Act1 Scene1-3 友人

 安息日は多くの人が休む日だが、今日のナサニエルのアンティークショップは珍しく営業していた。シェリーは朝から店番を任され、片付けをしていると、埃っぽい隅に無造作に置かれた木箱を発見した。好奇心旺盛なシェリーは箱を開けると、そこには不思議なお守りが入っていた。ロザリオのようなペンダントは、複雑な彫刻が施されたビーズでできており、中央には美しいクリスタルが飾られている。中央のクリスタルはかすかな光を放っていた。


 すっかり好奇心を刺激されたシェリーは、そのお守りをナサニエルに見せると、ナサニエルは驚きと驚きを隠せない様子で、お守りを見た。

「シェリー、これはですね古くからある珍しいお守りなのですが、起源や力は謎に包まれているんです。なので、」

 そこまで言ってナサニエルはシェリーからの熱烈な視線に気が付いた。

「あぁシェリーそんな好奇心に満ちあふれた子猫のような顔をしないでください。」

 相変わらず、シェリーの熱烈な視線は余すことなくナサニエルに注がれる。

「ダメですこれは持って行ってはいけません。謎に包まれているだけで何か強力で危険なものを感じるのです。」

 シェリーはスンとなって乗り出した身を引いた。

「私のほうで少し調べてみますので少しだけ待っていてくださいね、何かわかるかもしれませんので」

 仕事が終わるとシェリーは友人たちの待ち合わせのカフェに向かった。



 古風なカフェに足を踏み入れると、淹れたてのコーヒーの温かい香りがシェリーを包んでくれた。そこは、クロノポリスの曲がりくねった路地にひっそりと佇む、小さな店で、安息日を過ごすためのいつもの場所であった。一番奥の角のテーブル、そこがいつものシェリーたちの集合場所になっていた。


 少し遅刻したようだ。すでに、4人の友人たちは席に待っていてシェリーが到着するとぬっとこちらを向いた。


「シェリーさま、こちらですわ」

 金色の長い髪が端正に整った、耳と身長が少し高い女の子ーエリラは温かく笑顔で手を振ってくれた。

「ごめんね、ちょっとナサニエルのところに寄ってたからさ」

「いえいえ、わたくしたちもちょうどさきほど」

 一瞬、エリラの視線が他のメンバーに飛んだような気がするが、気にしないこととしよう。テーブルの上はエリラの専門書ー"現代魔法の応用"、”属性概念”、”属性数学”などで、ごったがえしていた。


「リラは今日もレポート大変そうだね、ってリサも酷い有様じゃん」

 そう言いながらシェリーは黒髪で彼女と同じくらいの身長の女の子ーリサンドラの隣に座った。リサンドラはシェリーにうなずきながら、はにかんだように笑った。リサンドラの専門書ーが半分ほど占領していたみたいだ。

「もうじき期末テストなんです、だから私もエリラも追い込みなんですよ」

「もうそんな時期だったんだね…」

 

 リサンドラは今日も難しそうな特に歴史書や政治に関する専門書とにらめっこしていた。そんな彼女たちもシェリーが来ると勉強の手を止めシェリーに期待の目を向けた。


「さて、シェリー」

 リサンドラは自信に満ちた安定した声でそう話し始めた。

「何か面白い骨董品や遺物は見つけましたか?」

 と。みんなの視線が一気にシェリーに注がれる。


 シェリーは、着ていた白いワンピースの首もとからぐっとロザリオのようなペンダントを取り出した。

「実はね、不思議なお守りを見つけたの。ロザリオみたいな形をしたペンダントなんだけどね」

 そういいながらシェリーは指で十字を作りながら話を続ける。

 「ナサニエルはかなり古いものだと言ってたんだけど、どこに起源までかは、よく知らないっていってた。でもとりあえずつけてみたいって思ってさ」

「「え」」

「それほんと大丈夫なのか?」

 シェリーの向かいに座る巨大な体躯ー堂々とした風貌、初対面の人なら誰もが威圧されてしまうであろうその存在感を放つ獣人であるガブリクはその見た目に似合わぬ不安げさと興味の入り混じった表情で身を乗り出してきた。

