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 八月中旬になると遺跡発掘のアルバイトに行く機会はぐっと減った。俺もさすがに就活で忙しくなったし、お盆に入ったこともあって、自然と足が遠のいてしまったのだ。三条さんも体調不良で何回かアルバイトを休んでいた。ちょっと心配だったけど、お盆明けに久しぶりにあった時にはいつもと変わらない三条さんの姿があった。

 夏休みも終わりに近づいてきた。遺跡発掘調査自体は続くが、俺らのような学生アルバイトが参加するのは、この日で最後になった。調査団の人たちとはかなり親しくなっていたので、夕日に染まる村に別れを告げるのは寂しく感じた。

「また、おいでな」

おじさんたちと握手してさよならをする。三条さんとバスに揺られる頃には、少し肌寒くなっていた。

 せっかくの二人きりのチャンスなのに、電車でもなんとなく口数が少なくなっていて俺は気まずかった。なにか喋らないと。三条さんはドア付近の角に背中を預けて、窓の外を見ている。

「三条さん」

「藤堂くん」

 俺と三条さんが口を開いたのは、ほぼ同時のタイミングだった。気の利いた話を用意していたわけじゃない俺は、「どうぞ」と言ってすぐに発言権を彼女にゆずった。

「この後、どこか食べに行かない?」

思いがけない言葉に俺の心臓は跳ね上がった。

ドキドキするかたわら、彼女がどこか遠くを見ているような憂いをもった瞳がなんだかやけに気になった。


 渋谷駅に着くと、俺が普段からよく行く焼き鳥屋さんに入ることにした。店内はまあまあ混んでいて、ガヤガヤと客の声が入り交じっている。座席はせまくて、三条さんの顔が目の前にある。そもそも誰かと二人で飯を食べることが久しぶりである。ましてや女の子となんて。俺はそわそわと落ち着かない気分だった。

「すぐにご注文はされますか?」

席に着くやいなや、店員さんがおしぼりを持ってきてくれた。

「とりあえず、俺は生かな。三条さんは?」

「私はジンジャエールで」

三条さんがソフトドリンクを頼んだのがちょっと意外だった。てっきりお酒は好きだと思っていたからだ。もしかして、俺と二人で飲むことを警戒している?と妙な心配をしてしまう。

 お通しのキャベツがきて、塩とレモンの酸味が絶妙で箸が進む。「美味しい。無限に食べれちゃうね」と三条さん。俺は少し安心した。

「乾杯」

カチンという音を合図にビールを飲む。ジョッキがキンキンに冷えていて美味い。

「美味しそうに飲むねえ」

三条さんがジンジャエールのグラスを揺らしながら笑う。氷がカランと音を立てる。俺が「ちょっと飲む?」と聞くと、三条さんが微笑みながら首を振った。近くの席から怒号のような男の叫びとはしゃぐ女の甲高い声がする。注文した焼き鳥の五種盛りは串から抜いて仲良く分けた。二人だけの時間が流れた。

「私ね、妊娠したんだ」

 俺がビールの三杯目を口にした時だった。突然、周りから音が消えた。一瞬、彼女の言葉の意味がわからなかった。ジョッキをつたって流れる水滴が俺の手を濡らす。

「どういうこと?」

かろうじて出た声は掠れていた。いきなりの告白に動揺を隠せない。

「サークルの人と付き合ってたんだけど、避妊に失敗しちゃったみたいで。この間、妊娠したことがわかったの」

 俺は黙って彼女の話に耳を傾けた。沈黙をごまかすように、時折相づちを打ちながら、酒をひたすら流し込む。

「彼にね、堕ろしてくれって頼まれたの。事務所から声がかかってて、俳優としてこれからだからって」

あいつだ。ミスターコンテストの男。三条さんが仲よさそうに話していた男。

「馬鹿だよね、私。お互い結構好き合ってるって思ってたのに・・・」

自分を否定する三条さんを俺は「そんなことないよ」と慰めるしかなかった。だが、俺の吐いた言葉は空虚で、不自然に宙に浮いている感じがした。

「でも、私、産むって決めたの。親にも激高されて、彼とも別れることになったけど、それでも私にはお腹の子を産む責任がある。せっかく授かった命だもの」

「ごめんね。こんな話をして」と彼女は謝った。「大丈夫だよ」という俺の言葉の半分は嘘だった。彼女は泣いていた。涙こそ流してはいなかったが、彼女の潤んだ瞳を俺は直視することができなかった。砂肝を食べても土を噛みしめているようにしか感じない。俺はその後、ほとんど記憶のないまま彼女と別れて家に帰った。

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