第一章 龍姑娘 其の一、

 第一章 龍姑娘ロンクーニャン


 其の一、


 一九三〇年代、第二次世界大戦前夜——中国最大の都市、上海は、『冒険者の楽園』、『東洋のパリ』、『魔都』と呼ばれ、中国政府が統治する華界、フランスが治めるフランス租界、英、米、日本、その他列強が治める、共同租界の三つに分かれ、中国人は元より、世界中から、様々な人種が集まっていた。


 租界には、黒社会の三宝、売春、賭博、阿片、ありとあらゆる娯楽が揃い、陰謀、諜報、工作、数え切れない危険に満ちていた。


 共同租界には、上海一の歓楽街、四馬路スマロがある。


 四馬路の大通りから一本脇に逸れた人けのない石畳の路地を進むと、鬱蒼と茂った庭木に隠れて判り難いが、古民家のような茶館が一軒見えてくる。


 茶館は、宋の時代からある伝統的な喫茶店で、屋内や屋外、或いは、両方に卓子と椅子を並べ、お茶とお茶請けを出す。


 夕暮れ時、日が沈み、古民家のような茶館はますます、隠れ家のような雰囲気を漂わせていた。


 中国格子の扉の脇に出された看板は、草木に覆い隠されていたが、目を凝らせば読めない事もない。


 雨風に晒され、年季の入った看板には、『五色茶館ごしきちゃかん』、と書かれていた。


 予めここに茶館があると知らなければ、十人が十人、店がある事に気づかないまま、通り過ぎてしまう事だろう。


 だが、大通りに近いせいか、はたまた、知る人ぞ知る名店なのか、お客が全く来ない訳でもないらしい。


「ありがとうございました」


 茶館を出たお客を見送る為に扉を開けて姿を現したのは、歳の頃なら二十代前半、この店の主人と思しき、涼しげな目をした細面の青年だった。


 身長は一七五センチほど、青い長袍チャンパオの上から紺色の馬掛マーグワを羽織り、右の手首に腕輪を二つ、銅製の腕輪と、数珠状の棗の腕輪をしていた。


 今よりも遥かな昔、周の時代にこの世に生を受けながら、未だ青年の姿をしている、自動人形の偃師えんしだった。


 中国各地を放浪した末に、四川省しせんしょう乾元山かんげんざんで行き倒れ、通りがかりの老人に運よく助けられた彼が、なぜ、上海で茶館の主人などしているのか?


 偃師が大通りの向こうにお客の背中が消えたのを見送り、店内に戻ろうとした時、お客が帰ったのとは逆の方向から、怒鳴り声が聞こえてきた。


 怒号は一つではなく、だんだんと近くなってきた。


「……?」

 興味本位から、玄関先にある木立に隠れ、路地の向こうから、いったい、誰がやって来るのか待った。


 やがて姿を現したのは、矍鑠とした老人と、老人に手を引かれた、凛々しい顔つきをした少女だった。


 二人とも誰かに追われているように、背後を気にして足早に歩いていた。


「…………」


 偃師は眉を顰めた。


 ——祖父と孫娘、か?


 それにしては祖父らしき老人は旅装束のような姿で背嚢を背負い、孫娘らしき少女は良家のお嬢様を思わせる仕立てのよい衣服で、なんだか不釣り合いな気がした。


 その上、彼らの後を追ってきたのは、一目で堅気の人間ではないと判る、五、六人の強面の男達だった。


 偃師は二人の服装にこそ違和感があったものの、祖父と孫娘が休日を楽しんでいた所に、運悪くやくざ者に絡まれたのかと思った。


 だが、事はそう単純ではないらしい。


 祖父と思しき老人は、なんと、やくざ者が追いついてきたと見るや、真っ向からやり合い始めたではないか。


 老人が両腕を風車のように振り回したかと思えば、やくざ者達は皆、重い鞭のような打撃を受け吹き飛んだ。


「凄い」


 偃師は感嘆の声を漏らした。


 老人は中国武術の心得があるらしく、やくざ者を相手に、互角か、それ以上の戦いをしていた。


 少女も臆する事なく、二人のやくざ者相手に戦っていた。


 老人と同じ中国武術を身につけているらしく、全身を回転させ、掌から腕全体を振り下ろし、或いは、打ち上げ、相手を翻弄する。

 

