されど寸分
悠里「お先ー、行ってきまーす。」
ママ「いってらっしゃい。」
結華はまだ準備の途中だったので
もちろん置いて先に出る。
ママは何かしら朝の準備を
していたはずなのに、
わざわざ玄関まで見送りにきてくれた。
玄関先で手を振る。
雨の入学式なもので、傘をぱっと開く。
パパとママは後から追って
会場へと向かうようだ。
さっさと背を向けて家から遠ざかる。
扉の閉まる音が雨と傘越しに聞こえた後、
はああ、と大きなため息を漏らした。
悠里「めんどくさ。」
入学式とか学校とか、
行けと言われているから行っているけれど、
行かなくていいんだったら
行かないに決まってる。
どうして未だ対面の授業に
こだわっているのだろう。
さっさと電子機器を発達させて
ホログラムやAI、少し不便だが
リモートとやらの方法を広めればいいのに。
悠里「やっぱ人間って楽したいがために作ってんだなー。」
数年前までの生活を
ふと思い返しながら口にする。
…うちからすれば数年前とは言えど、
実際現実を見るに言い方は変わるか。
スマホを取り出し、時間を確認する。
集合時間の40分は前に着けそうだ。
そのくらい前であれば
クラスも焦らず確認できるし、
同じクラスになった子に
話しかけることだってできる。
悠里「ま、仲良し期間は短そうだけど。」
自分の脳内の会話に
そうひと言付け加えておいた。
***
学校に着くや否や、
先生や生徒会らしき在校生、
そして新入生がぱらぱらといるのが
目に入ってくる。
靴箱近くの扉に新しいクラスが
提示されているらしく、
生徒が群がっていた。
その群衆の中へと身を滑り込ませ
掲示してある紙を見つめる。
当然の如く、結華とは
別のクラスだった。
双子だと必ずクラスが分けられるのは
一体なぜなのか今でもわからない。
ここ2、3年間思い続けている。
クラスに入ると、静かに席に
着いている人が5人ほどいた。
廊下では、同じ中学だった人が
集まっているのか、
話している人が多かった。
さっき靴箱で見た掲示物を見るあたり、
去年と同じ中学の子は
数人いそうではあった。
ああいう輪に入って行くのは
少し難易度は高くなる。
自分の席に鞄を置き、
隣にいた人に話しかけた。
悠里「ねーね、名前なんて言うの?」
新学期というのはみんな不安を
抱えているもんだ。
勉強についていけるかな、
問題を起こさず過ごせるかな。
様々な不安がある中、
1番は友達ができるかどうかだ。
誰しもが抱え、しかも自分から
行動することが苦手な人は
常にその悩みの種を抱えてる。
何だか人に話しかけるのが
恥ずかしいだとか無理だとか思うらしい。
うちには理解できないけど。
まず、隣の席の子と仲良くなる。
そして、ゆくゆく賑やかなグループを
作り出す3人がやってくる。
そのグループに入り込む。
クラスの人とは全員に話しかけておく。
よく一緒にいるグループはあれど、
成績優秀そうな人に
ノートを貸してもらったり
いずれ決めさせられるであろう
委員会で同じものになった人に
仕事の割り振りを決めたり、
どこにでもいる人間になる。
誰とでも隔てなく関わっていそうな
雰囲気を出しておく。
これを、5月の終わりまでに済ませること。
悠里「えーマジ?うちもそのドラマ見たんだけどさー」
今日入学式が終わった後、
うちを含めて4人グループになる
予定の人のうち1人を誘って
クレープ屋さんに行くことだって
しっかりと頭の中に入っている。
全て、指示通りに行うこと。
失敗しないこと。
じゃなきゃ怒られてしまうしね。
うちの高校生活は作られたものであり、
自由なのに自由度のほぼない
日々を過ごすことが決まっていた。
それでも楽しいと思うようにした。
時間が経つにつれて
どんどんと人が集まってくる。
