それぞれの幸せ
(12:10 p.m.)
カフェテリア、聡一郎が恒星とランチを食べている。
今日も注目されてる気がする、こいつといるから余計に見られてる。なのに平然とカレー食べてる、おまえには感受性というものがないのか?
「おまえ何か俺に言いたいことあるのか?」恒星
「一応、あるんだ。意外」聡一郎
「相変わらず意味不明だな」
「俺は注目されるのに慣れてないから落ち着かないの。おまえ良く平気でいられるよな」
「気にしても仕方ない」
「毎日、カレー食べてるのも気にならないのか?」
「気にした方が良いのか?」
恒星がスプーンを止めてカレーを見つめている。
おまえら目立ち過ぎ、ゴーヤチャンプルのプレートを持った秋葉悠一が加わる。
「聡一郎もわざわざ恒星と一緒にいることないだろ、一緒にいるなら淳にしとけ」悠一
「そうか、あっくんといれば良いのか」聡一郎
「その方が無難だ。あれ?その雑誌、恒星も読んでんだ(意外だな)」悠一
「昨日、藤原に押しつけられただけだ。俺はファッション雑誌なんて読まない」恒星
「勿体無い、瑞穂ちゃんの浴衣姿は可愛いぞ。聡一郎はずるいよな、瑞穂ちゃんとずっと手繋いで、楽しそうにして」悠一
「良かったな」恒星
「調子にのって当麻とキスまでしてるし」悠一
「してないよ、当麻もそう言ってただろ(悠一、余計なこと言うな)」聡一郎
「そうか、これはキスしてる気がするけどな(おまえばっかり、不公平だ)」悠一
悠一、食事中に雑誌を見るのやめよ、会話を楽しもう、と雑誌に手を伸ばす聡一郎。
「おまえ、お台場で夕陽を見てたって言ってなかったか」恒星
「見たよ、海に溶け込む凄いのを。見つけたぞ!って感じだった」聡一郎
「見れないだろ、目を瞑って、藤原とキスしてたら」恒星
「見てんじゃん!おまえ、ファッション雑誌なんて見ないって言わなかったか?」聡一郎
「見えただけだ」恒星
「だったら、瑞穂ちゃんの浴衣姿の方を見て」聡一郎
「橘、何で未だ大和と一緒にいるんだ。約束と違う」当麻
「当麻、あっちで食べたら、健吾がいるよ(今はめんどくさいから、あっちに行ってて)」聡一郎
「駄目、朝は大和に譲ったけど、午後は俺が橘の誕生日を祝うの。取り敢えずケーキでも食うか?」
「何で誕生日って知ってる?」聡一郎
「調べたから知ってる、それくらいしないとキスしない」当麻
「ちょっと待て、キスしてないだろ。おまえ、ほっぺた舐めただけだろ」聡一郎
「良かったな、どっちでも良いんじゃないか」恒星
「大和に言っとくけど、それマーキングだから、大和は橘に手を出すなよ」当麻
「マーキングって何?」聡一郎
「俺のものって印、好きなものを取られないようにしとくの」当麻
「適当に好きって言うな」聡一郎
「俺のこと嫌いか?」当麻
「好きだよ」聡一郎
「同じだな」当麻
「同じじゃないだろ!」聡一郎
じゃまみたいだなと席をたつ恒星。
「ちょっと待て、誤解したまま行くな」聡一郎
「誤解してないよ、さっさと消えろ」当麻
入れ替わりで、聡一郎を探していた上野和香が恒星がいた席に座る。橘君と声を掛けようとして、藤原に気が付き、お互いに嫌そうな顔をする上野と当麻。実は二人は良く似ている。
「何で藤原君が一緒にいるの?橘君と大和君にちょっかい出すの、やめた方が良いよ」和香
「ちょっかいって何だ、橘はこれから俺とケーキを食べにいくの」当麻
「駄目だよ、橘君はこれから私たちと一緒にケーキを作るんだから」和香
「あれ、そうなの?」聡一郎
「そうだよ、皆んなで橘君の誕生日をお祝いするんだよ」和香
「馬鹿じゃないのか?だったら何で橘が作るんだよ」当麻
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。橘君は食べるより作る方が好きだし、バレー部の皆んなに食べて貰う方が喜んでくれるの。トンマもそれくらい考えろよな、アホ!」和香
「なるほど、だったら俺も手伝う。何もしないで食べるのは悪い」当麻
「悪くないよ、バスケ部の藤原君の分まで作らないから」和香
「何言ってんの、俺は橘のプライベート・マネージャーだぞ、バレー部に決まってるだろ」当麻
「だったら、俺も当麻と一緒にお祝いする」悠一
「相変わらず悠一は心がこもってないな、それに何で当麻と一緒になんだ?」聡一郎
「聡一郎のことは当麻に任せて、俺は上野さんたちとケーキを作る、妙案だろ」悠一
「妙案だな」当麻
「妙案じゃないよ、俺も上野さんたちとケーキを作りたい、当麻のことは悠一に任せる」聡一郎
「馬鹿言うな!当麻が可哀想だろ(偶には俺にも協力しろ)」悠一
