3話  Signal lost


 


 ビリビリと機体が振動する中でアーデラは強烈な加速と闘いながら、タッチパネルに指を走らせる。


「ココ三尉!パーチェス三尉!こちらアーデラ!『レーゾンデートル』で先行しています!戦況は!」


 ザザザッ。


“ 中…………と待っ…………!バカな…………!戦…………さん……! ”

「ココ三尉!パーチェス三尉!ココ三尉!ココ!」

” ジャミ……?……かよ!…………信号出……て………待機…………?俺……乗…… ”


ジャミング電波妨害?……小癪な!)


 アーデラはレーダーに目を走らせた。

 目指すエリアが白く霞み、味方と敵の光点が消え失せている。


「ち!」


 ドンッ!


 歯を食いしばり、アーデラはコントロールパネルを力任せに叩く。


「『ドコ』!ジャミングは何?!敵艦、敵機、デコイ、いくつ?!早く!」


【アーデラ准尉。僕はその程度の衝撃では壊れませんが、落ち着いて下さい。現在解析中です】


 モニターにココと瓜二つの顔が浮かび上がった。

『レーゾンデートル』の戦術AI、『ドコ』である。




 

 ココの副官に昇格し作戦行動を共にするようになったアーデラは、戦場以外ではそっぽを向いてココと碌に口も利かない日々が続いていた。


 そんなある日、仲良くなる為に頭を悩ませていたココが『ミーティア』と『レーゾンデートル』のAIの見映えを互いとそっくりな顔に変えたのだ。


 ココが不思議がる程にあっさりとその提案を受け入れ、アーデラはココの目を盗んでは『トワ』に語り掛け、自らを徹底的に覚え込ませていた。


 もちろんココは『ドコ』にそこまでの事はしていない。


 それがアーデラには不満だったが、ここ一年『ドコ』はアーデラの優秀なサポート役として、共に戦場を駆け回っている。


「敬語ウザい……!あと、早くっ!解析!」


【発進時、敵艦はレーダー圏内に感知無し。超距離ジャミングにしては干渉範囲が少ないし、弱いね。残るは対象エリアに干渉できる可能性のジャミングとして、①敵機②デコイを大量に散布して電子、物理攻撃への妨害③その両方、かもしれない】


「……!最後にココ達を特定した場所と時間を教えて!」


【北東31000、ココ三尉機:高度29000約8800mフィート、パーチェス三尉機、コルナ二尉機:高度22000約6700mフィート。ココ三尉機のみ離れてる。最終記録:0955・7分25秒前】


「『ミーティア』なら耐える!まずは試験機に向かう!」


【……了解。いい口実だね】


「……うっさい!みんな、助ける!今、行く!」





 ガッシャア!!


 飛空艦『ラウンダリア』の艦橋、オペレーション・コントロールセンター(OCC)内にて。


 ロブリオ准将が秘匿通信用の端末機器を床に叩きつけた。

 驚いたクルー達が恐る恐る艦長席を見ると、肩で息をするロブリオの姿があった。 

 

 嫌な予感を胸にゼネットが立ち上がり、問いかける。


「あ、あの……艦長?ワグルワット中将は、何と……?」

「ああん?!」


 ロブリオが瞳孔のすぼまった目でぎょろり!と憎々しげに睨んだ。


「ぎゃー!俺は中将じゃなくて、ゼネット!殺気溢れる眼で見んでくださいよ!」

「あの、馬鹿が!何が『孫の気持ちを知る前に、士官全員腕試しをしてやろう。特に、ココ=フェイジンスなどという馬の骨は念入りにな』だ!」

「ええー」

「ワグルワット中将指揮下の訓練だ!念の為に出撃中の隊の副官のみ上がれ!」

「「はっ!!」」


 敬礼の後にパーチェスともう一機、コルナの副官がOCCを出ていく。

 事前に聞いた事と違いすぎ、ゼネットは肩をすくめた。


「その後、はっちゃけた中将は何と……」

「あの野郎、『愉快な祭りにはドッキリは付きものだ!何、ちゃんと本人達は無事に返すから安心するがいい。同期のよしみで、内緒にしといてくれ』だと?!もう知らんぞ!ココとアーデラに毛一本ほどの傷でもつけたならば、一戦交える!」


 グリグリ!