 まだ幼さが残る顔立ちをしていたが、切れ長の目に宿る眼光は鋭く、中国武術の腕前は相当なものがあった。


 少女がやくざ者の一人を叩きのめした瞬間、彼女の膝の上にもう一人が飛び乗り、そのまま全体重をかけて踏み折ろうとしてきた。


 少女はすんでの所で身を捩り、骨折は免れたが、無理に動いたせいで右足を挫いたか、途端に動きが鈍くなる。


 老人は少女の窮地に助けに入りたくても、別のやくざ者に行手を阻まれ、思うように動けない。


「…………」


 偃師は彼らの素性に興味を覚え、物陰から目を凝らしていたが、誰一人、気づいていなかった。


「たかが老いぼれと小娘一人捕まえるのに、何をそんなに手間取っている!?」


 突然、怒声を浴びせてきたのは、やくざ者の親玉と思しき、精悍な顔つきをした中年男だった。


 背後には、更に五、六人のやくざ者が控えていた。


混江龍こんこうりゅう様! 相手は、あの劉家りゅうけ鏢師ひょうし、〝九紋龍くもんりゅう〟の史進ししんです! そう簡単には——!?」


 偃師はやくざ者の一人が訴えるように言ったのを、耳をそばだてて聞いていた。


 あの老人は『史進』という名で、少女は劉何某というらしい。鏢師と呼ばれているからには、ボディガードなのだろう。


「構わん! 劉家の犬も、〈応龍おうりゅうむすめ〉も、殺すつもりでかかれ!」


 混江龍の怒声に震え上がったのは、彼の手下達だけではなかった。


 偃師は足を挫いてまともに動けなくなっても尚、勇ましく戦っていた少女のか細い肩が、ぴくりと震えたのを見逃さなかった。


〈応龍の娘〉と呼ばれた少女は、すぐに気を取り直し、再び戦いに集中した。


〈応龍〉——今より遥かな昔、神々と人間が戦い争った時、人間である黄帝に味方した為、天に昇る事ができなくなった、鷹の翼を持つ龍の名である。


 もし、伝説の〈応龍〉と本当に関係があるとするのなら、少女は、そして、少女を追う混江龍達は、いったい、何者なのか?


 偃師は何も判らなかったが、警察を呼んでいる暇がない事は判った。


(どうする?)


 偃師は考えていた。


(どうすればいい?)


 茶館には今、お客は入っていない。


(あの二人を助けに行ったとしても、誰かに迷惑がかかる事はない)


「大の男がこれだけ集まって、老いぼれ一人、倒せんのか!」


 混江龍は憎々しげに言った。


 史進は立ちはだかるやくざ者を退け、ようやく少女の元に駆けつけたが、多勢に無勢、あっという間に茶館の路地に面した庭木まで追い詰められ、取り囲まれる。


「さっさとあの小娘を捕らえろ!」


 混江龍は史進が一歩も引かないのを見て、痺れを切らしたように言った。


 史進は庭木を背にする事で、背後を取られる事なくうまく戦っていたが、さすがに反撃に転じるまではいかず、少しずつ追い詰められていた。


 これが史進一人なら、隙を見て逃げる事もできただろうが、生憎、足を挫いた少女を守らなければならない。


 おそらく、このままではいずれ力尽き、地面に倒れ伏す事になるだろう。


 史進が倒れれば、たった一人、取り残された少女は、十中八九、やくざ者の手にかかって——


「一芝居打つ、か」

 偃師は史進が体勢を崩した隙をつき、やくざ者達が茶館の玄関先まで雪崩れ込んだのを見て、覚悟を決めた。


「てめえ、何者だ!?」


「俺達の邪魔するなら容赦しねえぞ!?」


 偃師が老人と少女を庇うように出てきた瞬間、やくざ者達は口々に叫んだ。


「ここは私の店ですよ?」


 偃師は迷惑そうな顔をして言った。

 

