レインボーブリッジ(夏至の日)後編

(6/21(火) 夏至 東京都日の出4:26 日の入19:00)


(3:30 a.m. )

 

 陸上競技のトラックを覆う闇を前に、無言でたたずむ部室の前から、静かにスタート。

 本郷通りを上り、湯島聖堂前で右折、聖橋で神田川を越える。JR御茶ノ水駅から更に本郷通りを進み、神田橋を渡ると右手に大手町の経団連会館、左手に読売新聞社のビルが見えてくる。そのまま直進、日比谷通りに入り、右手に皇居和田倉門、左手に東京駅、馬場先豪沿いに皇居外苑の角まで真っ直ぐ進む、信号を渡り、右手に日比谷公園、左手に帝国ホテル、さらに東京タワーを見上げながら、増上寺まで直進する。


(4:00 a.m. )


 芝公園で左折、日の出桟橋まで直進。東京湾にたちこめる霧の中、潮の匂いが微かに香る。車のタイヤがアスファルトを踏みしめる音が、引く波のように闇に溶けて消える。

 曙色の空に棚びく朝焼けの雲、暁光を背に浮かび上がる街の稜線、開ける空の下でうずくまる最後の静寂。透き通る世界の輪郭、夜明けの空を包む透明な心臓が静かに脈をうつ。バラバラだった聡一郎と恒星の呼吸と鼓動は徐々に重なり、、、そして、世界が止まる。


 世界が止まる瞬間に目覚め、重力の青い糸に絡まれた肉体を脱ぎ捨て、現実の世界から解き放たれる、もう一人の聡一郎(鏡)。


「ハル、どちらが本当の世界なんだろう?」鏡

「知らない、でも、ここが僕らの住む世界だ」ハル

「でも、いつからだろう、あいつがこの世界に干渉してくる、あいつの時間を止められない」鏡

「気のせいだよ、だって、唯の人間でしょ」アキ

「だけど、夏至の朝は僕らの結界が弛む。どうしてあいつを連れて来たんだ?」ハル

「分からない」鏡

「あいつは扉を開けるかも知れない」ハル

「扉の向こうには、何があるんだろ?」鏡

「知らない、僕らはただ守っているだけ、聡一郎にそう命じられたから」ハル


 点滅する信号機の上から、恒星と聡一郎を眺めるハルとアキ。


「私はあいつが嫌い、だって、唯の人間だよ」アキ

「アキは聡一郎が好きだからな。でも、あいつは一度、扉を開けている」ハル

「扉は直ぐに閉じた」アキ

「また開ける。あいつは鍵を持っている」ハル

「何でこいつなの?アキは金色の方が好き」アキ

「でも、あいつは鍵を持っていない」ハル

「どうして?」アキ

「たまたまだろ、運命なんてそんなもんだよ」ハル


 日の出埠頭倉庫群を左に見ながら、ゆりかもめに沿って走る聡一郎と恒星。


「どこに行くつもりだ?」恒星

「お台場かな、レインボーブリッジを渡る」聡一郎

「渡れるのか?」恒星


 レインボーブリッジ下層の臨港道路海岸青海線には、レインボープロムナード(遊歩道)が敷設されているが、朝9時までは通常の遊歩道入口が閉まっていて通れない。


「おまえ泳げるだろ、埠頭公園から台場公園まで1kmくらいだと思う」聡一郎

「服着たまま泳ぐのか?」恒星

「今朝は霧も出てる、大きな船も通るから、泳ぐなら気を付けた方がいいぞ、俺は臨港道路(一般道)からレインボープロムナードに入るけどな」聡一郎


 対岸のお台場海浜公園に向かって、海の上を真っ直ぐに伸びているレインボーブリッジ、その先が霧に霞んでいる。


「臨港道路って走れるのか?」恒星

「気にするな、そんなことする奴いないから駄目でも見つからない。幸い霧も深い」聡一郎


 ゆりかもめに沿って、ゆるやかにカーブしながら臨港道路を上り、海面からの高さ約50mのレインボーブリッジ内のレインボープロムナードに入る。『大学からここまで10km、45分か、4:15 a.m. そろそろ明るくなってきた。でも、日の出まで未だ10分ある。お台場までゆっくり歩こう、途中で橋から日の出が見れるはずだ』聡一郎


 海を渡る上下の橋げたとそれを支える柱に囲まれた四角い通路、先を行く聡一郎の影がいつの間にか深い霧の中に消えている。入れ替わりに、お台場方面の空がわれ、紅い瞳の太陽が目を覚まし、狭い通路に溢れた光が霧を押しのけて流れ込んでくる。


 立ち止まる恒星、霧を包みこむ四角い鉄格子の連続が朝陽に色づき燃えている。千本鳥居のように無限に続く炎の輪、その涯にモノクロの太陽が輝いている。

 幻のような白いコロナの炎を解き放つ漆黒の太陽、けれどその瞳は、色彩も、声も、温もりも、何も感じない、時間を止めたまま眠っている。それは現実の世界から隠された「扉」だった。


 前にもあった。あの時、俺は手を伸ばし扉を開けたはずだ、だが、その瞬間、扉は消えた。


『俺は閉じ込められたままなのか』


 合わせ鏡の中にいるような、感覚のない毎日が際限もなく繰り返されるだけなのか?


