第5話


「わたし家を出るから」

「は? ふざけんなよ。子供はどうすんだ⁉」

「いらないし。それに、貴方と比べものになんないいい人見つけたから」

「いい加減にしろ‼ 子供二人、どうすんだ!」

「芸能界入ってスターになるのが夢だったの! あんたなんかと暮らしてたら叶わないじゃない」

「おまえ! 今更何言ってるんだ!」

「そもそもあんたが仕事と年収鯖読んでたんじゃない! 見栄張って! この程度の甲斐性なしだと知ってたら、結婚なんてしなかった」

 父が母に掴み掛かり、母は甲高い叫び声を上げる。由紀子の丸い顔に不安が浮かんでいた。良哉は由紀子を二人から隠すように抱きしめた。由紀子の手を引いて外へ出た。

 良哉には自分の部屋なんてなかった――あったとしても、父母の怒鳴り声は家のどこにいてもおれと由紀子の耳に入る。由紀子に併せて、ゆっくり歩いた。空き地で二人、星を見た。空き地には何もなかった――元々は草が茂っており、遊び場になっていたが、いつの間にかコンクリートが敷かれた駐車場に変わっていた。空き地に面した民家――明かりが漏れていた。溌剌とした、由紀子と同年代の子供の声が聞こえた。

「どうして、うちのおうちだけおとうさんとおかあさん、喧嘩ばかりしてるの」

 由紀子が良哉を見つめた。

 おれはこたえられなかった。おれにも理由は分からなかった。分かるのは由紀子が不幸であるということだけだった。

「夜遅くに出てきたから、寒いだろ」

 良哉は由紀子を抱きしめた。それだけしか出来なかった――これ以上口を開けば、父と母への恨みの言葉が溢れそうだったからだ。父と母はクソだった。それでも、由紀子に二人を憎ませたくはなかった。そうなることが、由紀子にとって一番不幸なような気がしたからだ。

 深夜一時になって、良哉たちは家に帰った。父はリビングで、母はベッドで寝ていた。

 翌日起きると、母はいなくなっていた。

「あいつ、金目の物全部持っていきやがった!」

 父の怒鳴り声――空しく響いた。

 今でも良哉の頭に浮かぶ、母親が出て行った日の光景――狂いそうなほどの殺意を覚えた。母――おれと幼い由紀子を見捨てた。子供より芸能界を優先した。いても子育てなんかろくにしなかった。親父――母がいなくなってからおれたちを庇うどころか、暴力を振るった。おれ――由紀子を殺した。親父から守れなかった。おれも親父も母も、全員クソだった。

 公園のベンチで良哉は唾を吐いた。血を吐いたように鉄の味がした。そのうち空に朱色が滲み出した。寒くなった。良哉が抱きしめると、照れたような笑顔を浮かべてはしゃいでいた由紀子は、もういない。

 寒いだけの時間を、おれは一人ベンチで過ごす。夜はすぐにやって来る。


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