第四話 ひめごとを教えて
鏡で見せられた私の今の髪型は、それはまぁひどいものだった。
そういうわけで、少しためらいはあったものの、金髪男の申し出を受け入れることにした。
穴を開けて頭が入るようにしたビニール袋をかぶり、地面に座り、金髪男に髪を切ってもらう。青空美容室だ。
「にしても、なんであんたこの学校に来たの?」
「この学校に、今日見学生が来てるんです。その人が、私の……知り合いで。ちょっと心配になって、尾行したんですよ」
「尾行って……ストーカーじゃん」
顔は見えないが、ドン引きされているのはわかる。
「いや、でも、本当に心配だったんです。その人、将来は自由に生きたいって思ってるんです。そんな人が馴染める環境かどうかって」
「百パームリ」
「でしょうね」
それはもう、この人の話を聞いてわかった。
「そんで、どうすんの、あんたは。この学校の実態は、俺の話聞いてわかったんだろ」
「それは……」
確実に、なにか行動を起こさなければいけないのは事実だ。
しかし、どうしたらいいのかわからない。
わからないけど……。
「なにか、します。どうにか、します」
それしか言えない。それが今の、嘘偽りない状態だった。
「そっか」
金髪男は、特にその答えに感想などは言わなかった。
「なら、俺にできることはあんたをちょっとでも可愛くさせることだけ。何するんにしても、可愛ければおトクだろ」
「はは、そうですね」
それは本当だし、それくらいの軽さのほうがありがたい。
「はい、できた」
気づけば散髪は終わっていた。手鏡で完成状態を見せてもらう。似合っているかどうかは別として、少なくとも見れる髪型にはなっていた。
「これで俺が天才だったら、この短さでもあんたを可愛くできたんだろーけどなー。せいぜいマシにすることくらいしかできなかった。ゴメン」
「いえ、それでも良くなったことには変わりありませんから。ありがとうございます」
「礼なんていいって。……結局、俺にできることには、限界があるんだなって、思えたからさ」
金髪男は、諦めたように笑った。
ポケットから、カノンもどきのメロディが流れる。
また、これだ。
絶望粒子に蝕まれた人は、最終的には折り合いをつけて、勝手に大人になっていく。
辺り一面が虹色の空間になった。私はいつものごとく地雷スタイルに変身し……と思ったら、それだけではなかった。
「髪が、伸びてる……?」
そういえば、私の大好きな魔法少女アニメシリーズでは変身するとヒロインの髪が長くなる描写がある。良さをわからない子からは「なんで?」という疑問を抱かれるシーンだが、私はその瞬間が好きだった。本当に変身したのだなと思えたから。
それはともかくとして、今まで短かった私の髪は、元と同じくらいには伸びていた。そして、いつも通りハーフツインに結われる。
ホルスターから銃を取り出し、遠くの方にある金髪男の姿を捉え、ショット。
白い飛沫が飛び出すのを見ながら、意識は遠のいていく。
虹色空間は元の学校の屋上に変わり、金髪男は何事もなかったかのようにそこに突っ立っていた。
髪の長さは、変身前と同じように短いまま。
「……俺は、夢を見てるのか?」
金髪男は目を瞬かせた。
「今、変な虹色の空間にいるイメージが頭ン中浮かんできて、そこにはひらひらした格好の女子がいたんだよ。そいつが、なんかこっちに向かって銃を撃ってきて……で、気づいたら元に戻ってるし」
わけがわからないといったふうに首を傾げる。
こういうとき、説明してもいいんだろうか。
迷っていると、スマホに浄化完了の通知とともに、『話しても大丈夫じゃぞ』というメッセージがきた。
「信じてもらえないかもしれませんが」と前置きして、ざっくりと絶望粒子のことも含めた説明をする。
金髪男は、「へー」といまいちピンときていない様子で聞いていた。そして最後には、
「それよりもさ、あんた、想像通り髪長いほうが似合ってたな。髪伸びるの、楽しみにしてるよ」
「ど、どうも……」
お世辞でも、褒められるのは素直に嬉しい。だけど気恥ずかしいから、まともに目を合わせることができなかった。
しばらく、沈黙が流れる。
ふと、こんなことを思いついた。
「いつか、私の髪、切ってもらっていいですか。私、まだこの世界で専属美容師さんを見つけられてないんです」
すると、金髪男はニコッと笑って、
「ああ」
と、うなずいたのだった。
この学校の実態に迫れたのは大きな収穫だ。
とりあえず、ヴァルさん一行がどこに行ったのかをまずは探そう。
屋上から階下に降り、それらしい集団を探す。
すると、なんと校門付近の検問所でなにか揉め事が起こっているようだった。
なるべく気づかれないようそっと、でもできるだけ急いで近づくと、そこには警備員のおじさんに詰め寄るヴァルさんの姿があった。
「なぁ、本当に入ってきてないのか? こんな感じの顔の女の子!」
ヴァルさんは必死の形相を浮かべ、おじさんの前で紙をひらひらさせている。
その紙を盗み見ると、そこに描いてあったのはまぎれもない、私の姿だった。
