寸分の違い

さて。

今日も終わりを迎える中、

私は1人、部屋の中で

あぐらをかいたまま目を閉じていた。

手は程よく脱力させて

だらりと地面に垂らしておく。

けど背筋は立てる。

そこに一本の鉄が入っているように。


結華「ふう。」


腹式呼吸を途切れさせないようにするり

常に呼吸に意識を置く。

いつだか、所謂瞑想を続けていると

呼吸ひとつにしても同じように

していることがないことに気づいた。

それからは呼吸自体に意識を

向けることが面白くなっていった。

今では毎日お風呂の後に

こうして目を閉じ、

心を落ち着けるようにしている。


本を読むでもなく、勉強するでもなく

私に似合う方法だと思った。


悠里「ゆーいかー。」


がたん、と大きな音を鳴らして

私の部屋に入ってくる影。

声からして間違いなく悠里だった。

咄嗟に目を開けてしまうが、

また何事もなかったかのように目を閉じる。


悠里は私の双子の姉だ。

一卵性双生児だったこともあり、

見た目も声も大層似ているもので、

近所の人どころか時々親にも間違われた。

今となってはその回数ら少なくなってきたが、

2人ともお風呂上がりだった場合

正答率は五分五分だ。


しかし、正確は真反対だった。

私は静かな場所を好み、

悠里は賑やかな場所を好んだ。

賑やかというよりいっそ

うるさいと言った方が差し支えない。


結華「…。」


悠里「ねーえ結華ー。いつまでそんな馬鹿みたいなことしてんの?」


結華「うるさい。黙ってどっか行け。」


悠里「ひゃーこわーい。」


もちろん本気で怖がっているわけではない。

きゃっきゃっと囃し立てた後、

私の背後に回っては背中を蹴ってきた。


悠里「お話しがあります。」


結華「くだらない恋愛話することしな脳がないみたいで。」


悠里「人間相手に恋もできないのー?可哀想ー。」


結華「恋しかできなくて可哀想。」


悠里「人生負け犬、吠えてな吠えてな。」


結華「お前みたいなクズ、生きてる価値ないよ。」


悠里「人と碌にコミュニケーションできない方が今後生きていけないよー?」


悠里は私の背を再度強く蹴った。

流石に目を開いてしまう。

すると悠里は

私の目の前でふりふりと手を振っていた。


たった数回の言葉のリレーを見て

この行動と状況さえ見れば

誰だって察することはできるだろう。

これは馴れ合いや仲良しだから

出てくるような煽り言葉ではない。

お互いがお互いを

本気で嫌っているからこそ

発生しているのだった。


揺れる手がいい加減鬱陶しくなり

右手を思わず出す。

無論、その手を掴むように。

しかし、悠里はそれを狙っていたかのように

ぱっと手を私の視界から消した。


悠里「あっははー、えー、マジになってんのー?」


結華「私に対するいたずらにマジになってんの?」


悠里「お前さぁ、そろそろ自分が惨めで何もできないやつだって学べよ。」


結華「悠里よりは冷静に物事を見れる。それだけで悠里よりかは何倍もマシ。」


悠里「それだけしか誇れるところないんだー。うちの劣化版だね。」


結華「双子ってだけで別々の人間だし、能力に執着する必要はない。」


悠里「自分を納得させたいだけの戯言かな?実際選ばれてるのはうちだし?」


悠里は勝ち誇ったように

口にしながら私の前へと立つ。

蹴るのは飽きたらしい、

片足重心で立っているし

普段から足を

組んでいるから姿勢はがたがた。

なっていないなと心の中で見下した。


選ばれた。

それが何を意味するのか

私にはわかっている。

親、友達、そして周囲の援助者。

様々な人から悠里は選ばれている。

愛され、恵まれている。


私は知ってる。

私はあくまでも悠里の劣化版で、

悠里の引き立て役であることを理解してる。


悠里「てかさあ。冷静に物事を見れるんだったらうちの話聞けよ。話があるっつってんだろ。」


結華「私に構ってないで要件だけさっさと言えばよかったのに。」


悠里「お前見るといらいらするんだよねー。仕方なくない?」


結華「そんなんだといつか人殺すよ。」


悠里「へへ、上等ー。」


結華「早く言え。お互い無駄な時間を過ごした。これ以上はいらない。」


悠里「へー、うちはまだやりあってもいいけどー?」


こんなのを毎日していたら

流石に私だって口は悪くなるし

飽きてもくるし憤りも募る。

それでも悠里は懲りずに

毎日毎日私のところに来ては

ちくちくと嫌味を言って

自分の部屋に戻るのだ。

同じ部屋でなくてよかったと

安心することしかできない。


悠里はそう言いつつも、

彼女自身ある程度ストレスを発散できたのか

顎に手を添えてうーん、と

首を捻っていた。

もうひと暴れするかどうかを

悩んでいるに違いない。


数秒悩み、そして「仕方ねえな」と

悠里は口にした。


悠里「じゃあ良い子にはお話を聞いてもらおうか。」


結華「何。」


悠里「ぱんぱかぱーん。明日から高校生活の開始でーす。入学式ねー。」


結華「知ってる。」


悠里「底辺の脳で覚えられたんだ。偉い偉いっ。」


結華「プログラム通知確認した?」


悠里「あーあれ?一応昨日のうちにこれまでのものを確認して送っておいたけど?」


結華「へー。」


悠里「言っとくけど、もこちゃんからちゃーんと修正通知して直して再送してますー。」


こういう事務的な話でなら

案外会話できるやつだと時々不意に思う。

