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 閑散としたキャンパスに蝉の声が鳴り響く。白い床に照り返された日の光がまぶしくて思わず目を細める。まだ夏休み前だというのに、こんなにも人がいないのはなぜだ。お昼を食べる時間も含めて3時限目の授業に間に合うように早めに来たのだが、それにしても人が疎らだ。四年生になって感じることであるが、知り合いに会う機会がぐっと少なくなった気がする。

 時間に余裕があったから学生生活センターに寄ることにした。アルバイト募集の掲示板に目を通す。大学事務や学童保育の手伝い、塾講師の募集など。別棟のカフェラウンジのキッチンスタッフが時給九百円で魅力的だったが、「週三日から」と言う条件があってスーパーとの兼業は難しそうだ。先ほど来た二通のお祈りメールを思い出してため息をつく。この頃、就活のストレスで無駄な物にお金を使いすぎている。少し切り詰めなくては。


 結局誰にも会わないまま、俺は仕方なく一人で学食に入った。荷物と水を入れたコップを座席に置く。今日の気分で選んだしょうが焼き定食の食券を食堂のおばさんに渡すと、数分も経たないうちにカウンターに料理が出てきた。キャベツの千切りに自分で胡麻ドレッシングをかけて、定食を机に運ぶ。静かに「いただきます」と手を合わせる。白米をしょうが焼きの肉で包み込んで口の中に入れる。学食の飯はけっこう美味い。一人飯はやっぱり寂しいが、人の少ない学食は落ち着いていてのんびり過ごせるから嫌いじゃない。俺はお皿の料理を半分くらいに減らしたところで、コップを片手にスマフォの画像フォルダを開いた。迷わず三条さんの写真を選択する。彼女の笑顔はいつ見ても癒やされる。これはこれでなんて有意義な時間なんだ。水を飲みながら自然と顔がほころぶのを感じた。

「藤堂くん」

 突然聞こえてきた声に、俺は驚きのあまり文字通り飛び上がった。膝を思いっきり机の裏にぶつけて、食器ががしゃんと音をたてる。昔のバラエティさながらのオーバーリアクション。口を大きく開けたアホ面のまま勢いよく振り返ると、後ろに三条さんが立っていた。

もしかして見られた?

「やあ、三条さん。どうしたの?」

動揺のあまり違和感しかない挨拶をしてしまった。「やあ」なんてどこのお坊ちゃまだ。三条さんはにこにこしている。

「突然ごめんね。お食事中だった?」

「いや、大丈夫」

 俺は写真のことがバレたのではと気が気でなかった。三条さんが一枚の紙を差し出してきた。

「藤堂くん、さっきアルバイト募集の掲示板見てたでしょ。さっきたまたま見かけて」

「うん、いたね」

 とりあえず、写真のことを糾弾される雰囲気ではなさそうなので、内心ほっとする。三条さんが持ってきた紙に目を向けると、素っ気ない明朝体ばかり並ぶ文書の中にひときわ目立つフォントで書かれた「遺跡発掘調査」の文字があった。

「遺跡発掘調査のアルバイト、興味ない?」

 三条さんの話では、考古学のゼミで教授から案内が配られたらしい。だが、結局参加したい人が彼女しかいなくて、教授から直々に人を誘うように頼まれたのだそうだ。

「教授が言うには、男手があると助かるみたいで。サークルの人には頼めないし、史学科の人にも何人かには声をかけてみたんだけど、全部断られちゃって・・・」

三条さんは遠慮がちに言った。眉が下がって少し困った表情の彼女も可愛い。思わぬ展開に驚いてはいたけれど、俺の心は決まっていた。

「行くよ」

「えっ」

「遺跡発掘、面白そうだし。ちょうどアルバイト探してたし」

「ほんとっ?嬉しい!」

 三条さんの顔がパッと輝くように明るくなった。俺は思わずドギマギする。この際、俺が何人目かなんて関係ない。このチャンスを逃すようでは、男が廃る。何より、彼女がこんなに喜んでいるのだ。

「じゃあ、夏休みの間、入れる時だけでいいから。就活もあるだろうし、無理しないでね」

彼女は「それと・・・」と言葉を続けると、連絡先を俺に教えてくれた。奇しくも三条さんの連絡先を手に入れた。俺はにやにやを顔に出さないように必死で平静を装った。

「じゃあ、また連絡するね」

 俺は手を振りながら学食を出る彼女を最後まで見送った。三条さんがサークルの仲間たちと合流する姿が学食の窓から見えた。彼女はアカペラサークルに所属している。近年、バラエティ番組でアカペラがフューチャーされ、そのジャンルで一躍オリコンアーティストも登場するほどのアカペラはブームだ。やっぱり華やかなイメージのあるサークルに彼女が溶け込んでいるのを見ると、自分との距離を感じてやるせない気分になる。しかも、彼女が楽しそうに話をしている仲間の一人に、昨年のミスターコンテストに出場した、いけ好かない男がいる。俺は複雑な気持ちを残りのおかずと一緒に飲み込んだ。

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