 グリグリ!


 叩きつけただけでは飽き足らず、ロブリオは床に落ちた端末機器を踏んでいる。


(艦長がここまで怒るの見たの、久しぶりだわ。中将やっべえな……ん?)


 ふと思いついた疑問に、ゼネットが首を傾げた。


「あ、あの……この事、はご存じなんですかね?」

「知るか!伝えてなければ奴の首が飛ぶだけだ!」

「うわー」


 どっかりと艦長席に腰かけたロブリオは、忌々しげに言い放った。


 ゼネットもそれに合わせ、煙草を取り出して自分の椅子に腰を掛けた。


(はあ、最後にゃ四人が笑って帰ってくれば何でもいい)


 ゼネットは煙草の煙を大きく吸い込み、溜め息と共に吐き出した。




 

 ドンッ!

 ドンッ!


 重なる爆発音。


 『レーゾンデートル』はデコイをビームブレードで切りつけて壊し、『ドコ』が算出した座標へと近づいていく。


「ココ三尉!パーチェス三尉!コルナ二尉!」


” ……ント弾と………………撃た………………な! ”

” ……………10倍返し、撃ち返して………………ね! ”


 アーデラの耳にパーチェスと、別隊指揮官のコルナ二尉の声が飛び込んでくる。

 上官の三人に敬語も忘れ、必死に呼びかけるアーデラ。 


「聞こえる?!応答して!聞こえてないの?!」


【あちらはまだジャミング効果が強く影響しているよ。こちらはデコイをかなり破壊しているから、ジャミングが弱くなってる】


” じゃ……!中……回線に同調……よ?……離脱…… ”

” ………………痛みます ”


 離脱や痛みという言葉に、アーデラの顔は青ざめた。


 そして。


 ココの声が、よく聞こえないのだ。


「怪我?傷?!ねえ!答えてよぉ!ココ!パーチェスさん!コルナさん!もうすぐ、戦争終わるんでしょ?!ねえ!ココ!ココ!帰るよ!助けに来たんだよ!」


 叫び続けるアーデラの脳裏に、三人の姿が浮かんだ。





 皮肉屋だが面倒見がよく、自分の機体がボロボロになっても部下や仲間を大切にしながら戦い続けた、酒が入ると底抜けに陽気だったパーチェス。


 犠牲を最小限にしたいが為に、任された攻撃、防御、戦術、サポートといった役割を高い技術と不屈の精神力で担い続けた、指揮官クラスの紅一点コルナ。


 そして。


 そして。




『大丈夫?』




 あの日。


 壊滅した基地の中で、ほぼ全壊で横たわる機体のコクピットに差し出された手は、泣き叫ぶ私を『ラウンダリア』に連れてってくれた。


 あれから、陰でたくさん泣いた。

 そんな時はいつの間にか、黙って傍にいてくれた。


 いっぱい辛く当たったりもした。

 最後にはいつも、泣きたくなるような笑顔をくれた。


 戦場から帰って、一緒に泣いた時もある。

 話をするようになって、一緒に笑うようになった。


 ココ。

 ココ。


 戦争が終わったら、伝えたい事があるの。


 だから。

 だから。




 今度は私が、手を伸ばしてあげる。

 一緒に、帰ろう?




 



 アーデラはタッチパネルに指を伸ばし、叩き続ける。


《Over Boost》


「デコイはもういい!出力!全か……」





 ビー。


 ビー。


 ビー。





 警告音と共に、モニターに文字が浮かんだ。


「……えっ?」


 パネルを操作するアーデラの手が止まり、赤く点滅するモニターを凝視する。


「えっ?」











” Signal lost  ”










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嘘から出た、嘘。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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