第6話 白雪は溶けない
「LOVEシュネー!LOVEシュネー!」
「我らのプリンツェッスィン!」
駅前で熱心な声援を受ける人物が一人。音楽を担当している者もいるので二人いるのだが、声援を受けているのは一人だけだ。
ただこの二人は絶世の美男美女で。声に出さずとも二人に向けられる視線は相当のものであった。
美女の高らかな歌声は澄んでいて美しく、聞くものを魅了した。美男の奏でる音楽は素晴らしく、美女の歌声に見事に寄り添っている。
「ねえ、これ無料で聴いてて良いのかな?」
「お金の払い方がわからない……」
ヒソヒソと美女の歌の邪魔にならないように話す若者たち。そんな若者に美女はウィンクをした。
美女の唐突なサービスに男も女も皆一瞬で心を奪われたのであった。
「好き……」
控えめな日本人が絞り出せたその一言に、多くの者が無言で同意した。
そんな彼らの周りにはドンドン人が集まり、それだけに止まらず鳥や飼い主を引きずって散歩中の犬や猫といった動物たちまで集まり始めた。
美女はそれに微笑み手を振る。そして感謝を込めてより高らかに歌った。
美男の音楽が終わり、彼女がお辞儀をすると盛大な拍手が贈られた。
「最高でした!」
「プロの人?CDとかありますか?」
積極的な人々が彼女たちに近づいていく。
「お待ちなさい、シュネーは今疲れているのよ。それがわからないの?ほらシュネー、これをお飲み」
「プリンツェッスィンに近づきたいならまずは我らを通してもらおう」
そんな彼らを止めたのは、大人の色気溢れるこれまた絶世の美女と七人の屈強な男たちだった。
色気溢れる美女は今まで歌を歌っていた美女にスポーツドリンクを差し出し、屈強な男たちは壁の如く立ちはだかった。
それに怯んでトボトボと引き返そうとする人たちに歌っていた美女が駆け寄り笑顔を向けた。
「ダンケシェーン!素敵な方々。わざわざ聴いてくださって、私嬉しいわ!」
白雪のように白い肌、ぱっちりした美しい目に漆黒の髪を持つ美女の至近距離笑顔を見た幸運な人は思わず変な声をあげた。
「私、歌うことが好きなの。歌手になるのが夢なのよ。私の歌は素敵だったかしら?歌手になれると思う?」
「な、な、なれると思います!貴女の歌、とても素敵でした。私応援します!」
「ダンケシェーン!素敵なあなたへ私からのお礼よ」
白雪の美女はそういうと頬にキスをした。辺りに歓声が響き渡る。キスをされた当人は心ここに在らずな放心状態であった。
「他の方々もダンケシェーン!私のことを応援してくださると嬉しいわ。またお会いしましょう」
そう言うと両手でバイバイと手を振った。
「シュネー、役者がいたら中々その場を離れられないだろう。僕の楽器もしまい終わったし、またここで君は歌うのだから今日は帰ろう」
ずっと音楽で白雪の美女を支えていた美男がそう声をかけた。
「そうね、クヴェレの言うことももっともだわ。お母様もあなたたちも今日は一緒に帰りましょう」
白雪の美女をシュネーとプリンツェッスィンと呼んだ人々にそう声をかけると彼女たちはその場を去った。
「……私、来週もここに来よう」
「なんか今週頑張れる気がしてきたわ」
「俺も……」
去ってから次々と称賛の声が出てくる辺り、応援していた人々は日本人であった。
「お母様とあなたたちからの声援は嬉しいのよ。でも他の応援してくださっている方々を怯えさせたりしてはいけないわ」
「……」
「でもプリンツェッスィン……」
「無言もでももありません。良いですか、悪いことをしたらごめんなさいと謝るのよ」
「……申し訳なかったわ」
「ごめんなさい」
屋敷の一室で仁王立ちする美女と、ソファに座る美女と床に正座する七人の屈強な男。仁王立ちの美女以外は皆反省しているようで、しょんぼりと頭を下げている。
それをベッドに座りながら楽器の手入れをしつつ苦笑して見ている美男が一人。
彼らはグリム童話で有名になった、ドイツ民話の一つ白雪姫に出てくる人物たちそのものである。
シュネーと呼ばれた白雪の美女は白雪姫その人。クヴェレと呼ばれた美男は白雪姫と結ばれた王子その人。シュネーにお母様と呼ばれた色気溢れる美女の名はギフトといい、童話では美を追求して白雪姫を殺した女王本人その人である。ここまでくれば屈強な七人の男たちが誰を指すかわかるだろう。彼らは七人の小人そのものたちである。彼らはこの世界に来た際、シュネーにすら
「あなたたちは誰?小人?あなたたちのどこが小人なの?」
と言わしめたくらいこの世界に来て見た目が変わってしまう住人である。
彼らは彼らで"俺たちでもプリンツェッスィンを夢のお姫様抱っこができる!"と大層喜んだのだが。