「ガブは心配性ね。大丈夫よ、ナサニエルに止められたわ」

 少しがっかりしたというシェリーの答えに他の面々はほっと胸をなでおろした。

「でもさ」

 ガブリクは深い砂利のような声でつぶやいた。

「もしかしたら、なんか隠された力とか秘密があるんじゃねぇのか?」

  ガブリクの歴史や古美術品に対する愛情ー時に執着はシェリーたちの間での共通認識であり、彼の豊富な知識はシェリーたちの逃避行でしばしば貴重であった。


「ナサニエルが、あまりよく知らないといったんだ。つまり彼は調べる価値があるかもしれないと言ったってこったろ?」

 興奮し始めたガブリクの隣で、静かにコーヒーを飲んでいた黒髪の人間ーヴィクターが、顎に指を当て、ベルベットのような声で言った。

「うん、面白そうな謎じゃないか。真相は突き止められるよ、いつもの僕たちのようにね」

 彼の目はいたずらっぽく輝き、謎めいた自信のような"不可思議な何か"でシェリーたちを誘惑した。彼はいつだってシェリーたちのワイルドカードであり、その予測不可能で機知に富んだ性格はシェリーたちの凝り固まった思考に新しい風を吹き込む。


 エリラは、早速シェリーのお守りに食いついた。

「シェリーさま、今拝見したお守りですけれども古代の伝説との関係性についてのお考えをお聞かせいただいても?実はわたくしここのところ、古めかしい文献を調査しておりますの。この世界にはまだいっぱいの秘密が隠されておりまして、とても興味深いとおもいまして」

「うーん、私もいろいろ調べてみたんだけどね。全然手がかり無しだよー」

 シェリーは顔を横に振って答えた。

 

 その後、シェリーたちはカフェで、最近のニュースからエリラの最新の魔法実験、リザンドラの歴史講座などあらゆることを話し合いながら残りの時間を過ごした。シャリーたちの話題は種族間の差別論議に移っていた。


「やっぱりこの店はありがたいといつも思うんだよね」

 ヴィクターが話題を振る。

「急にどうしたんですの?」

 エリラが疑問符を浮かべる?

「この店ってどの種族の人が入っても嫌な顔をされないんだよ、当然この都市は体裁上、差別はされないように配慮されてはいるんだよ。でもそれと人の気持ちは別だったりするんだよね」

 ガブリクが反応した。

「そうだな、だからこそ種族ごと区画に大まかに分かれて住んでいるっていう構造があって、俺たち市警もある程度はそれに加味されて配属されている。」

 悲しい問題だね、シェリーはため息をついてからそう発言しようとした。


「悲s...」

 次の瞬間、エリラが大きく息を吸いこれまで聞いたことのないような声で叫んだ。

「皆さま、伏せてくださいまし!」

 

 耳をつんざくような爆発音が街に響き渡り、建物に衝撃が走った。周囲の人々はパニックに陥り、四方八方に逃げ惑い、大混乱となった。

 最初に行動したのはリサンドラだった。

「ガブ、市警の誘導は効果的です。ここを任せても大丈夫ですか?」

 ガブリクは一瞬ひるんだようにも見えたがすぐに正気を取り戻した。

「あぁ、問題ない」

 そういってガブリクは雑踏の中に分け入っていった。

「落ち着いてくださいーミスティス市警ですー、これから指示をしますので落ち着いて行動してくださいー」

 

 

「私たちはできることをしましょう」

 エリラ、リサンドラ、ヴィクター、そしてシェリーは、互いに不安を隠しながらも視線を交わし頷き、カフェを後にした。カフェ前の賑やかな通りは、煙と悲鳴、そして破壊で埋め尽くされていた。瓦礫の中を進みながら、状況を把握しようとすると、恐怖が伝わってくる。


 その時、瓦礫の山の下に閉じ込められた幼い子供と出会った。子供は助けを求めるも、その目は痛みと切迫感で絶望に染まっていた。シェリーは胸が締め付けられ、何かしなければと、友人たちに相談した。

「ねぇ」

 シェリーはそのあとに"あの子供を助けたいんだけど"と聞くつもりだった。しかしそれを言うまでもなく。

「瓦礫の小さなお子さんでございますわね?」

「シェリー、私魔法はあんまりだけど治療用の薬草なら今日いろいろあるから!」

「うん、シェリーならそういうとおもってたよ」

 心配するまでもない答えが返ってきた。


「でも」

 行動に移ろうとしてみたものの、この瓦礫をどうやってどかすのか?