けれどそれ以外全て駄目。

人を蹴落とすことと自分がいい気分を

することしかまるで考えていない。


それから、悠里は人に媚びることしかしない。

好きな先輩がいれば甘えた声を出し、

評定が危なければ先生に対しても

媚びへつらうのだ。

そこに彼女の言うもこちゃんも含まれる。

ただ生憎もこちゃんには

その媚びは全く効かなかったけれど。


結華「もこちゃんもこちゃんってそれしか言えないの?依存してて気持ちいい?」


悠里「さいっこー。依存先がたくさんあって自立してるって感覚わかる?」


結華「それ自分がないだけだよ。誰だっていいね。」


悠里「誰にも望まれないよりかはマシだわ。」


悠里はそう吐き捨てた。

望まれてないのはお前だと

後ひと言が言い返せなかった。


悠里「あーあ、こんなんでよく8ヶ月もコンビが組めたよねー。」


結華「悠里が勝手に話進めるから仕方なく組んであげたの。」


悠里「どうもー。双子で歌うとかそれっぽいし、のって正解だよ。」


結華「感覚馬鹿が。」


悠里「どーせこの3月末までには終わるって決まってたし、そんなん使えるもん勝ちだろーが。頭を使え頭を。冷静女さん。」


唾を吐かれてもおかしくない

状況だったのに、

今回ばかりはそうされなかった。

ふい、と悠里は背中を向けて

扉の方へ向かっていく。


悠里「てかさ、何で3月末までしかできねえんだろ。」


結華「は?」


悠里「そりゃあさ、わかるよ。色々とこっちが動かないといけなくなるからってさ。」


結華「分かってんならそれだよ。」


悠里「でもさあ、悔しくね?」


結華「それでもいいって言って始めたのは悠里。それに、こんなに自由度を与えてもらえる方がおかしい。」


悠里「自由?ガチで言ってんの?」


結華「この生活、私は嫌いじゃない。」


優里「やっぱお前とは合わねえわ。」


そうひと言ぽつりと呟き、

優里は私の部屋から出て行った。

その背中が妙に悲壮感で

漂っていたことに気づかないふりをした。


私と悠里は7月あたりから

3月末までの8、9ヶ月感の間

バーチャルシンガーとして活動していた。

双子のシンガーにした方がいいという

悠里の発言と環境による影響、

それから悠里でいうもこちゃんの話から

私も参加することになった。

2人で活動していることで

悠里は技術的に私の

上位互換だったことが分かった。

彼女は選曲から歌割り、

MIX、動画、絵師探しまでをこなした。

私は彼女にほいほいついていくだけ。


時に私が選曲くらい

しようと思って曲を巡っていた時があったが、

たまたま悠里に見つかり

これはなし、と言われたことがある。

加えて、すでに次の曲は準備してあるとも。

彼女の中には何か軸と策があるらしく

私が突っ込んでどうにか

なるものでもないとその時悟った。


最初は悠里の暇つぶしで

始まったものだったけれど、

なんだかんだで1番楽しみ

身を入れていたのは悠里なんじゃ

ないかとも思う。

どうせ3月末で終わると分かりながらも

余白の時間をどうにか

楽しくしたかったんだろう。


それは私だって同じだった。

絵すらもやめた私にとって

何か暇つぶしが欲しかった。

活動がなければ、私は、

私たちは8、9ヶ月の間

一体何をして過ごしていたんだろう。

…案外普通に暮らしてるだろうな。


結華「くそ。」


私が絵を続けていたら

悠里に勝るひとつが手に入ったのかな。

それならこんな惨めな思いをせずに

あいつと対等に渡り合えたのかな。


悠里は様々なことができる。

MIX等々に加え、トランペットが吹けるし、

本人の自負している通り

人とのコミュニケーションを怠らない。

良くも悪くも、だが。


見た目はほんの少ししか

変わらないというのに、

どうして中身はこんなに違うのだろう。

どうして私はいつまでも

悠里と比較されながら

生きていかなきゃいけないんだろう。


結華「…。」


私はこの1年で、どうにか環境を

変えることができると…

できればいいなと、半分諦めながらも

思っているのかもしれない。


欠けた期待などゴミなのに。

そんな中途半端なものを抱くくらいなら

捨てるかどうにかした方がいいのに。


そっと立ち上がり、うんと伸びをする。

最近切った髪は頬をくすぐってくる。

うん、まだ慣れない。

それから裸足のまま勉強机まで向かう。

そこで不意に改めて部屋を見渡す。

ベッドや棚、机。

綺麗な家具が揃えられている。

部屋は広く、10畳はあるのではないか。

家族4人、皆が別室を持てる上

リビングもダイニングもあるなんて、

数年前の私たちからは

全く想像のつかない生活をしている。

この環境は誰のおかげで手に入ったのだろう。

これもきっと、悠里なのだろうと

内心答えが出ているのだった。


机の上のスマホを手に取る。

画面をつけて迷わずTwitterを開くと、

そこには既に変化したアカウントがあった。


結華「…しょーもな。」


ひと言無意識のうちに出た言葉を

そのままスマホに浴びせた。

それでももちろん現実が

変わることなどなく、

私たちはどうせまたいい駒にされるのだ。


画面を消してはまた

机の上にスマホを置く。


結華「だるすぎ。」


とてつもなくダサい

今の私の精一杯の強がりだった。

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