そんな彼女たちもこの世界に来てからずっとハーツの屋敷で世話になっている身である。彼女たちはハーツに"自由にこの世界を見たい"と言った。それに対してハーツは良しとしたが、一つのノルマを彼女たちに課した。
それは"自分たちだけで生きる基盤を作れ"というものであった。
ハーツは彼女たちにこの世界の基本的な情報と最低限の必要なものを与えると見守る体制に入った。なお、最低限の必要なもの所謂身分証明書などはマーリンに用意させた。
「さすが僕だね。ところで白雪の君よ、今晩僕とどう?ああ、女王を含めて三人ででも僕は構わないよ」
と口に出して、ハーツとギフトに同時にタマを蹴り上げられた挙げ句クヴェレに思いっきりパンチをくらった。
そんなこともありつつ、彼女たちはどう基盤を作ろうか考えた。そして小人であった一人がこう言った。
「プリンツェッスィンは歌が得意だからそれは使えるだろう」
と。その時テレビでは歌番組が流れていて、歌手が力強く熱唱していた。
というわけで試しに屋敷で歌ったところ好評も好評。他の歌うま住人からも太鼓判を押されるくらいの大好評であった。
歌でいけば?と進言した小人はここでこう思った。確か王子は楽器ができたはず、ペアを組ませよう。
そしてペアを組んでもう一度試したところ、スタンディングオベーションであった。
それに当然だと腕を組みうむうむと頷くその姿は最早プロデューサーであった。
今でこそギフトとシュネーの仲はとても良いものなのだが、この世界に来た時は全く仲は良くなかった。
シュネーはギフトとこの世界に来る前も来た後も仲良くなりたい気持ちがあったのだが、ギフトに全くその気が無かった。ギフトからすればこの世界に来てやっと私がナンバーワンになれると思いきやシュネーも一緒にやってきた。なんだったら美男の王子と小人付き。
そこまで神は私のことが嫌いかと、ギフトは神を呪った。遂には引きこもってしまったのである。
そんなギフトをどうにかしようと、仲良くしたいと考えた。そしてある人にこう言われた。
「歌は気持ち。その仲良くしたいという気持ちを歌に込めて伝えたらどう?」
「そうね、そうするわ!」
シュネーはその人の案に即でノった。
シュネーは行動力があった。その日から毎日歌った。ある日は問いかけるように、ある日は楽しげに、ある日は感謝を込めて。ギフトから反応が無くとも毎日思いを込めた歌を贈った。
一方、毎日思いを込めた歌を贈られていたギフトは泣いていた。
最初は悔し泣きだった。若さも美しさも歌声もあるシュネーに嫉妬したし、こうして歌を贈れる心の広さに完全に負けを感じ泣いた。より引きこもりになった。
しかしギフトにも変化があった。それは携帯端末からもたらされる様々な情報のおかげだった。ギフトが最も興味を持ったものが小説。様々なジャンルの小説を読んだ。ギフトは感性が豊かであった。様々な小説の人物に感情移入してシュネーの歌を聴いているうちに"私、母親としても美を求めているものとしても間違えていたのでは?"と思い始めたのだ。
白雪姫を知る人たちからすれば
「今更何言ってんだこのサイコパス」
であるが、ギフトからすれば大きな変化であった。
そしてシュネーから母への感謝の思いを歌われたその日、ギフトは部屋から出てシュネーを抱きしめ泣いた。
こうしてこの日からギフトとシュネーの仲は良くなり、ギフトはシュネーを今までの分まで愛した結果シュネー過激派となったのであった。
それを見た他の住民は
「これで良いのか」
と問いかけたが、小人たちも
「プリンツェッスィンは可愛いしあの扱いは当たり前」
というギフトと同じ考えの過激派であったし、クヴェレはただただ微笑むだけだった。
あ、コイツら駄目だ。聡明なものや敏感なものたちはそう察したのであった。
「私たちは童話としてとても人気があるけれど、それじゃあ駄目なのよ。今は歌手シュネーとしてたくさんの人に知ってもらわきゃ!それをお母様もあなたちも潰してしまいかけたのよ?……ハーツ様のこのお屋敷でみんなで過ごす時間も好きだけれど、私みんなともっとこの世界を見てまわりたいのよ……」
「シュネー……!」
「プリンツェッスィン!」
ギフトはシュネーに抱きつき七人の男たちは感激のあまり涙目になった。
「僕もシュネーに同意だ。皆で我々の生まれ故郷といわれるドイツへ行こうね」
クヴェレはそう後ろから声をかけた。
「生まれ故郷で眠る君を早く見たいよ……」
ネクロフィリアな王子は誰にも聞こえぬようにそう囁いた。
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