 ガブリクがもしかしたら強力な力で何とかできたかもしれない。

 そんなガブリクがいない中、頼れるのは魔法に長けるエリラかヴィクターになる。


「ねぇエリラ、物体の浮遊術はどれくらいできる?」

「そうですわね...」

 エリラは、少し考えた後に答えた。

「浮かせることだけ、でしたらできるかもしれませんわ。」

「じゃあ」

 そうシェリーがいい出そうとする前にエリカは首を横に振って続けた。

「ですけれども、これだけの瓦礫の量でございます。瓦礫を持ち上げた時に揺らしてお子さんを押しつぶしてしまうかもしれませんわ。」


 それならば、とヴィクターに手立てはないか聞いてみる。

「ねぇ、ヴィクター、前に光属エーテルから武器を作ってたじゃない?キネシスがなんとかっていってたっけ?」

 そこまで言ったところでヴィクターは答え始めた。

「キネシスー指向性変化のことだね。ちょうど僕もこの瓦礫を部分的に切り裂くことを考えてたんだけど、あいにくのところ強度計算にはあまり精通してなくてね。あの子の真上を切り裂いても直後崩壊するんじゃないかなって思ってね。」

 

 シェリーは自分自身にやれることがないかを考えてみた。

「私は...」

 目の前には子供を押しつぶしている瓦礫があり、瓦礫片のひとつを手に取ってみる。

「ヴィクターやエリラみたいに魔法とか力でどうにかできそうになさそうかな...」

「この瓦礫を例えば砂にでもできればいいんだけどねー」

 そう言いながらシェリーシェリーは手に持っている瓦礫を見つめながら、砂浜のイメージを描いていると、不思議なことに彼女が手で持っている瓦礫は砂に変わってしまった!


「え...なに...これ」

 突然の出来事にシェリーは自身に起きた出来事を呑み込めない。

「どうしましたの?」「どうしたの、シェリー?」

 エリラとリサンドラが不思議がって、聞いてくる。

「ご...ごめん、なんでもない」

 このパニックな状況で余計に友人たちを不安にさせないようにシェリーは身に起きたことを誤魔化した。


 さて、シェリーは今気になっていることがある。はたしてさっきの瓦礫が砂に変わったというのは本当に起きたことなのか?これを確かめるべく、シェリーはしゃがんで小さ目の瓦礫とつかんでみた。

 そして、彼女はイメージしたーこの瓦礫が砂浜の砂に変わるようにと。するとやはり、瓦礫はサラサラと砂浜の砂に変わった!(なるほど、原理はわからないけど、これは今の状況に使えそうね...)

 「みんな、ちょっとさがってて、私にいい案がある」

 シェリーは勇気を出して瓦礫に近づき、ぺたりと両手をあてて、瓦礫の山がすべて砂浜の砂になるイメージを描いた。直後、シェリーは体全体で息を吸い、またそれを手に集中して吐き出しているような感覚に囚われた。


 気づくと瓦礫の山はきれいに取り払われそこには砂の山ができていた。シェリーは目の前の怯える子供の顔を見つめながら、安心させる言葉をささやいた。「もう大丈夫だよ」と、その子の手を握った。


 ほっと一息ついたのも束の間、建物がさらに崩落してきてシェリーと子供に襲い掛かってきた。シェリーは子供を抱きかかえ背後にいる、エリラに向かって投げた。

 「リラ、あとはお願い」

 その言葉を最後にシェリーの意識は暗闇に包まれた。

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