第10話 迷い込む

「正昭.....過去に来たってそれ本当の話か?」


「ああ.....。残念ながら」


あまりにも信じられない言葉だが

二有無はガクッと項垂れる

今見ている光景が昔の光景と酷似していたからだ


「状況を整理しよう」


そう正昭は波で飲み込まれている町を見ながら言った


「俺たちは今、本当に10年前の過去にタイムスリップしている。これは確定だ」


「.....僕がなんかしたからか?」


「いや。俺たちは過去にタイムスリップした理由は『思い』だな」


「思い?」


「詳しくはこの本に書いてある。数ページしかないから読んでみて欲しい。これはとある男が記録みたいなものだ」


そう言って正昭はカバンから出した薄い本を二有無に渡した

二有無は素早くそれを受け取り中身を開く


【一羽村 記録】


一羽村にとある重大な事件が発生した

それについて書いていこうと思う


朝起きたら、私は村には誰もいなかった

不思議に思って村を探索してみると奇妙な事が起こった


村に隣接している海岸の方に高い高い波が見える

また周りの家が江戸時代で使われるような古い家ばかりになった


これは夢かと思った

だが違う、温度を感じる

痛みを感じる

これは夢ではない、現実である


海岸の方で高く上がっている波は村を飲みこみあらゆるものを破壊する

こちらまで届いた水の冷たさを感じる


私はこれらのことから察するにどうやら過去に来てしまったようだ

それも、この一羽村を襲った津波が来た日に

5年前のあの日に


心当たりはある

私は数日前、海岸である少女を助けた

その子は孤独を感じ、あいを求めていた


恐らくだがその子はその5年前の地震の日に津波に飲み込まれてしまった人なのかもしれない

だが、その子は未練を感じ現世にとどまった

一人孤独のまま何年も何年も


津波に飲み込まれてしまった人たちの思いが私を過去に連れてきたのかもしれない

私を災害で死ぬことで、自分たち死後の世界に入らせているかもしれない

孤独を埋めるために


彼女は悪意を持っているのかもしれない

ただ、長年孤独で苦しんでしまって犠牲者を増やしたいという思いにたどり着いたのは共感できる

私も孤独を感じ苦しんでいた一人だからだ


だが、これを読んだ人たちは気を付けて欲しい

夜中の災害が起きた日の直前に海岸で誰か見つけても声をかけないで欲しい


死ぬからだ

孤独を感じても彼らと一緒に行くな

彼らに魅了されてしまったら終わりだ


5年前の地震の日に来るからだ

彼らは死後の世界に連れて行ってしまう


戻り方は.....分からない

はは.....まだ私にも生きたいという意思が残っていたなんて驚きだ

今、必死に高台に走っている


だが、もうそろそろ波が到達しそうだ

いくら逃げても無駄だろう

伝承ではこの津波はこの村を軽々と超えて、山を越えて、はるか遠くまで到達したらしい


何だか怖いな

死ぬってこういう気持ちなのか


もう私の命も残り数ページに到達しそうだ

最後に言いたいことがある





『お前もこっちの世界に来い。歓迎する。俺たちだけでは少なすぎる』


ページはここで途切れていた


「はは.....。死ぬしかないのか?」


最後のページを読み、二有無は鳥肌が立つ


「つまり、この本が言いたいことは死ねってことか?」


二有無は涙を流しながらも笑いながら隣にいる正昭を見つめた

前方には荒れ狂う津波が押し寄せている

もうじき、この山のふもとまで来るだろう


正昭は涙を流している二有無に言った


「いや、そういうことではじゃない。重要なのは彼女たちは孤独を感じていることだ。お前が同じく孤独を感じているから惹かれあったのだろう。俺も孤独を感じていた」


「え!?」


予想外の答えに二有無は声を上げた


「手伝って欲しい。この過去の世界はまだ間に合う。孤独を埋める、それが俺たちにある最大のやれることだ」


正昭は二有無の手を取り上へ引っ張る


「藍火に会いに行くぞ」


そう正昭は言った

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