 史進と少女は不安そうな顔をして、事の成り行きを見守っていた。


「何だてめえ!?」


「てめえも一緒にやっちまうぞ!?」


 やくざ者達は、一触即発といった雰囲気だった。


「別に貴方達の邪魔しようだなんて思っちゃいませんよ! ほらね、と!」


 偃師は言うや否や、背後の史進に殴りかかった。


「じ、爺!?」


 少女は目を瞬かせて驚いた。


「!?」


 史進は咄嗟に偃師の拳を受け止めたまではよかったが、動きが止まった所を利用され、投げ飛ばされてしまう。


「まだ逆らう気か!?」


 しぶとく起き上がって来た史進と、正面から掴み合い、激しい揉み合いになる。


 混江龍達、やくざ者は、二人が路地まで出てきた事で、囲いを広げた。


「爺!?」


 少女は心配そうに呼びかけた。


「……悪いようにはしません! 私の言う通りにして下さい!」


 と、偃師は揉み合うふりをしながら、史進の耳元で囁いた。


「……何のつもりだ?」


 史進は当然の如く、怪訝そうな顔をした。


「あちらさんはお茶を飲んでゆっくりという感じじゃありませんが、私はお客様なら歓迎するし、できるだけの事はさせて頂こうかと」


「自分の店の前だというだけで、こんな面倒ごとに首を突っ込むのか」


「はい」


 偃師は悪戯っぽく笑った。


「……お主、変わり者だな」


 史進は呆れたように言った。


「商売熱心なだけですよ——一芝居、付き合ってもらえますか?」


「他に打つ手もない、いいだろう」


 偃師は返事を聞くなり、史進の事を叩き伏せて、足蹴にした。


「ふん、人の店の前で傍迷惑な奴だ。ようやく、大人しくなったか。あとはあの娘だな?」


 偃師が少女に視線を移すと、混江龍達は彼が何をするつもりなのか、様子を窺っていた。


「よくも爺をやってくれたな!」


 少女は偃師をキッと睨みつけた。


「悪いね」


 偃師は口では謝ったが、何でもないような顔をして紺色の馬掛を脱ぎ、何を思ったのか、少女に投げつけた。


「きゃ!?」


 少女は馬掛に視界を遮られ、次の瞬間には、偃師に羽交い締めにされていた。


「お前さん方、このお嬢さんがお望みなんだろう?」


 偃師は手際よく少女の身動きを封じ、混江龍達に聞いた。


「だったら何だ? 貴様にどうこう言われる筋合いはない、その小娘をさっさと渡せ!」


 混江龍は鋭い声で言った。


「私に触るな! その汚い手を離せ、卑怯者!」


 偃師が混江龍の元に歩み寄って行こうとすると、少女が騒ぎ出したので、足が止まった。


「手洗いとうがいはちゃんとしているんだけどね」


「そんな事を言っているんじゃない! あいつらが何者なのか判っているのか!?」


「私はただ店の前で騒ぎを起こされちゃ堪らないってだけさ」


「だからと言って寄ってたかって人を追いかけ回すような連中に手を貸すのか!?」


小姐シャオジェがうちでお茶を飲むというのなら、後でゆっくり話を聞かせてもらおうかな」


「ふ、ふざけるのもいい加減にしろ!? こうなったら——!」


「かくなる上は舌を噛み切って死ぬ、か? せっかくここまで苦労して逃げてきたんだとしたら、犬死じゃないのかな?」


 偃師は生真面目な印象がある少女が言いそうな事を想像して、ここで死んでも何もならないという風に笑った。


「!」


 少女は死ぬ覚悟を笑われた途端、睫毛を震わせて涙ぐんだかと思えば、偃師の腕の中で、駄々っ子のようにじたばたした。


「大丈夫だよ」


 偃師は少女の耳元に顔を寄せて、彼女にしか聞こえない声で言った。


「史進先生と一芝居打っているだけだからね」


 偃師は先程までのふざけた調子とは打って変わって、落ち着いた口調で言った。


 ——大丈夫だよ。


「…………」


 少女は何か思い出したように、ふと静かになった。


「まさか今日ここで、自殺する為に功夫を積んできた訳じゃないだろう。それなら、これから何をすべきか、自ずと答えは出るんじゃないかな」


 偃師は優しく諭すように言った。


「……本当? 本当に、大丈夫?」


 少女は心細そうな顔をして聞いた。


「ああ、もちろん。史進先生も気絶したふりをしているだけだからね」


 偃師は傍目には少女の事を羽交い締めにして、混江竜の元にゆっくりと歩いて行く。


 先程、史進ともみ合うふりをした事で、混江龍達は僅かに後退し、路地の脇が空いていた。


大哥ダーグァ!」


 少女は偃師の返事を聞き、感極まったように言った。


『大哥』というのは、年上の男子に対する尊称である。


「しーっ、連中に怪しまれるよ」


 偃師は少女の態度が急に変わったので、驚いた顔をして言った。


「大哥のお名前は! お名前は何と仰るのですか!?」


 少女は興奮した様子で言った。


「私ですか? 私の名前は——」


 偃師が返事をしようとした時、


「お前達、何をぐちゃぐちゃと喋っている!?」


 混江龍が痺れを切らし、叱責を飛ばして来た。


「この娘、往生際が悪くてね。黙らせるのに手間取っただけだよ」


 偃師が地面に落ちていた馬掛を拾い、何気ない様子で羽織ると、少女は偃師の脇に隠れるようにして立った。


「やれ!」


 混江龍は偃師と少女の行動を不審に思い、警戒心を露わにして手下に命じた。


「さっさとこっちに来い!」


 混江龍の手下の一人が、少女に乱暴に手を伸ばした。


「その子に触るな!」


 途端、偃師は右手の手首に嵌めた二つの腕輪のうちの一つ、銅製の腕輪を外し拳鍔のように握り締めると、少女に手を出そうとした混江竜の手下の顔面に容赦なく叩き込んだ。


「!?」


 混江龍の手下は悲鳴も上げずに背中から綺麗に倒れ、身動き一つしなくなった。


「この野郎、やる気か!?」


「いい度胸じゃねえか!! 覚悟しろよ!?」


 混江龍の手下は色めき立ち、偃師に殺到した。


「望むところだ」


 偃師は銅製の腕輪を手首に嵌め直し、懐をまさぐった。


「何か仕掛けてくるぞ!」


 混江龍はいち早く危険を察知したが、警告は間に合わなかった。


「〈金磚きんせん〉!」


 偃師はまるで、煉瓦のような掌大のもの——〈金磚〉を懐から取り出し、無造作に宙に投げた。


 不思議な事に〈金磚〉は宙空に留まり、突然、レーザー光線のようなものを全方位に発射した。


「な、なんだこりゃ!?」


「ぎゃあ!?」


 偃師の事を取り押さえようとして近づいてきた混江龍の手下達は、全身を無数の光線に貫かれ、地面をのたうち回った。


 身体中、至る所に指先大の穴を開けられたが、〈金磚〉の光線は熱線らしく、傷口を焼かれた事で、流血は見られなかった。


「今だ!」


 偃師は手元に落ちてきた〈金磚〉を胸にしまうと、この機を逃すまいと少女の手を引き、史進ともみ合った時にできた囲いの隙間から逃げ出した。


「くそ! いったい、何が起きた!?」


 混江龍は手下の一人を盾にして、命拾いしていた。


「逃がすな、追え!」


 自分の身代わりとなって蜂の巣になった手下をぽいと投げ捨て、足元で傷つき呻く手下達に向かって叫んだ。


「大哥!?」


 少女は偃師に手を引かれながら、ふと後ろを見て、悲鳴のような声を上げた。


「史進先生!?」


 偃師が驚くのも無理はなかった。


 史進は一緒に逃げる手筈だったにも関わらず、自分から敵の真っ只中に飛び込み、大立ち回りを演じていた。


「時間稼ぎにしても敵の懐に入りすぎだ!?」


 偃師は先に少女だけ逃がして、踵を返した。


「こんな所で死ぬ気ですか!?」


 偃師は混江龍の手下を体当たりで跳ね除け、史進に言った。


「なぜ、戻ってきた!?」


 史進は老いさらばえた身体のどこにそんな力があるのか、混江龍の手下達を見事な中国拳術で叩き伏せていた。


「史進先生こそ、あの小姐と逃げた方がいいんじゃないですか!?」


 偃師は史進のそばに行って共闘する。


「逃げる事ができない訳があるんでな」


 視線の先にいるのは、親玉、混江龍だった。


「こんな所で格好つけて何になるっていうんですか! 貴方がいなくなったら、あの小姐は——!?」


 偃師は乱闘の最中に、史進の姿を見失った。


「な!?」


 偃師は史進の姿を見つけ、我が目を疑った。


 なんと、つい先程まで獅子奮迅の勢いだった史進が、地面に倒れ伏しているではないか。


 驚くべきは、それだけではなかった。


「貴方達は何者なんですか?」


 偃師は警戒心から、距離を取ってから聞いた。


「他に人影はない——お前達、存分にやれ!」


 混江龍は自分達に対し、偃師が警戒心を露わにしたのを見て、北叟笑んだ。