廊下も教室内も信じられないほど
騒がしくなっていく。
うちもその一部になっていく。
名前を言い合う、
どこ中から来たのか教え合う、
好きなものを聞き合う、
ちょっと過度に共感して騒ぐ。
これだけでうちに似た要素があって
仲良くなれそうな人間はすぐ見つかった。
突如、スーツを着た人が
教室内に入ってくる。
今年の担任の先生らしい。
今から入学式だと言わんばかりの雰囲気が
あたりにすうっと浸透していった。
この時間になれば流石に
結華も学校に着いているだろう。
悠里「…。」
あいつは学校なんて
楽しめないだろうなと
ぼんやり思うだけだった。
***
悠里「ただいまー。」
友達と予定通りクレープを食べて
家に帰ってきた頃には、
既に夕方5時を回っていた。
入学式なんて午前で終わる。
何時間も2人で意気投合してしまい
話し続けていたのだった。
ママ「おかえりなさい。」
悠里「あいつは?」
ママ「結華は部屋でゆっくり休んでるわ。」
悠里「あそ。」
ママ「改めて入学おめでとう。」
悠里「はいはい。」
適当に流して自分の部屋へと直進する。
子供として態度がなっていないなんて
普通の人は思うだろう。
けどこれがうちの家庭で
2年間かけて築き上げた関係性だった。
パパもママもうちによくしてくれる。
あれが欲しいと言えば買ってくれるし、
あれをしたいと言えば
その分の援助はしてくれる。
けれど、そのどれもが
うちが選ばれたから仕方なく
やっているに過ぎないと知っている。
結華すらそのことには
気づいていなさそうだった。
うちが有能だから、可愛いから。
そして何より選ばれたから
優遇されていると思っているはずだ。
実際は違う。
優遇せざるを得ないのだ。
うちが選ばれたとは言え、
その後何が行われているかなんて
両親も結華も知らない。
もこちゃんとその上の人、
そしてうちだけの秘密だ。
悠里「はーあ。疲れた。」
大きな声を出してベッドに倒れ込む。
この家は防音性に優れているから
大声を出しても怒られない。
トランペットを吹いていたって
隣の部屋や廊下にいたら
漸く聞こえるってほど。
ベッドの上で大の字になり
天井を見上げた。
ベッドで眠る喜びも
1人部屋を持つ喜びも
何もかも忘れてきてしまった。
悠里「このまま体溶けないかなー。」
めんどくさくって嫌になる。
めんどくさいという言葉で
心の中の歪みが見えないよう隠した。
ぼうっとするのも気が引けて
すぐに体を起こしては、
部屋に置いてあった
アコースティックギターを手に取る。
メジャーなコードと
簡単なコードしか弾くことはできない。
Fなんて当たり前だが
弾けるわけがなかった。
だから、簡単なコードだけで
歌えるものをピックアップしては
時々弾き語りをしていた。
誰のためでもなく、
うちのストレス発散のためだけに。
悠里「ふふー…らーららー…。」
こうしている時だけは
余計なことを考えなくて済んだ。
いや、実際は何時ごろに
次の計画を実行して…と
頭の中にはあるのだが、
これが正解なんだろうか、
このまま従っていても
いいのだろうかと言った類のことが
頭の中から居場所をなくすからよかった。
歌は好き。
楽器を弾くのも、吹くのも好き。
結華を無理矢理誘って
双子のバーチャルシンガーとして活動した。
引き立て役にちょうどだと
思っていたのも事実だが、
なんだかんだ言って
楽しんでいたのだと思う。
3月末までの活動だと
もこちゃんから釘を
刺されていたのにも関わらず、
それでもいいと言って始めたことだった。
実際終わるとなると
全身から力が抜けるような達成感と
もう少しやっていたかったという後悔が
同時に押し寄せてきた。
終わるとわかっていながら
始めるものほど切なく悔しいものは
ないとすら思った。