おじさんは目を細めつつ、首をひねる。
「いやあ、何度も言うようだけど、最近の若い子の顔はどれも一緒に見えてねぇ。それにしたって君、絵がうまいねぇ」
「そんなことはどうでもいい! お願いだ、教えてくれ、絶対いるはずなんだ、気配がした!」
「そうは言っても、そもそもうちの学校、女子禁制だし」
「なにか変装とかしていなかったか?」
「しらないね。もうぜんぜんしらない」
おじさんはあからさまにしらを切っていた。おそらく、私のことを気遣って黙っていてくれているのだろう。そのほうが、私としても助かる。
しかしヴァルさんは諦める素振りを見せなかった。
「じゃあ、この子に似てなくても良い。今日校門から入ってきた人のことを教えてくれ、全員分」
「なんだってその子がここに来てるか来てないかにこだわるのさ」
「気になるだろ、そりゃ!」
ヴァルさんの言葉は、まったくなんの説明にもなっていなかった。
だけど、それがかえって必死さを伝えていた。
検問所のおじさんは、はぁ、とため息をついた。
「……似たような顔の子なら、そこにいるよ」
と言って、少し離れた木陰から様子を伺っていた私の方を指差す。バレてないと思っていたけど、検問所からは見えていたようだ。
「ノナっ」
ヴァルさんが駆け寄ってくる。私は観念して、だけどなんとなく目を合わせられないまま突っ立っていた。
「お前、その髪どうしたんだよ!」
ヴァルさんは私の肩をつかんで揺さぶった。
「イメチェンですよ、はは」
「本当か?」
ヴァルさんは無理矢理私の瞳を覗き込んでくる。いつになく真剣な眼差しだった。
「あの検問所のおっちゃんは言ってた。髪の長い女の子が一度ここに来て、でも追い返したって。その女の子って、お前じゃないのか?」
「人違いですよ」
「その髪は、学校に侵入するために、自分で切ったんじゃないのか?」
ヴァルさんはぐっと顔を近づけてきた。思わず、一方後ろに下がる。
すると、運悪くポケットからカッターが落っこちた。
「……やっぱり」
「違います、これは護身用で」
「そもそも、おっちゃんに頼んで検問所の監視カメラを見せてもらったら一発だろうな」
言い逃れは、できないようだった。
本当に、どうしてここまで真剣になるのだろう。いつもの脳天気なヴァルさんの面影はどこにもない。別人みたく冴え渡っていて、萎縮すらしてしまう。
「……切りました、自分で」
だから、素直に白状するしかなかった。
ふと、ヴァルさんの目が潤む。こらえるように眉根を寄せて、
「自慢の髪だって、言ってただろ」
「言ってませんよ、そんなこと」
事実、ヴァルさんはおろか、他の誰にもそんなことは言っていなかった。自分の心の中でひそかに思っていたり、飼っていた猫に聞いてもらったりはしたけど……。それをヴァルさんに知られているということはまずない。
しかし、ヴァルさんはふざけているわけでもなさそうだ。でなければ、こんな風に涙をこらえることなんてない。
なんでだろう、と思っていると、突然、ヴァルさんにきつく抱きしめられた。
「ちょっと?」
抗議しようとしたとたん、耳元で「ヴァンデルン」という囁きが聞こえた。
次の瞬間にはもう、そこは学校ではなく、私達が住む城の城門前になっていた。
「なんで……」
「いやあ、あの黒服たち、視界に入るだけで怖くなっちゃってな」
脳天気なトーンに戻り、私を解放するヴァルさん。しかし顔を見上げると、未だせわしなく目が泳いでいた。
「学校見学も終わったし、帰っちまってもなんも問題ないだろ? だから」
「ヴァルさん」
頭二つ分上にあるヴァルさんの瞳を、じっと見据えた。ヴァルさんは、黙り込む。さっきとはまるっきり立場が入れ替わってしまった。
私は、聞かなければならない。心の何処かでは、いつかどこかで、と先送りにしてきたことを。
口を開く。
「なにか、理由があるんですよね、きっと。ヴァルさんがどうして私をそこまでして心配しているのか。もっと言ってしまえば、この世界に転移してくる前の私を、知っているふうなのか」
ヴァルさんは、わざとらしく笑って、
「なんだっていいだろ、そんなん」
「いえ、だめです。だって私は、ヴァルさんを理解したいと思っているから」
ヴァルさんは、いい人だ。
優しくて、能天気で、繊細な感性を持っていて、純粋。
私はずっと、こんな人に会えることを望んでいたのだと思う。
でも、それだけでは駄目なのだ。
私は、ヴァルさんのことを知りたい。優しくて、能天気で、繊細で純粋で、でもそれだけじゃない部分を。
切実に、理解したいと思っているのだ。
ただ、それだけだ。
ヴァルさんは、私の視線を受け止め、口元をもごもごさせながら、頬をポリポリかいた。
「べつに、隠してきたわけじゃないんだけどよ。……改めて言うのはなんか、ヘンな感じだな」
そして、珍しくためらいながらも、はっきりとこう言った。
「お前、飼ってた猫いたろ。あれ、実は俺なんだ」
「……え?」
それは、全く予想外の言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます