2話 白磁の肌が、耳まで赤い。


 ザザッ。


“ こちら、ココです!いやあ、『ミーティア改』いいですね!装着タイプの飛行ユニットをつけているからか、一体化している僕のミーティアより旋回の反応が若干重めに感じるくらいで、予想を超えてます!楽しい! ”


 艦橋の中枢部。

 オペレーション・コントロールセンター(OCC)に、ココの楽しげな声が響く。


 ザザッ。


” ココー!!お前の『ミーティア』どうなってんだよ!ピーキーすぎんだろ!アクセルペダルちょっと踏んだだけで音速超えたぞ?!まともに踏めねえよ!それにこの、の戦術AI!膨れっ面してひとっ言もナビゲーションしてくんないんだが?! ”

“ わー!ぎゃあああああ! ”


「ぶは!おーいパーチェス。落としたら退官迄お前ただ働きなー。うちのエース機だぞー?」


 モニターから流れてくるココの絶叫とパーチェスの声に、ゼネットは煙草を燻らせながらOCCの座席で可笑おかしそうに肩を揺すった。


“ ひっでえ!乗りてえなんて言わなきゃよかった……ココ、すまん。さよならだ ”

“ ぎゃあああ!ぼ、僕のミーティアがあ!『トワ』!パーチェス三尉の補助を! ”


 ココはモニター越しに愛機のAI『トワ』に呼びかけた。


“ どうしよう……そうだ!『トワ』!エネルギー制御して!ローコストモードに!”

“《……兎は、ココがいない寂しさのあまりに、ストライキをした。つーん》”

“ どこでそんな言葉を学習したの?!ぺいってしなさい!ぺいって! ”



 運用試験をする白色の三機体と、敵勢力に備えての護衛、白銀色の『ミーティア』が立体レーダーと機体カメラに映し出されている。


 未来へと繋がる新機体のお披露目と、好転していく戦況と長かった戦争の終わりの予感に、OCC内の誰もがココ達の様子を楽し気に見守っていた。


 ココとパーチェスにクルーが笑っている中で、一人浮かない顔をしている士官にゼネットは声を掛けた。


 アーデラである。


 鎖骨迄の銀髪をふわりと垂らし、モニターに映し出される機体を見つめている。


「どうした?そんな顔をして。運用試験は最終段階のテスト飛行だ。めったな事で事故なんて起こらないのは知っているだろう?搭乗させなかった事か?これも規則だ、悪く思うな」

「いえ……そういう訳では」


 運用試験は指揮官級が落とし込みの為に搭乗し、テストを行うのが通例である。


 なので、通常ならアーデラ達副官もその資格がある。


 だが今回の試験機は少なく、その場合優先されるのはより高い技術と経験値を持つ指揮官達となる。


 その中で今回も指揮官の上位二名が指名され、残りはくじ引きが行われた、という事情もあった。ちなみにココは一番に指名されていた。


 副官の何人かはアーデラと同じく、オペレーターに交じって楽し気に試験を見守っている。


「本当に。本当に……テストエリアの近辺に敵はいないのでしょうか」


 その言葉と不安げな表情に、ゼネットは大きく目を見開いた。


 不遜で勝気なアーデラが不安に揺れる表情をゼネットに見せた事など、この一年の間見た事がなかったのだ。


のいた基地が壊滅して、ココに救われて来た時がこんなだったか)


 ふむ、とゼネットは無精髭の伸びた顎を摘んだ。


「飛行服を着てるのは、その為か。ま、心配すんな。小一時間もすりゃあ、アーデラ准尉お気に入りの上官様は帰投するさ。にっこにこの、いつもの笑顔でな」

「な。な、な、な?!」


 透き通るような白磁の肌が、耳まで真っ赤に染まる。


「あいつだけに見せる表情、みんな見てるんだぞ?気になってんだろ?乙女ちゃん」

「この艦での最後の仕事は『レーゾンテートル』で貴方をお空に大遠投、でしょう」

「軍用機で何しようとしてくれちゃってんの?!お前の愛機が泣くぞ?!」

「よかったですね。接地と同時に二階級特進です。私に感謝を」

「よかねえよ!お前、やりかねねえ……」



 顔を青くさせるゼネットをジト目で見つめながら、アーデラは思う。


(じゃあ……この胸騒ぎ、何……?)


