作品と、主人公トムの成り立ち

 そもそも本作を書くきっかけは、R18短編として執筆した物語の設定を膨らませたところから始まる。


 順を追って説明すると、まず2021年の晩秋ごろ「AIのべりすと」というAI小説サイトで遊んでいた。特に官能小説が得意という話を聞いて、いろいろな状況やキャラクターを設定して楽しんでいた。その中でも「ファンタジー世界における、うだつの上がらない男性冒険者と、獣人のヒロイン」という組み合わせを気に入り、その前日譚となる物語の執筆に挑戦してみようと思ったのが始まりである。


(なお、該当作品についてはリンクは貼らないが、ノクターンノベルズにて同じ「矢木羽研」名義で投稿している)


 主人公であるトムについて、「神官から戦士に転職したキャラ」という設定もこの時に思いついた。獣人であるヒロインはスピードアタッカー型だろうから、それをサポートする役割としてタンク(壁役)兼ヒーラー(回復役)を割り当てたのである。一般的に、これらを兼任するジョブといえば聖騎士(パラディン)だろうが、エリートであるパラディンよりは「神官くずれの戦士」、つまりゲーム的に言えば「中途半端なクラスチェンジを行ったキャラ」という扱いにした。


 設定を考えた時点ではあまり意識していなかったが、これは自分なりのRPGに対する愛着表現である。言ってみれば「ビルドに失敗したキャラ」の救済とも言える。あくまでゲームのプレイヤーという視点ではプレイミスのたぐいであっても、キャラクターという当事者からしてみれば事情があったのかも知れない。そこを掘り下げて魅力的なキャラクターを作れるのではないかと思ったのだ。


 長編として書き始めるにあたって、トムのパーティメンバーである5人を設定した(パーティが6人なのは『ウィザードリィ』を意識)。その中にはトムの同期で、より優秀な神官がいる。さらにメンバー候補として上位互換のようなキャラ(エルフのフォルンのこと)の存在がいる。そのような状況で自らの限界を感じ、パーティを離れて新たな道(転職)を目指す、というのが冒頭の流れである。このあたりの「自分より優れた人材がいる」ことの焦燥感は、割と共感してもらいやすい部分ではないかと思う。


 トムが離脱を決意した最大の理由は「《完治》の呪文を覚えられなかった」である。これについては、呪文の習得にランダム要素があるゲームシステムが念頭にないと非常にわかりにくかったという意味で反省要素である(今は固定式でも無い限り、ポイント割り振りによる選択式が主流だろうし)。より具体的には『ウィザードリィ』や、その影響を強く受けた『ドラゴンクエスト3』あたりを知らないと、意味不明な理由で離脱したように読めても仕方ない部分である。


 また、ゲームシステムを念頭にした部分では「本作における基本クラスは、戦士・神官・斥候・魔術師の4種類」というのもある。これは世界初のRPG(ここではテーブルトークのこと)である『ダンジョンズ&ドラゴンズ』以来の伝統であり、ファミコンの時代くらいまでは国産CRPGにもかなり色濃く受け継がれていた要素である。わかる人が読めば冒頭のキャラ紹介でピンと来るように書いたのだが、そうでない人に説明するために注釈をつけたりすると、今度はそれを余計だと感じる人がいたりして……「万人向け」というのは難しい。


 中盤、トムは「回復(反転回復)を矢のように飛ばす」という技術で活躍する。これは最初の短編の時点で「遠距離に回復を飛ばす構えをする」という描写を何気なく入れたことから膨らませたもの。当初はありふれた技能のつもりだったが、これをトム独自の才能と発想によるものだと位置づけてみた。あくまでもピンポイントな戦術なので、最終決戦では使用していない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る