第31話 やっぱり親子だな

 ノクスが単身で異界へ渡ったのはセドリックを助けるためだ。けれどセドリックが無事に戻っても、未だノクスはアリシアたちの前に姿を現すことはなかった。

 ダンピールであることに負い目があり、どこかで身を潜めているのならまだ探しようもある。けれどセドリックの見解は違った。


 ヴァンパイアの城からセドリックを連れ出したのはノクスだ。血の薔薇を強化するために捕らえていた人間を奪われ、ヴァンパイアたちが黙っているはずがない。

 おまけにノクスは以前ヴァンパイアの城から逃げ出した半端者。万が一その姿を見られていれば、ヴァンパイアの怒りの矛先は当然ノクスに向くはずだ。


 そういえばセドリックが戻ってきたあの夜。霧の中でアリシアを背後から抱きしめたノクスの腕は、鮮血にべっとりと濡れていた。


 ヴァンパイアに追われる身となったため、こちら側へ戻るのは危険だと判断し、自ら異界へ渡ったのか。それともセドリックを逃がす過程で、ヴァンパイアとの間に何か制約が課せられたのか。

 すべては想像でしかないが、セドリックはノクスが異界へいる可能性が高いと判断した。


『私の推測が間違っていて、もしノクスがこちらの世界のどこかに身を潜めているのなら、再びノクスを探して異界へ渡ろうとしている私たちを止めに来るはずだ。あの子は優しいからね。だから私たちは、ひとまず異界へ渡るための準備をしよう』



 それからの一ヶ月はめまぐるしく過ぎていった。



 支配の指輪作成に加え、他の魔法具の強化のために使う魔晶石や材料を集めてまわる日々が続いた。アリシアもフレッドと共に材料集めに奔走したり、夜はセドリックの手伝いの傍ら使えそうな魔晶石の選別もおこなった。

 その結果、次の新月が訪れる頃にはじゅうぶんすぎる魔法具の装備が完成したのだった。


 最後の材料であるヴァンパイアの血を加えて完成した支配の指輪。腕の部分が少し厚めに作られていてどちらかと言えば男性的なデザインの指輪だが、大きめの魔晶石をはめ込むにはそれくらいの厚みがないと難しいのだろう。宝石に似た魔晶石の色は真紅。元は何色だったのかわからないが、ヴァンパイアの血を吸収して赤く染め上げられている。


 フレッドには敵を眠らせる効果を持つ銃弾を準備した。今回はあくまでもノクスを連れ戻すことが目的だ。不要な戦闘は避けたいし、万が一ヴァンパイアと遭遇しても命を奪うことまではしないほうがいいとセドリックは忠告した。むやみにヴァンパイアを倒したことで、報復を受ける可能性もある。攻撃は最小限に抑えたい。


 アリシアには支配の指輪と一緒に、黒水晶のステッキも渡された。ヴァンパイア一人くらいなら吸い込めるよう、セドリックが強化を施している。

 そして最後にセドリックは、転移石の片割れをアリシアの手に握らせた。


「ノクスを見つけたら、すぐに使いなさい。ただし転移石は世界の境界を越えることはできないから、もう片方は私が持って、異界側の扉の前で待機しておこう」

「お父様も一緒に行くの?」

「家出した子供を迎えに行くのは親の役目だからね。それに万が一にも扉がヴァンパイアたちに占拠されでもしたら帰れなくなる。私は扉を守っているから、ノクスはお前たちに任せるよ。できるね?」

「うん。必ずノクスを連れて戻るわ」


 ノクスが去ってから再び訪れた新月の夜、アリシアたちは街の外れに開いた扉の前にいた。

 今回もケット・シーが扉の場所を目視し、そのうちのどれがヴァンパイア領に繋がっているかをセドリックが選別した。

 異界へ渡った一ヶ月の間に、セドリックは質のよい魔晶石をたくさん集めていたらしい。そのおかげでヴァンパイア領に繋がる扉を見つける魔法具も作れたし、アリシアたちの武器も強化することができたのだ。


「準備はいいね?」


 あの夜と同じ、深い霧が立ちこめてゆく。

 はぐれないように皆で手を繋ぎ合い、アリシアたちは異界への扉をくぐっていった。



 終わりの見えない霧の中を当てもなく進んでいるようだ。繋いだ手の感触で、両隣にフレッドとセドリックがいることは感じられる。けれどその姿は霧で完全に覆い隠されていた。


「大丈夫。このまま進んで」


 アリシアの不安を感じ取ったらしく、セドリックが繋いだ手に力を込めてくれた。


「ほら、薔薇のにおいがしてきただろう? もうすぐ着くよ」


 セドリックが言ったように、鼻腔を掠める薔薇の香りがだんだんと強く濃さを増していく。それに合わせて視界を覆う霧がゆっくりと薄く色をなくし始めた。まるで濃厚な薔薇のにおいに霧が侵蝕されているようだ。