 改めて、のんびりとした声を出しているココの存在をモニターで確かめる。


 ザザッ。


“ 上昇試験、良好!高度33000約10000mフィート到達しました!滞空試験に入ります! ”


 ハイタッチをし、笑顔を見せるクルー達。

 機体から流れてくるデータを真剣に見つめる研究員達。

 平和な未来、復興の足掛かりがまた一つ、増えていく。

 

 ザザッ。


“ 空……綺麗だなあ。…………同じ空、海、世界の中で生きている命同士……手を取り合って譲り合って助け合う前に、何故……力で奪おうとするんでしょうか ”

 

 ココのその呟きに、皆がモニターに顔を向けた。

 寂しげで困ったような微笑みが映し出されている。


“ もし、『ラールテッサ』が復興をして、みんなの笑顔が戻ってきたら。この国が、前みたいに優しさと思いやりに溢れたら。僕は……世界中の人達の懸け橋になりたい。いつか、誰もが笑顔になれるような道を、様々な事で苦しむ人達と一緒に考えたい。あはは、こんな僕に何ができるんだ!って話ですよね!あはは! ”


 ずずっ。


 鼻をすする音が、そこかしこで鳴った。


 顔を手で覆って俯く女性クルー。

 手を固く握りしめて、涙を溢しながらもモニターを見つめる研究員達。

 悲しさに顔を歪ませながらも、優しい顔でココを見つめる士官達。


 誰もが、この戦争で大切なものを、人を、夢を、未来を奪われている。


 そして、それ以上に。


 自分の町を、大切な家族を、大切な人々を守る為に期せずして立ち上がった少年は、軍に所属してからも望んで出撃を重ね、怪我を負って帰ってきた事も、その体を押して戦場に出た事も数えきれなかった。

 

 『コメット』シリーズから最新鋭機『ミーティア』に乗り換えても、常に戦場の最前線を飛び回り、大切なものを守る為に、また二足歩行機体の性能向上の研究の為にと、データを集めながら戦場を駆け抜け、誰よりも怒り、叫び、涙を流して闘い続けた。


 そんな、ココの言葉なのだ。


「……」


 モニターを見つめながら、自分の胸元をぎゅうっ!と握りしめるアーデラ。


 が。

 

 皆がそれぞれの想いに浸る時間は。

 突然に終わりを告げた。


 OCCにアラート音が鳴り響く。




“ え?光学……迷彩?灰色のミーティアとコメット? ”

“ うわ!何だこいつら!敵襲か?! ”

“ 撃ってきやがった!散開! ”




「識別コード不明機体、七機!『ミーティア』と『ミーティア改』周辺に出現しました!北北東、距離35000!」

「……何だと?!話がちが……いや、敵勢力か?艦長!」

「わからん。待て、今確認を取る」


 白い髭を顎下に蓄えた艦長のロブリオ准将が、秘匿通信回線に手を伸ばした。


“ ゼネット大佐!敵襲ですか! ”


 格納庫からの通信がOCCへと入って来た。


「少し待て!今確認中だ!」


“ アーデラ准尉搭乗機『レーゾンテートル』発進しました!次はどなたが来られますか! ”


「は?」


 ゼネットが周りを見回すと、銀髪の少女はいない。


 そして。


 青い焔を背面から吐き出しながら、空へと駆け上がっていく赤い機体が見えた。


「あっちゃあ……ワグルワットはっちゃけ中将『報連相』足んねえよ……」


 ゼネットは天を仰いだ。




 


 

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