「可愛いそうなのは悠一だ、俺も上野と一緒で我慢する」当麻
「だったら、俺も上野と一緒で我慢する」悠一
「ちょっと、秋葉君にまで言われたくないよ」和香
「じゃあ、訂正する。上野さんと一緒に我慢したいです」悠一
「やっぱり我慢するんだ、まあいいか、私も我慢するよ」和香
そろそろ準備しないと時間がない。上野和香が聡一郎に茶道部の部室を使って良いか確認する。火曜日は4:30 p.m. まで空いてるはずだ。
「それで誰が来るの?」聡一郎
「皆んな、瑞穂も、綾乃も、(大崎)遥も、(日暮)千聖も来る。橘君、モテモテだね」和香
茶道部に向かう聡一郎と秋葉悠一。
「聡一郎、やっぱり、皆んなに浴衣で来てって頼んで欲しい、テンション上がるだろ」秋葉悠一
「やっぱり、悠一は来なくていいから、俺の誕生日なんて祝う気ないだろ」聡一郎
(7:00 p.m. )
(第二体育館 男子バレー部コート)
目黒顧問と上野和香、当麻が並んで恒星と聡一郎の練習を見てる。2人でコートの1/3を使って、ネットを挟んでレシーブ・トスから連続してスパイクを打ち合って対戦している。
「あんまりしつこいと嫌われるよ」和香
「今日は特別な日だから仕方ない。それに目黒先生の許可を取って、橘のプライベート・マネージャーにして貰ってる」当麻
「プライベートだからね、許可するも何もないと思うんだけど、どうしてもって頼むから、特別にバレー部のマネージャーってことにした。藤原君って変わってるよね」目黒顧問
「ほんと良くやるよ、感心する。バスケ部の方は大丈夫なんですか?」和香
「大丈夫だよ。今朝も死ぬほど練習した、明日もそう、誰にも文句は言わせない」当麻
「ほんと変わってるよ」和香
「大和君も橘君には本気でプレーするようになった。10年に1人の逸材って言われてたけど、今の大和君をそういう月並みな言葉で表現してはいけない気がする」目黒顧問
レシーブ、トスから連続してスパイクを打つ恒星。
「分かってます。でも大丈夫。俺が諦めない限り、俺は絶対に負けない」当麻
「成長してるんだ、藤原君も。羨ましい、僕には君たちの若さは眩しいかな」目黒顧問
レシーブからブロードでクイックスパイク打つ聡一郎、レシーブ、トスと繋いだボールにジャンプする恒星、止まらない2つの連続する軌跡が、互いに平行し、交差しながら続いていく。
「大和君が橘君に逢えて良かった」和香
「大和の味方をするな、あいつは危ない」当麻
「ほんとうは優しいんだよ、大和君は。高校の時、いつも誰も寄せ付けない感じなのに、独りっきりの時は寂しそうで、心配だった」和香
「知ってるよ、でも、あいつは急ぎ過ぎる。今の橘は俺といる方が気が紛れる。だいたい上野はどう思ってるんだ?」当麻
「どうって?」和香
「橘が注目されるのを嫌がってる理由だよ」当麻
「人目を気にせず、普通に、自然にしていたいんだと思うけど」和香
「俺はそう思わない、誰かがそばにいた方が良い」当麻
聡一郎の動きを目で追う当麻、レシーブ・トスから聡一郎がスパイクを打つ。
『俺には分かる』と当麻は思っている。本当の橘は大和以上だ。でも、橘は本当の自分を恐れている。但し、当麻には、それが何故なのかが分からない。
「僕も藤原君がそばにいる方が良いと思う」目黒顧問、『もうこの前とは全く別人になってる』
「目黒先生らしくない、、」表情を変えずに聡一郎を見ている目黒に戸惑う上野和香、
「藤原君の味方するんですね。良いのかな、ほんとに藤原君で」
「味方するわけではないけど、藤原君以外に誰かいると思う?」目黒顧問
当麻を見る上野和香、プラチナブロンドの髪が照明を浴びてキラキラしている。翳りのない瞳はただ真っ直ぐに前だけを見ている、この人は決して負けない。大和君にも、橘君にも似てる。
「上野、俺を見ていたいのは分かるが、俺に惚れても無駄だからな」当麻
上野和香がため息を吐く。
「藤原君には勝てないな」
「勝ち負けなんて関係ない。俺たちが見たいのは、橘の幸せであって、俺たちの幸せじゃない」
当麻から視線を逸らす上野「ですね。藤原君も恰好いいと思うよ、橘君の次だけど」
「今日は気が合うな、俺も上野を綺麗だと思ってる、外見のこと言ってんじゃないからな」
「ありがと」
初夏の空のような清々しい顔をして、聡一郎に微笑む上野和香。
「そろそろ練習も終わりだ、ケーキの準備でもするか。皆んな調子に乗って作り過ぎ」当麻
「食べ切れないよね、橘君、食べずに帰っちゃうんじゃないかな」上野和香
「そんな勝手なことは俺がさせない!」当麻
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