 そう思った瞬間、アリシアの髪を揺らして強い風が吹き抜けた。


「ここが……異界」


 月のない夜空。星々の輝きを打ち消す勢いで、闇夜に赤い薔薇の花びらが舞い上がる。

 満開に咲き誇る真紅の薔薇の庭園。噎せ返るような濃い薔薇の香りに包まれて、庭園の先に荘厳な城が聳え立っていた。


「ここまで無事に辿り着いたということは、ノクスはやっぱり異界のどこかにいるんだろうね。さぁ、ウィル。君の出番だよ」


 セドリックがそう言うと、メアリーの肩に乗っていたウィルがおどおどしながら前に進み出てきた。

 ウィルもメアリーも、そしてレオナルドも今回の異界行きには同行している。みんなノクスが心配なのだ。それに魔物の彼らが一緒なら、いざという時に目眩ましにでも使えるだろうと――そう言ったのはレオナルドだった。


「うん……。ノクスさん、お城にいる……と思う。気配はすごく薄いけど、間違いない、よ?」


 多少疑問系で答えたウィルの体の中には、ひとつの魔晶石が埋め込まれていた。内蔵された、とでもいうのだろうか。青い炎の中でうっすらと黄色に輝く小さな魔晶石は、まるでウィルの心臓のようにも見える。


「ウィル、あなた……その魔晶石どうしたの?」

「えへへ。パパさんに……作ってもらった。僕の魔力がね……何だっけ? えぇと、捜し物と相性がいいんだって」

「お父様。そんなものいつの間に作ってたの?」

「元々ウィルの力は人をいざなうものだからね。そこに探知機能と能力上げの魔晶石をプラスすれば、ウィルがノクスの元までお前を導いてくれると思ったんだ」


 ウィルの中に埋め込まれた魔晶石のきらめきを観察しながら、セドリックが満足そうに頷いた。ウィルも役に立てることがうれしいのか、いつもよりも炎が激しく燃えている。人の姿をしていたなら、きっと腰に手を当てて胸を張っていたことだろう。


「お嬢! 新たな力を得たのはウィルだけではありませんぞ。私の首を見てください。これは私の美声をより強力にする魔法具だそうです!」


 メアリーの肩からぴょーんっと飛んだレオナルドが、アリシアの腕の中にぽすんっと収まった。その彼の首――というほどくびれてはいないのだが――には、黒いチョーカーが結ばれていた。真ん中には小さめの青い魔晶石が、宝石のように揺れている。


「以前とは比べものにならないほどレベルアップしているので、お嬢にはこれを渡しておきます」

「これは……耳栓?」

「万が一にも、私の美声でお嬢まで虜にしてはいけませんからな!」

「ワタシモ! アル! カッコイイヤツ!」


 ウィル、レオナルドと続けば、当然メアリーにも何かしらの魔法具を作ってやったのだと想像がつく。けれどメアリーの魔法具はアリシアの想像を遙かに上回るだった。


「ちょっと、何それ! そんなに大きな武器なんか持って、メアリー大丈夫なの? 骨折しない!?」

「コウミエテ、チカラモチ!」


 そう言ってメアリーが片手に持ち上げたのは、彼女の身長くらいはあろうかと思うほどの大剣――バスターソードだ。剣身はわりと細めに作られているようだが、それでも通常より長い剣はその重量もかなりあるはずだ。にもかかわらず、メアリーはバスターソードを難なく持ち上げて、まるで筋トレみたいに上げ下げしている。腕の骨が折れやしないかと不安が勝るが、剣を持つメアリーの姿はより一層スケルトン感が増して、この中で一番強そうに見えてしまった。


「……お父様。もしかして彼らで遊んでない?」

「彼らも一緒に来たいと言うから、なら彼らに合った武器も用意してあげないといけないなって、そう思っただけだよ。大事な仲間なんだろう?」

「それはそうだけど……」

「ノクスを連れて、みんなで無事に帰らないと意味がないからね。でも……そうだな。できれば彼らの力がどんな具合だったのかは、あとで教えてもらえるとありがたいかな。魔物の魔力と魔法具に使った魔晶石の相乗効果の具合が知りた」

「研究対象にしようとしてるでしょ!」


 セドリックの言葉を遮ってアリシアが叫ぶ。忍んで来ているはずなのに、アリシアたちはここが異界であることをすっかり忘れているようだ。

 あまりに緊張感のないアリシアたちに、さすがのフレッドもため息が止まらない。何ならそのユルさが伝染して、こちらまで気を抜きそうになる。


 ヴァンパイアの領域で気を抜きすぎるのも問題だが、緊張しすぎて動きが鈍くなることも避けたい。アリシアたちがわざと場を和ませたわけではないと断言できるが、今はその自然体が優位に働くだろうことをフレッドはハンターの経験値からそう直感する。


 ヴァンパイアに捕まっても機転で生き延びたセドリック。今からヴァンパイアの城に乗り込むというのに緊張感のまるでないアリシア。そんな二人を見ながら、フレッドは「やっぱり親子だな」としみじみ実感した。


 天性で無自覚の人たらしに加えて、ポジティブに諦めの悪いこの親子の前では、きっとヴァンパイアも太刀打ちできないだろう。そう思うフレッドも、いつの間にかアリシアたちの明るい空気にのみ込まれているのだった。



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