終わりが分かっているのなら
やらなくてもいいじゃないか。
うちもそう思う。
でも、暇すぎてどうにか
なってしまいそうだった。
暇になると、人間は要らぬ考え事をする。
そうすることでしか暇を
潰すことができなくなる。
多くの支持、指示。
それに、家族のうち、
うちだけが知る先々の計画。
その行動予定。
悠里「ららー………ら…。」
…。
楽しみたかったんじゃない。
忘れる時間が欲しかったのだ。
悠里「おっと、スマホスマホ…。」
そろそろ時間だろうと思い
ギターを肩にかけたまま、
通学鞄からスマホを取り出す。
今日LINEやインスタを交換した子からの
連絡がやたらと多い。
本当に新学期が、新生活が始まった。
ホーム画面を開き、
その子たちに返信をする前に
Twitterのアイコンを探してタップする。
すると、画面は移り変わり
うちのアイコンが表示される。
それから、タイムラインには
奴村陽奈と三門こころの文字。
悠里「仲良くなれるかなあー。」
そして自分のユーザー名は
槙悠里へと変化していた。
家に帰った時と今では、
家の静けさの度合いが
大きく異なっていることに気づく。
防音壁なのだから
聞こえなくて当然じゃないかと
言われればそうなのだが、
肌や感覚で感じ取れる違和感があった。
それも、うちが先に色々と
知っているからってだけなのかも
しれないけれど。
スマホを放り投げてギターを元の位置に戻し、
自室から堂々と出てみる。
リビングに行っても
ダイニングやお風呂に行っても
誰の姿もなかった。
悠里「結華ー?」
まず1番初めに呼ぶのが
結華の名前であったのは
自分の中でも驚きだった。
悠里「ママー?パパー?」
念の為他のみんなも呼んでみる。
返事はない、そりゃそうだ。
誰もいないとわかっているにも関わらず
結華の部屋へと進んで扉を開く。
すると、がらんとした1人部屋が
うちのことを迎えてくれた。
けれど、用はないことを悟り
リビングにあるソファに
腰を下ろしたのだった。
悠里「今日の夜ご飯はカップラーメンにしよっかなー。」
1人になったとしても
慌てることも心配することもなかった。
だって、計画された通りに
進んでいるだけだから。
悠里「ふー…ららー…。」
ふと。
結華と一緒に歌った曲を
口ずさんでいた。
どれだけ仕方のないことだと
割り切っているふりをしたとしても、
この喜怒哀楽の混ざった感情は
嘘ではないらしい。
嘘でなくとも、嘘にしなければ。
じゃなきゃ。
割り切らなきゃ。
悠里「…らー…。」
うちはうちになれない。
追憶を後に再度自分の部屋へと戻り
ベッドに放り投げたままのスマホを手に取る。
DMを見ると、見知らぬアカウントから
連絡が来ていた。
名前を404という。
寂しさからだろうか、決意からだろうか。
気分が乗ったので音読してみた。
悠里「『これにて全ての参加者が揃いました…。奴村陽奈、三門こころ、篠田澪、吉永寧々、国方茉莉、槙結華、槙悠里以上7名となります』…と。」
1人の声は虚しく家に響く。
悠里「『2023年4月11日、ルールを連絡いたします。暫しお待ちください。』」
そして、その下には
『これはレクリエーションです。お楽しみください。』
と心無い言葉が加えられている。
悠里「11日、火曜日だっけ。」
スマホアプリでカレンダーを確認する。
間違いない、火曜日だった。
悠里「…んじゃ、待つしかないよね。」
それまでいつものように
学校に通って、ご飯を食べて寝る。
それをする時、全て1人になるだけ。
なあに。
何にも苦じゃない。
むしろ独り占めできるなんて最高だ。
悠里「はあ。」
こうしてうちらの4月は
幕を開けたのだった。
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