変わり者
「きりーつ、礼。」
今日の日直が声を出して号令をした。
チャイムはその後してから
うちの耳に届く。
教卓前には勉強熱心な生徒が
数人集まって先生に質問していた。
受験生だからだろう、
じゃなければこんな光景は存在しない。
質問する生徒は決まって
集団で騒いでいるような
賑やかな人たちだった。
澪「…。」
廊下側の隅の席で教科書をしまう。
これが終わったら仲良くしている人に
話しかけにでも行こうか。
もし机の上に教科書を
広げているようであれば
流石に気は引けるけれど。
そんなことを思いながら
教室を渡して姿を探す。
嶋原が理転していなかったら
このクラスにいたのかもしれないと
不意に思うのだった。
見渡しても不幸なことに友人はおらず
何事もなかった風を装って
スマホを取り出しいじった。
別の教室まで行っているか、
お手洗いに行っているかのどちらかだろう。
待っていればいいかと
気を抜いた時だった。
「あの。」
勢いよく振り返りそうなところを抑えて
視線だけを移動させた。
そこには特徴的なショートツインテールが
目に入ってくる。
声だけで嫌な気配はしていた。
視界に入れて、確信せざるを得なくなった。
吉永寧々がうちのことを
見下ろすように横に立っていた。
昨日はこいつ、吉永が
Aのグループにやってきた。
これまで悠里が選んでくれていたが、
今回は一体誰が選んだのだろう。
そいつをほんの少し呪ってやりたい
気持ちが滲んだ。
寧々「お聞きしたいことがあるんです。」
澪「…。」
周囲がざわついているのがわかる。
多くの視線がこちらに向かっているのを
嫌でも理解した。
窓側からこちらを眺む女子生徒と
ばっちりと目が合うと、
その人はそそくさと視線を落とす。
そんなに怖いのであれば
興味感覚で見なければいいのに、と
余計腹立たしくなった。
多くの人は自分たちの会話で
忙しそうではあるが、
一定数はこちらに注目しているのは
確かだった。
寧々「明日、Bグループに」
澪「話しかけてこんで。」
寧々「でも、大事なことなんです。」
澪「うちに伝える必要ないやん。国方でも奴村でもいいけん、他のやつにしいや。」
寧々「…一応共有をと思って…」
澪「いらん。うざいと。」
いちいち共有をと口にする
その真面目な姿が、態度が、
うちは心底気に入らない。
世の中の人間は皆、
真面目という仮面を被っているだけ。
そんな人間の何を信じろというのだろう。
過去の自分と照らし合わせては
反吐が出るほど嫌悪感で塗れた。
寧々「……そう…ですか。」
吉永は視界の隅で
ぎゅっと両手を握りしめていた。
何か悔しいらしい、
それか怒り狂っているのかもしれない。
そのどちらであろうと、
うちには何にも関係がない。
近寄ったって双方いい思いをしない。
なら近寄らないほうが
お互いの精神衛生を保てるはず。
それなのに近づいてくるこいつは
よっぽどの馬鹿か
頭がおかしいかの2択だ。
うちはこいつがとことん嫌いだ。
しかし、これほどにまで吉永を嫌う理由は
彼女だけにあるわけではなかった。
大きく影響を及ぼしたのは
紛れもなく姉だった。
姉も真面目で誠実なんて
仮面をつけていたものだから、
その本性に触れた時失望した。
絶対こうはなりたくないと
腹の底から決意が湧いた。
以来、真面目な人間を目にしては
距離を置きたくて仕方がない。
こいつは、吉永は
それを全て壊してくる。
すぐさま離れたい人物1位だった。
寧々「…私、2年前のことを謝りたくて。」
2年前。
何があったかとふと思い返す。
すぐに思い出せず、
視線だけを吉永に向けると、
最悪なことに目があってしまった。
数秒睨んでからスマホに視線を戻す。
大きく変わってしまったTwitterだけが
うちの視界を支配していた。
2年前はうちがタイムリープした年、
高校1年生の時だ。
こいつが謝りたいこと…
そもそも、うちらは明確な繋がりは
殆どなかったはず。
1度くらいは話した気はするが、
それ以来顔を合わせることなんてなかった。
対面した記憶はほぼない。
唯一ある記憶を優しく
指でなぞってみる。
確かあれは、当時不登校だった
吉永に学校のプリントを
渡しに行ったのではなかったか。
吉永の家に近い人が
部活か何か理由があり、
届けられないと言い出して、
代わりにうちが行ったのだ。
インターホンを押しても誰も出ず、
郵便受けに封筒を入れたタイミングで
外から中に入る人影があった。
°°°°°
澪「…!」
寧々「…。」
澪「…あ、あの、吉永寧々さんですか。」
寧々「…。」
澪「学校のプリントを持ってきたんです。先生たちも待っ」
寧々「いらない。」
澪「えっ…。」
寧々「こんなものいらない。気が向いたら行くし、もう来なくていいよ。」
°°°°°
ショートでもなくツインテールでもない、
下ろしていた長い髪が印象に残っている。
結局それ以降も何故か
うちが吉永の家に行くことが決まり
ポストに封筒を投函する日が続いた。
ポストの中はたまっては
一気に空になることを繰り返していて、
毎日見ているわけではないのだと
自然と悟ったのだっけ。
うちは部活をしていなかったし、
当時は真面目でありたいなんて
思っていた負の時代なもので、
苦でないと言い聞かせていたのだと思う。
思えば、お互い変わり者なのだ。
歪みあっている以前に、
大きく変化した2人でもあった。
不登校で冷酷そうだった吉永は
学級のリーダーのような真面目で
そこそこ明るい人間へ。
真面目だったうちは、
眼鏡を外し髪を巻き、スカートも折って
笑う回数を意図的に減らした。
まるで入れ替わってしまったかのように
見えるかもしれない。
1年弱ほど通い詰め、
出会えたのはその1回だけ。
そしていつからか、
何故か学校に普通に登校するようになり、
うちと会った時とは大きく異なった
雰囲気を纏って友人関係を作っていった。
その1度会った時のことを
言いたいのだろうか。
もしそうなのであれば、
その謝罪は受け取りたくない。
何年か経ても自分が悪いと思ったのなら
自分から謝りに行くその姿勢が憎い上、
過去をうじうじと
考え続けているのも気持ち悪い。
…後者に至ってはうちも同じか。
自分で地雷を踏んだなと
ため息を吐きながら席を立つ。
澪「しゃあしいと。邪魔ったい、真面目ちゃん。」
吉永の顔はもう見ない。
そのまま意味があるわけでもなく
ただ逃げるためだけに
教室を後にした。
わけもなく下の階へと向かい、
ぐるっと1周してから
教室に戻ることにしよう。
お手洗いに行っていたとでも
勘違いする人は多いはず。
澪「だる。」
なんでこんなやつも一緒に
レクリエーションに参加しているのか、
参加せざるを得なくなったのか
うちにはさっぱりだった。
嫌いな人間と距離を置けないのは
精神的にくるものがある。
澪「…はぁ。」
後少し辛抱すれば、
ひとまずレクリエーションは終わる。
さっさと終わらせて
あいつと関わらなければ
いけなくなる理由を
取っ払いたくて仕方がなかった。
廊下を歩きながら、
ただただ真っ暗な今後を
見つめることもせず
目を逸らすことしかできなかった。
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