元気なのは良いことです、ほらここにも元気なものが……」

白がそう笑いながら善を見る。

「皆の笑顔、良いですねえ。ほらポチもお入りなさい」

善はスマートフォンでビデオを撮っていた。

「見てみて、これあれじゃない。あの……動物積み?」

「ブレー……ブレーマン……ブレーメン……そう、ブレーメンの音楽隊だ!」

「そう、それだ!……でも何か足りなくない?ちょっとインパクトに欠けるというか」

「お前、これでインパクトないってどんな生活してるんだ……?」

「みんな可愛い〜!」

「ねえねえ、このこたちと一緒に写真撮ってよお!」


善の撮ったビデオには、たくさんの人に囲まれバッチリポーズを決めるエーゼルを除いたブレーメンの音楽隊の面々と皆の笑顔と楽しげな声、そこから少々離れた場所で嬉しそうに笑うポチがしっかり映っていた。


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