第六章 ヒーローになれたら

第一話 ハッピーエンドを目指して

 三日三晩全く睡眠をとらず、ほぼトランス状態で小説を書いた。


 と言っても、そのできはお粗末なものだという自覚はあった。小説なんて書いたことがなかったし、深夜テンションは概して諸刃の剣だ。


 疲労と寝不足がたたって、アルトゥル君の部屋を訪ねノートパソコンを渡した途端、意識が途切れた。


 そうして私は、泥のように眠った。ひ弱なアルトゥル君が珍しく火事場の馬鹿力を出してベッドに寝かせてくれたらしい。


 目覚めたとき、すでに時刻はその日の午後六時を指していた。この部屋に来たのが午前八時前のことだったから、結構な時間眠り続けていたことになる。


「おはようございます」


 アルトゥル君は目が覚めた私にそう言った。机の前の椅子をこちらに向け、思いっきり眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな様子でそう言った。


 だけど、寝起きで頭がずんと重いことでいっぱいになって、そんなアルトゥル君になにか感じることもできず、ぼうっとしたまま見つめることしかできなかった。


 アルトゥル君はそんな私にますますいらいら来たようで、


「小説、読み終わりましたよ。読み終わりましたけど……なんですかこれ」


「ああ、まあ、クオリティが低いのは許してよ。はじめてだから」


「それ以前の問題です。ノナさん、自分が何書いたか覚えてます?」


 そう言って、机上のノートパソコンを持ってきて、私の前に置いた。


「誤字がひどいのも、文章がめちゃくちゃなのも、仕方ないです。僕も他人になにか言える立場ではないので。でも、なんですか、このラスト」


 どんなことを書いたか、もう一度確認するためにディスプレイに表示されたテキストを目でざっと追う。ブルーライトの光が脳を無理矢理にでも覚醒状態にさせた。


 この物語の基本的な流れは現実とだいたい一緒だ。異世界に少女がやってくるところから、少女をそばで見守っていた青年がいなくなるところまで、流石に人物の名前は変えてあるものの、おおむね現実に沿っている。


 では、そこから先の展開はどうなっているのか?


 それは、たった数行で終わってしまう。


『実はここまでの物語はすべて夢の中のできごとである。しかし、ただの夢ではない、意義のある夢だ。夢の中で、少女は決意した。それは、夢から覚める決意である。自力で目覚めた少女は、よく似た現実で、新たな物語を紡いでいく。何が起こるかはわからないが、とにかく最後はハッピーエンドだ。それは間違いない。


 だから、読者諸兄は待っていてほしい。少女が目覚めるそのときを』


「諸兄、って言っても僕しかいませんがね」

「ちゃんと、待っててくれたんだ」

 私がそう言うと、アルトゥル君は口をとがらせて、


「まったく、何度叩き起こしてやろうと思ったことか」


「思ったより長く寝ちゃったね、おかげですっきりした」


「ねぇ、ノナさん。まさかとは思いますがこのラストって自分の惰眠を貪るためだけに書いたわけじゃありませんよね?」


「……ちょっとだけ」


「おいこら」

「うそうそ、冗談だよさすがに」


 珍しく怒っているアルトゥル君をなだめる。


 アルトゥル君は、


「このラストも冗談だったらよかったんですけどね。ありえないですよ普通。投げっぱなしの夢オチだし、『続きはウェブで』じゃないんですから。物語的には最悪です」


「でも、ハッピーエンドではある」


「どこがですか! 先延ばしにしただけじゃないですか!」


「先延ばしじゃないよ」


 私はそう言って、ベッドから飛び降りた。


「今から物語の続きが始まるんだから」


「……一体何をする気です」


「暴れまわりに行く」


「は?」


 私はポケットからスマホを取り出した。


「私さ、異世界から来た使者なんだ。うっかり失念していたけど、つまり超イレギュラーな存在で、今までにも勝手に魔法少女に変身させられたりしてきた。……だけどさ、自発的に変身できないわけじゃないっていうことにようやく気づいたわけなんだよね」


 神様からもらったアプリを起動し、アプリ内のヘルプを押す。


「ほら」


『絶望粒子を除去できる状態になったら自動的に変身するが、それ以外のときでも変身自体はすることができる』


「力を不当に使った場合のペナルティはあるみたいだけど」


「つまりなんですか、魔法少女になって、力づくでヴァルさんを誘拐でもするっていうんですか」


「その通り」


 アルトゥル君は、胸を張って言った私を胡乱な目つきで見た。


 だけど、やがて観念したように肩をすくめる。


「本当に、やるんですね?」


「もちろん。そして、アルトゥル君にもついてきてほしいと思ってる」


 私はアルトゥル君に手を差し出す。


 アルトゥル君は、しばらくためらっている様子だったが、ついにはその手を握った。


「見せてもらいますよ、ノナさんの言う、ハッピーエンドを。僕が生きていけるかどうかという判断は、それからです」


 そして、どちらからともなく手を離した。


 私は、スマホを掲げた。


「変身!」


 すると、どこからかまたあのカノンもどきのメロディが流れ出し、虹色の空間に閉じ込められる。


 虹色の光に包まれた身体は、黒のパンプス、白いニーハイ、サスペンダー付きの黒いフレアスカートとリボン付きの黒いブラウスのワンセットを順々にまとっていく。髪をハーフツインに結わえられ、どこからともなく現れた姿見は地雷スタイルにできあがった私の姿を映し出す。


 こうして見てみると魔法少女というより敵の女幹部と言ったほうがしっくりくるけれど、そのほうがちょうどいいのかもしれない。今からやろうとしていることは、およそまっとうな正義の味方のすることではないのだから。


 虹色の空間が消え、もとのアルトゥル君の部屋に戻る。いつもと違い、変身は解けていなかった。成功だ。


 アルトゥル君は口をぽかんと開けて私を見た。


「……ずいぶんと俗っぽい魔法少女ですね」


「仕方ないでしょ、こういう仕様なんだから」


「普通の地雷系とぱっと見違いがわかりませんよ」


「一応、身体強化的なのはかかっている……はず。あと、武器がある」


 脚のホルスターからハンドガンを取り出して見せびらかす。


「うわっ、マジもんじゃないですか、おっかない」


「撃ってあげよっか」


「さらっと殺害予告するのはやめて!」


 あんまりアルトゥル君が怯えるんで、私は笑った。大声でせせら笑ってやった。


 アルトゥル君も、「ちょっとぉ」と最初は抗議のシュプレヒコールをあげたが、だんだんと口角を上げ、だけどすぐに真面目な顔になってこう言った。


「それじゃあ、行きますか」

「うん」

 こうして私達は歩き出した。

 一世一代の大舞台への道を。


「……ところでノナさん、交通費はどうなさるつもりですか?」

「あ」

 ……一世一代の大舞台への道、早速前途多難だけど。

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