Act1 Scene1-2 シェリー

 銀色の髪と好奇心に満ちた瞳の少女が迷路のような道を歩いているとき、まだクロノポリスの屋根の上から太陽が昇り始めているところだった。街は目を覚ましておらず、空気は焼きたてのパンの香りに包まれ、遠くから微かにおしゃべりの音がこだまする。


 毎朝、アンティークショップのドアを開けて最初の客を迎えた後、シェリーは棚の埃を払い、ディスプレイの配置を変えて、それぞれの品物がより最高な状態で並べられるようにした。この店はまさに宝の山で、棚には精巧な磁器の置物や古代の巻物、光り輝く宝石が所狭しと並べられている。中には、繊細な水晶の小瓶や複雑な機械仕掛けのものなど、過ぎ去った日々とまだ語られていない秘密の物語を囁いているようなものさえある。


 シェリーは仕事をこなしながら、時折立ち止まっては品物に見とれたり、革装の古い本のページに没頭したりした。店主のナサニエルは、そんなシェリーの姿を見て、微笑んだり、興味を惹かれたものについてのちょっとした情報を教えてくれたりすることがあった。このようなやりとりの中で、シェリーは、それぞれの品物が持つ歴史や物語を深く理解するようになった。

 

 シェリーは学生の頃から”ナサニエルのアンティークショップ”で働いていた。最初は、”昔からお世話になっていたり”だとか”両親ーエリアスとミリアムが強く薦める”だとかで始めてみた、この店のアルバイトも、学校卒業後には立派な従業員になっていた。ナサニエルは賢くてミステリアスな男で、骨董品や芸術品の世界について何でも教えてくれた。


 シェリーがクロノポリスで日常生活を送っていると、人種間の偏見にとらわれず多様な友人たちとよく交流するようになる。エルフの魔道士で、穏やかな性格と類まれな魔法の才能を持つエリラ、頭脳明晰で機知に富んだ人間のライサンドラ、堂々とした風貌とは裏腹に優しい心を持つ猛獣戦士ガブリク、そしてカリスマ性とちょっとだけミステリアスなヴィクター。


 そんな多様性に富んだの友人たちとも、長い付き合いになったと思う。彼らと定期的に集まる"交流会"の日を考えると、仕事で少し疲れた心も踊り家路の足取りも軽くなる。



 クロノポリスの石畳の道は次第に静かになり、太陽は高くそびえ立つ尖塔の向こうに消えていった。街灯の明かりに照らされながら、こぢんまりとした住宅街の中にあるシェリーの実家に近づいていく。何か香ばしい料理の香りが漂う中、シェリーは思わず微笑んでしまう。


 ドアを開けると、蝶番の軋む音が薄暗い廊下に響く。シェリーが中に入ると、キッチンで母のミリアムがタオルで手を拭きながら振り向いた。


 「お帰りなさい」

 いつも通りの何気ない会話だ。だがその後シェリーを見てその目は少し穏やかになる。

 「ただいま」

 何気ない返答だ。シェリーはコートをドア脇のラックに掛け、靴を脱いでキッチンに向かい、ミリアムに答えた。


 「そういえば今日、クロノポリスの歴史について書かれた古書も見つけたよ、大分古いと思うんだけど、ナサニエルが勉強になるって貸してくれて」

 そういいながらシェリーが歴史の古書を取り出すと、ミリアムは肩越しにちらりと見て、興味深げな笑みを浮かべた。

 「あら、ちょっと面白そうなものね。後で一緒に見ましょう。」


 そう言うとミリアムはシェリーに食事を促した。”2人”で食卓を囲み食事を始めると、”いつも”のようにシェリーはミリアムにこう尋ねる。

 「今日もお父さんは大学?」

 「そうみたいねぇ、日が変わるころには帰るって言ってたかしら」

 「そっかぁ、お父さんもうじき論文が仕上がるって言ってたから佳境だね、査読はそれからだろうし、学会もあるでしょ。これからって感じじゃないかなぁ」

 「あら」

 母の目は温かく、いつもシェリーの声に耳を傾けてくれる。何気ない出来事がシェリーにとってはとても幸せなのかもしれない。


 

 食べ終わるとミリアムは刺繍を取り出し、シェリーはナサニエルが貸してくれた古書を読みふけった。そのページには、クロノポリスの過去の物語が、細部まで描き込まれたイラストで埋め尽くされていた。


 時折ミリアムに、古書の物語のについて話すと、好奇心で目を輝かせながら熱心に耳を傾けてくれた。シェリーたちは何時間も話し合い、”選ばれし者の予言”や"古エローリア市街”、"隠された天使の領域"の話など、古代の伝説や忘れられた秘密の世界にすっかり魅了された。


 やがて遅い時間になり、シェリーはあくびをこらえながら、両手を頭の上に伸ばした。


 「もう遅いわ、ねましょう」


 温厚な母が譲らないことの一つにシェリーの寝る時間がある。これだけはシェリーがどれだけわがままを言ってもどんな理由でも寝る時間は必ず守るように言いつけられてきた。

 シェリーはコクリ頷いた。ミリアムはシェリーに微笑んで、シェリーの髪を持ち上げおでこにキスをした。


「おやすみなさい、シェリー」

「おやすみなさい、お母さん」


 ミリアムはシェリーと見た目は同じ人族である。頭にヘイローがあること、背中に光でできた翼があることを除いては。

 彼女は天使であり天族である。

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