第6話
母がいなくなって、親父は毎日酒を飲むようになった。家で飲んだくれている日が増えた。良哉たちに対しても横柄になった。特に、由紀子には冷たかった。親父が仕事で失敗して由紀子に八つ当たりした日以降、親父の暴力は顕著になっていった。
――由紀子には食べ物やんな。
親父は由紀子の分のご飯を用意しなくなった。以前は粗悪なものを作っていたが、それすらもなくなった。良哉はふざけんなと怒鳴った。叩かれ、殴り潰された。それでも、自分のご飯を半分、こっそり由紀子に与え続けていた。
――何やってんだ、良哉! 由紀子にはやるなっていっただろうが! 前も言ったのに、まだやってたのか⁉
ある日、隠れてご飯をあげているのがばれた。
――当たり前だろ! でないと死ぬじゃんか!
――うるせえ、ぶっ殺すぞ‼
太い腕で、首を掴まれた。瞬間、息が止まる。良哉は喉を押さえて渇いた呻き声を上げた。再び、息が止まる。掴まれて痛んだ喉に、手刀をぶち込まれた。由紀子が良哉に駆け寄ってくる。小さな掌が触れる。そうだ、由紀子にはおれしかいないんだ――良哉は己を奮い立たせた。
――おれから離れていった、忌々しいガキ!
親父――完全に母と妹を、同一化して本気で切れている。狂っている――母が出て行ってからずっと。
それでも、良哉は腕立て伏せの格好で立ち上がった。殴られた。全身の骨が軋んでいるような痛み――良哉はもだえ、噎せた。
――おれに逆らうなら、学校も行かせねえ。叩き出してやる。食事ができてるだけでも、感謝しろ。
学校――生きたくはなかった。行かなければ、将来何が出来るのかも分からなかった。
――おい、こいつなんでこんなキモいの?
――母親に芸能人になりたいから捨てられたらしいぜ。つまり、おまえの存在芸能ブランド以下ってことじゃね。
――馬鹿すぎだろ。絶対無理だって。
――一番馬鹿なのは芸能界より優先順位の低いこいつだろ。
――親父もアル中とかカスすぎやんけ。
――カスの子供! めっちゃ笑えるんやけど。
学校では揶揄われるばかりだった。親のクソさはすぐに広まっていた。親父はご飯をろくに与えてくれず、良哉の体格は貧相なものだった。それも、周りの嘲笑に拍車をかけた。
良哉の家にはテレビもゲームもなかった。親父が全部売ったからだ。同級生の話題に混じることも出来なかった。学校は会話が通じない牢獄のようなものだった。
――榊原。ストレス溜まってるから殴らせろ。
休み時間、体格のいいクラスメイトが話しかけてきた。クラスメイトが良哉に話しかけてくるのは、学級の仕事か、虐めのどちらかだった。
――嫌だよ。
――クソ親の子供なんだからそれぐらい我慢しろよ‼
――てめえはぼこられて当然なんだよ!
蹴られた。叩かれた。殴られた。教室の隅で蹲る良哉を男子グループは笑った。
――不潔なんだよ、おまえ。目つきもキモいし。
クラスメイトが帰った。暗い教室で、一人ぼっちのおれ――良哉は座り込んだ。笑われて、傷ついて、誰にも言えなくて、痛くて、辛くて。
全てが理不尽に思えた。全てを消したかった。
――何でだよ‼
放課後の学校で良哉は叫んで暴れまくった。奴らの持ち物を全部壊した。翌日生徒指導室に呼ばれた。二人の教師に事情を聴かれた。
――なんでこんなことしたんだ。
――佐川くんたちに馬鹿にされてむかついたから。
――いい加減にしろ! 佐川達がそんなことするわけないだろ。おまえとは違うんだよ!
――まあ、頭ごなしに注意するのは良くないですよ。でも、榊原君? 多少の茶化しは、男子中学生にはつきものだよ。馬鹿にされたっていうのは、ちょっと気にし過ぎじゃないかな。
教師は良哉の言い分を無視し、ただ詰った。もう一人は物腰柔らかだったが、言いたいことは結局同じだった。良哉はそれ以降口を固くつぐんだ。この感情をどうして良いか分からなかった。佐川達は成績優秀だった。おれはろくでもなかった。それが世の中だった。
おれの味方なんていなかった。学校の誰にも、おれは由紀子のことを相談しなかった。それでも――おれは由紀子を守らなければならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます