レッスン9 ベストカップル

ベストカップルコンテスト(ベスコン)

 小暑温風至。前期試験も終わりに近づき、もうすぐ夏休み。


7/11(月) 12:50 p.m. (男子バレー部部室)


「暑い、どこか涼しい高原の避暑地で夏合宿でもしたいよな、女子と一緒に」悠一

「俺たち、そんな金ないだろ」智裕

「空しいな、今年の七夕は雑誌眺めてるうちに終わったし」悠一

「そう言えば、うちの大学、7月20日にベストカップルコンテストをするそうだ」湊

「何で7月にカップルコンテストするんだ、熱々のカップルなんて暑苦しいだけだろ」悠一

「少し違うな、勝手にミスター東大寺とミス東大寺を選んで、くっつけちまうみたいだ」湊

「勝手にやっとけ、それより俺たちの高原の夏休みだ」悠一

「ベストカップル・グランプリ獲得者とその推薦者は宮古島に招待されるらしい」湊

「宮古島?それ使えるんじゃないか、グランプリ獲得して合宿に行こうぜ」悠一

「宮古島って高原じゃないだろ、滅茶滅茶暑いんじゃないか?」智裕

「夏が暑いのは当たり前だ。裸でビーチバレーだ!」悠一

「そっちの方が楽しそうじゃん」湊

「決まりだな。俺たちには恒星がいる、女子も片岡、上野だぞ、絶対勝てる!」秋葉悠一



 第二体育館入口の正面に並ぶ2本のケヤキ、ニイニイゼミが鳴いているそのケヤキの木陰で、部活前の秋葉悠一と渋谷智裕が上野和香と片岡瑞穂に頭を下げている。


「でないから」上野

「無理、だって私は大和君に振られたんだよ」片岡


 ニイニイゼミが鳴き止まぬうちに、何事もなかったように去って行く二人。


「あっさり断られたぞ」悠一

「ベスコンって無理やりカップルにされて、1年間大学行事で見せ物にされるらしい」湊

「まともな女子はでないそうだ」智裕

「確かに女子は性格悪そうなのばっかし出てる」湊

「目白はどうだろ、あいつなら性格も悪そうだ」悠一

「出るわけないだろ、もっと無理だ。余計なこと言うなよ、投げ飛ばされたくないからな」湊

「仕方ない、皆んなで上野に土下座してみるか」悠一



 秋葉悠一、大塚湊、渋谷智裕が部室に戻ると、聡一郎と神田淳がベンチに向かい合って座り、団扇うちわでお互いを扇ぎあっている。


「暑い〜い、あっくん、茶道部にかき氷食べに行かない?」聡一郎


 目黒先生にかき氷機を買っ貰ったから、実家から貰ったシャインマスカットやマンゴーを凍らせてある、美味しいよ、と言いながら団扇で扇ぐ聡一郎。


「ちょっと待て、こいつがいる」悠一

「確かにルックスは悪くない。いや、可愛い」湊

「男でも良いのか?」智裕

「男が駄目だなんて言えないだろ、LGBTに対する偏見だ、人権問題になる」悠一


「聡一郎、おまえもっとちゃんとしてみろ」悠一

「暑いから、無理」聡一郎、あっくん、しっかり扇いで。

「無理なわけないだろ。背筋を伸ばして、口も閉じて、そう、目の焦点を合わせる」悠一

「やっぱりいけるんじゃないか、おい、髪もといてやれ」、髪をとかす大塚湊

「何してんの?」団扇で扇いでいた神田淳の手が止まる。

「向こうで話そう」と渋谷智裕が神田淳を部室のシャワールームに連れて行く。


「聡一郎、こないだ読モした時、髪切ってたよな?あれどこでやって貰った?」悠一

「戸城一里さん、当麻の髪を切ってる人」聡一郎

「すぐ予約だ」悠一


 シャワールームから戻って来た神田淳がさっそくウェブで検索する。


「予約しなくても、いつでもただでやって貰える?じゃあ何で行かない」悠一

「そうだ、行かないと不味い」聡一郎


『一里さんと花を生けるって約束してたんだ』


「よし!だんだん、希望が見えてきた」悠一

「何?希望って」聡一郎

「気にするな、おまえには関係ない」悠一

「何なんだろ。あっくん、やっぱりかき氷食べに行こ、水出し緑茶も冷やしてる」聡一郎

「駄目だ、聡一郎はしばらく淳とは離れとけ」悠一

「何で?」聡一郎

「淳のだらしないのが憑ると不味い」悠一

「何、それ。あっくん、良いのか?」聡一郎

「そうだ、憑ると不味い」神田淳

「良いのか、じゃあ1人で行く」聡一郎


『何か笑えないな、今日のあっくんは』


「待ってろよ、宮古島!その前に聡一郎に納得して貰わないとな」悠一

「納得するのか?(しないだろ、しかも相手は恒星だぞ)」湊

「だから、上野に頼みに行く」悠一

「やっぱり自分は説得しないんだ」湊

「当たり前だ。それにバスケ部には絶対言うな、当麻にバレると不味い」悠一


***


 再びニイニイゼミが鳴いているケヤキの木陰で上野和香にお願いする秋葉悠一。


「橘君?ベスコンって女子はミスを推薦するんだよね」和香

「だから聡一郎、恒星には無理だろ」悠一

「何考えてるの?」和香

「夏合宿のことに決まってるだろ。バレー部1年の男子5人が恒星をミスターに、女子5人が聡一郎をミスに推薦する、2人ともグランプを獲得すれば、タダで12人が宮古島に行ける」悠一


「秋葉君が夏合宿に行きたいだけじゃない」和香

「そうじゃない、聡一郎も晴れて恒星と付き合える。良い話じゃないか」悠一

「無茶苦茶な話してる、2人とも嫌がるよ」和香

「大丈夫、2人はベストカップルになれる」悠一

「駄目だよ、私は橘君のファンなんだから」和香

「続くわけない!ベスコンのカップルは絶対上手くいかないって聞いた」悠一

「相変わらず適当なこと言うね、感心するよ」和香

「適当じゃない、俺は真剣だから」悠一


「やっぱり無理だよ、大和君が怒ると怖いよ、橘君だって絶対嫌がるよ」和香

「だから上野に頼んでる、チームをまとめるのがマネージャだろ?」悠一

「マネージャが困らないようにチームがまとまるんだよ、仕事をふやさないで欲しい」和香


 立ち去ろうとする上野の腕を掴んで引きとめる秋葉悠一


「悪いけど諦めない。しつこいのが取り柄だから」

「それ取り柄じゃないよ。熱海に日帰りで良いじゃない」和香

「熱海に日帰り?何言ってんだ、絶対駄目だ!バーベキューも花火も出来ない。もっと夢を膨らまそう!旅費とホテル代をうかせれば、神戸牛も伊勢海老だって買えるぞ」悠一

「私、少食だから」和香

「え〜い、清水の舞台から飛び降りろだ、女子には素敵な水着もプレゼントする」悠一

「それ秋葉君が嬉しいだけだよね」和香

「だったら上野が出てくれ、上野が出てくれないから聡一郎に頼むんだ。どっちかに決めてくれ」悠一


「何かもめてるのか?」部活の練習に来た目白綾乃と片岡瑞穂が近づいて来る。

「何ももめてないから、手を離して」悠一

「ああ、悪い、怪しい奴にはこうなる」目白綾乃が秋葉悠一の襟元を掴んでいた手を離す。



(3:50 p.m. )


 第二体育館前。2本の大きなケヤキの木陰で「チー…ジー…」と繰り返し鳴いていたニイニイゼミが「チッチッチ…」と鳴き終わり、梅雨明けの明るい空に飛んでいく。


「和香ちゃん、皆んなで行こうよ」瑞穂

「瑞穂ちゃんは優しいな、俺、泣けてきた」目を潤ませる秋葉悠一

「どうせ私は優しくないですよ」和香

「秋葉は泣かない、和香も怒んない。だいたい気にすることか?聡一郎と大和はいつも一緒なんだし、カップルみたいなもんじゃない」綾乃

「そうだけど、何だか気がのらないな」和香

「心配しなくても良い、私も一緒に頼んでやるから」綾乃



(4:15 p.m. 茶道部)


 東大寺学院の大講堂に続く桜並木、その北側に旧寺院の遺構で国の史跡にも登録されている日本庭園がある。手入れも行き届いた池泉庭園には五郎池があり、緑の水面には睡蓮が浮かび、菖蒲が水辺を覆っている。五郎池にかかる朱色の太鼓橋を渡ると、竹林とカシの木に隠されていた露路(茶庭)が現れる。そのカシの木陰で人知れず夏椿が咲いている。苔むした露路には飛び石が配置され、その隙間をうめる露草のブルー、待宵草のイエロー、生垣越しに揺れる虎の尾のアイボリーが控えめに彩りを添えている。


「都心だと思えないね、空気が新鮮だ」和香

「新鮮と言うより、この甘い洋菓子の香りはシュールだよ」綾乃


 飛び石の上で着物を着た男の子と女の子が遊んでいる、上野和香とハルの目と目が合う。

『シュールか、でも可愛い』

 露路の奥に控えている数奇屋風の書院と茶室兼持仏堂が一続きになった家屋が茶道部である。玄関から上がると、2つの和室に、縁座敷のある広間、書院が続き、その奥に、阿弥陀如来像が安置されている4畳半の茶室がある。広間は茶室とは別に、鎖の間、水屋にも続いていて、聡一郎はその水屋を調理場として使っている。


 上野和香と目白綾乃が水屋に入ると、聡一郎と当麻がふわふわのシャインマスカットのかき氷を食べている。急速冷凍したシャインマスカットをそのまま薄く削って、マスカルポーネのチーズで包み、抹茶のシロップをかけたものだ。生クリームのドームの中に、サクサクふわふわのマンゴウを忍ばせて、シナモンをかけたものと一緒に試作したので、当麻に食べ比べて貰っている。


「付き合ってんのか、二人は。何であーんしてる?」綾乃

「何でって、こうしないと当麻が食べないって言うから」聡一郎


 聡一郎がシャインマスカットをスプーンにすくって当麻の口に運んでいる。


「美味しいっ!」幸せ一杯の溢れる笑顔で、あーんする当麻。

「おまえ、わざとらしいから、もういい」聡一郎

「何で、本当に美味しいんだって」当麻

「本当に美味しいそうだよ」和香

「本当に?じゃあ、食べて貰おうかな、作りすぎて余ってる」聡一郎、

「当麻はもういいから、自分で勝手に食べて」

「ええ――っ!」

「私が食べさせてあげようか?」にっこり笑う上野和香

「自分で食べる」


***


 茶室兼持仏堂、阿弥陀如来像の前に四人が横並びで正座してかき氷を食べている。


「何か分からないけど、美味しいよ」綾乃

「冷たいシャインマスカットとマスカルポーネ、そして阿弥陀如来か、シュールだね」和香

「ただのかき氷だよ。それより、シャインマスカットとマンゴー、どっちが好き?」聡一郎

「私はシャインマスカットの方が好きかな」和香

「何だ、上野はマスカットか、甘いな。俺は橘の方が好きだ」当麻


 いやな顔するな。


「あんたは本当に馬鹿だな、笑えるわ。何だか応援したくなってきた」綾乃

「綾乃、絶対駄目だから」和香


「何、その勝ち誇った顔、やめて欲しい」和香


「そうだ、夏合宿で宮古島に行くんだって、聡一郎も行くよね」綾乃

「宮古島?凄く唐突な気がするけど、マモルくんには会いたい」聡一郎

「マモルくん?何だ、知り合いがいるのか、じゃあ決まりだ」綾乃

「決まりだな、俺も行く。マネージャーだから当然だろ」当麻


「藤原君、余計なことかも知れないけど、バスケ部は大丈夫なの?」上野和香

「大丈夫だよ。バスケの練習だったら、リモートでもできる」当麻

「リモートで練習するの?おもしろそう、俺も参加したい」聡一郎


「だろ、一緒に練習しような」

「リモートってどうやるの?」

「これから考えるの、橘も考えてみて」

「そう言えば、水上バイクがあった、使えるかな」「マジか?」


「良かったね、楽しそうじゃない、ホテルも凄い高級ホテルに泊まるらしい」綾乃

「バレー部ってそんな予算あったんだ」聡一郎

「凄いよねーっ、確かホテルの名前は、、和香、覚えてる?」綾乃

「Hotel Mandarin Orange」和香

「あれ、そうなんだ、それは凄い」聡一郎

「行くで良いよな?」綾乃

「絶対行く(だから、橘は俺が連れて行く)」当麻


「ありがとう。言っとくけど、藤原君は自腹だからね」和香


***


 桜並木を横切り、第二体育に向かう目白綾乃と上野和香。


「ちょっと綾乃、あんなので良かったの」和香

「良いでしょ、行きたがってたじゃない」綾乃

「行きたがってたのは、藤原君だったよ」和香

「どっちでも一緒じゃない」綾乃、「それに」と折りたたんだチラシを上野に渡す。

「何これ?」上野和香

「ベスコンの案内、本人の同意が必要なんて書いてない」綾乃

「マジっすか、秋葉のアホーッ!」和香


***


(7/13(水)12:50 p.m.カフェテリア2階)


 事務室が並ぶ一角に設置されたベスコンの推薦受付場。秋葉悠一と聡一郎が恒星の推薦状を届けに来ている。


「大丈夫なのか?恒星を推薦して」聡一郎

「心配するな、本人には黙っておく。どうせ恒星は気づかない」悠一

「いや、俺はベスコンの主催者の方を心配してる」

「心配するな、おまえも出てる。おまえが何とかしてくれ」

「何とかって、俺もか?」

「そうだ、男でミスに出てるのはおまえだけだぞ」

「しかもミスか?」


 壁に貼られたミスの候補者の中に、聡一郎の写真がある。懐かしい七夕の時の写真だった。本当に出てる。


「仕方ないだろ、ミスに碌なのが出てない、大和撫子はどこに消えたんだ」悠一

「知らないよ」聡一郎

「冷たいこと言うな、恒星が可愛いそうだろ」

「だったら、推薦するのをやめれば」

「それは困る。ともかく、何とかしてくれ。おまえだってミスに選ばれたことないだろ」

「まあ、ミスはないな、俺、男だし」

「気にするな、男とか女とか区別してたのは平成までだ」

「分かったけど、何のつもりだ?」



 カフェテリアで聡一郎が、秋葉悠一の奢りで、ジンジャーブレッドラテを飲んでいる。


「夏合宿ってそういう話しだったんだ」聡一郎


「だったら、何で上野さんとか、瑞穂ちゃんに頼まないの?」聡一郎

「駄目、聡一郎の方が絶対可愛い」悠一

「俺の方が可愛い?相変わらず胡散臭い」聡一郎

「でも、女装は無理だから。万一、汐音ちゃんに似てたら、殺される」聡一郎

「ええ――っ!」悠一

「グランプリ取れなくても俺のせいじゃないからな」聡一郎

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