 混江龍の手下達はまるで人間と爬虫類を掛け合わせたような、全身、翡翠のように美しい緑色の鱗に覆われた異形の者と化していた。


 彼らの両の眦は吊り上がり、被膜が付いた瞳は金色に輝き、口は耳まで裂け、両手には鋭い鉤爪が生えていた。


 長袍の臀部には予め切れ目があるのか、長く太い尻尾がゆらゆらと動いているのが見えた。


 その上、〈金磚〉によってできた傷も、変身した事で塞がったらしい。


 化け物、だ。


「……そ、そいつらは、〈龍幇ロンパン〉だ」


 史進はなんとか立ち上がり、呻くように言った。


「あの〈青幇チンパン〉さえおいそれとは手出しできない、黒社会の新興組織、見ての通り、普通の人間ではない!」


 黒社会は中国の犯罪組織の事で、いわゆる、三宝、黄(売春)、賭(賭博)、毒(阿片)を、主な資金源としている。


〈青幇〉は一大勢力だったが、その〈青幇〉をしておいそれとは手出しできないという、〈龍幇〉がどれだけ恐ろしいかは、彼らが人ならざる者に変身している所からも、推して知るべしであろう。


「無理は承知の上で頼む……お主しか頼れる者がおらんのだ。このままお嬢様を連れて、できるだけ遠くに逃げてくれ!」


 偃師の返事も待たずに、たった一人で〈龍幇〉に立ち向かって行く。


「そんな事言われたって、史進先生を置いてきぼりにできる訳ないでしょう!」


 偃師は右手の手首に嵌めた銅製の腕輪を外し、拳鍔のように握りしめ、史進に加勢した。


「何!?」


 史進は驚きに目を見張った。


 偃師は異形の者に変身した〈龍幇〉相手に怯むどころか、加勢に入ってきた上に、対等に渡り合っている。


 彼が意のままに操る〈金磚〉なる武器にしても、どう考えても普通ではなかった。


「お主、只者ではないな?」


 史進は半ば驚愕し、半ば感心したように言った。


「私の事なんかより、早くここから逃げないと!」

 

 偃師は〈龍幇〉と打ち合いながら、史進に逃げるように促した。


「お前ら、束になってかかれ! 妙な武器を使わせるな!」


 混江龍の命に従い〈龍幇〉の構成員達は、偃師達に休む暇を与えず襲いかかった。


「早く私の背中に乗って! おんぶして行きますから!」


 偃師は周囲の〈龍幇〉をなぎ倒して、史進に言った。


「お主、名はなんと言う?」


 史進は素直に相手の背中にその身を預けて質問した。


「偃師——『五色茶館』 の老板ラオバンですよ」


 偃師は名を名乗ると、大通りに向かって走り出した。


「大哥! 爺! 早く早く! こっちこっち!」


 少女は大通りを目の前にした路地の外れで、待ちくたびれていたように、偃師達に一生懸命、手招きした。


「逃すか!」


 混江龍達は血相を変えて、追いかけてきた。


「全く二人揃って『大哥』だの『只者じゃない』だの、さっき出会ったばかりだっていうのに、買い被りすぎじゃないですか!?」


 偃師は少女が待つ路地の外れでふと立ち止まり、〈金磚〉を空に投げた。


「今度来た時には是非、お客様としてお茶を楽しんでもらいたいですね」


 偃師はにやりと笑い、混江龍達が来るのを待ち構えた。


「お前ら、隠れろ!?」


 混江龍は〈金磚〉の全方位の攻撃を警戒し、手下達に慌てて周囲の木々に隠れるように言った。


「二人とも目を瞑って!」


 が、偃師が叫んだ瞬間、〈金磚〉から放たれたのは、レーザー光線のようなそれではなく、照明弾のような爆発的な光だった。


「ぎゃ!?」


 混江龍達はまんまと視界を奪われ、足止めを食った。


「お、おのれ! あの男、何者だ!?」


 視力が戻った時には、大通りには極彩色のネオンサインが輝き、人力車である黄包車ワンパンツォや、自動車が行き交っているばかりで、偃師達の姿は消えていた。


「お前、確か鼻がきくな? 何人か連れて、奴らを追え!」


 混江龍は悔しげに言った。


「お前とお前は、奴の店を見張っていろ! 誰か戻ってきたらすぐに連絡しろよ! 残りの者は一旦、アジトに戻る! ついて来い!」


『五色茶館』に見張り番を二人残し、鼻がきく者を選び、追っ手を放った。


「どこの誰だか知らないが、絶対に見つけ出して、なぶり殺しにしてやる!」


 混江龍は一見、冷静なようだったが、その目は復讐に燃え、偃師の顔を思い浮かべて、憎々しげに言った。

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