 炎に導かれて進む恒星、炎の向こうに閉じられたままの扉が見える。扉に手を伸ばす恒星、、


「何だ、おまえらは?」


 炎の中で恒星を見上げるハルとアキ。


「何故、おまえはここまで来れる?おまえは僕たちの世界とはつながっていないはず」ハル

「何なんだ、ここで何をしてる?」恒星


「おまえらではない、僕らは扉の守り神、ハルとアキ。穢れた人間め、ここから先には行かせない」と行手を塞ぐハルとアキ。


「守り神か、悪いが俺は神なんて信じない」


 扉を開ける恒星。


 ***


 いつの間にか霧が晴れて、海の上に青い空が広がっている。聡一郎はレインボープロムナードの展望スペースから海を眺め、気持ち良さそうに風に吹かれている。


 聡一郎の隣りに立ち、目を凝らして太陽を見つめる恒星、『俺は夢を見ていたのか?』


 太陽は無言のまま、真っ白に燦然と輝いている。言葉を失くしていた恒星に、あのさ、と話しかける聡一郎。空と海を背にしているからだろうか、聡一郎が眩しい。


「俺、19歳になった。昨日までは18歳だったのに、たった一日で大人になった気がする」

「今日が誕生日だったのか?」

「俺は夏至の日の朝、朝日と一緒に生まれたんだ。本当に朝日が昇るその瞬間だったらしい。だから、生まれて初めて見たのは太陽だった。それを確かめたくなって、ここに来た」

「確かめられたのか?」

「どうだろ、でも、何かが変わった気がする」

「羨ましいな、俺は変われないのかも知れない」

「どういうこと?」


「それより、ハルとアキって誰なんだ?」

「幼馴染みだけど、あったの?」

「ああ(夢じゃなかったのか)、扉を開けるなって忠告された」

「扉?」



「聡一郎は気付いてないみたいだね、扉が開いてしまったことに」ハル

「ああ、扉のことは忘れてる」鏡

「聡一郎に教えなくて良いのか?」アキ

「教えない、もう少し眠っていて貰う」鏡

「じゃあ、あいつにも今朝のこと忘れて貰う」アキ


「双子の座敷童子にとって人間の記憶を書き換えることくらいは造作もないか」鏡


「でも、完全には消せない。きっといつか聡一郎は思い出す」ハル

「もう、ただ見守るだけだね、僕たちに出来るのは」鏡

「でも、厄は近づけない。僕らはそのために生まれたから」ハル

「そう、私たちが聡一郎を守る」アキ


 ショクだっただろうな、ハル、あっさり結界が破られて。双子の座敷童子の結界を破る人間か、きっと他にはいない。神なんて信じないか、凄いな、あいつは。



***


(4:45 a.m.)


 お台場海浜公園、お台場ビーチを歩いている。


「何で誰もいないんだろ」聡一郎

「未だ早いからな。おまえ、何で昨日言わなかったんだ」恒星

「モーニング・コールするからって言ったよな」

「2:30 a.m.だとは思わないだろ」

「だったら、時間を聞けば良かったのに」

「今後はな、おまえ本当に変わったのか?何も変わってない気がする」

「分からないのか、おまえやっぱり鈍いな。そう言えば、扉って何のこと?」

「扉って何だ?」


 あれ、何だろう、俺も覚えてない。


「まあ、いいか。そうだ、ここからは夕陽も見れるんだ、こないだ凄いの見た」聡一郎

「何で夕陽を見てたんだ?」恒星

「雑誌見てないの?」

「見るわけないだろ、見てほしいのか?」

「全然。つまんないから見ない方が良い。それよりビーチバレーしよう」



(6:00 a.m. )


 朝練のために来た日本ビーチバレーボール連盟(JBV)の赤川宏樹と福山康介の2人が、無言で聡一郎と恒星の動きを追っている。


 恒星のサーブトスが青空に吸い込まれていく、その空でボールが消えた瞬間、目の前でホップするボールを聡一郎が蹴り上げ、一気にブロードで跳んで、鋭角にクイック・スパイク。レフトに鋭く逃げるボールを恒星がスラディング・レシーブで拾い、そのまま切り返してレフトからオープンスパイクで強烈に叩く。


「これが大和恒星か、凄い、スピードも破壊力も次元が違う」赤川宏樹

「なのに、こないだの神の子、全力の大和と互角に闘ってる」福山康介

 お互いにスパイクで相手の死角を狙って打ちあってる、しかも、神の子はスパイクを空中で相手の動きに合わせて修正している、そんなこと出来るのか?分からない、いや、それでも大和は対応している。


 恒星が左足で砂を蹴ってジャンプ、ボールを空中でとらえた瞬間、全身で叩く。


 赤川の網膜に閃光が走り、残像が焼き付けられる。体中の血管が震えながら氷つくのを感じる。ボールは?速すぎて打点が見えない。


 ボールは青空に向かってゆっくり上がっている。


「完璧なレシーブだ、あいつにはあのスパイクが見えるのか?」福山康介


 空を舞う聡一郎の体が風に流され、その影が太陽と重なり、世界が呼吸を止める。その瞬間にボールを叩く聡一郎。逆サイドをつかれた恒星が片膝を着き、反転してフライングレシーブ。


 太陽も、風も、雲の影も、波の音まで使ってくる、何でもありか。笑えるな、アウトドアだと俺の方が分が悪い、だが、未だだ。


 再び、超高速の閃光スパイクを聡一郎の死角に叩き込む恒星。


 いつも通りだと聡一郎は思う。時間が止まって見える、風も波もゆっくりと息を吸い、息を吐く。みんな眠ろうとしてるのに、あいつの動きは止まらない、いや、スピードを上げて来る。


 俺の動きを読んでいる、だが俺のスピード、持久力に、今のおまえはついてこれない。悪いが今日勝つのは俺だ。


 左足でボールを蹴り上げる聡一郎、ボールが青空に吸い込まれてゆく。


 だんだん追い詰められてる、そろそろ限界か。やっぱり恒星は違うな、普通じゃない。ジャンプする聡一郎、体がゆっくりと空に引きあげられ、意識が遠くなる。その片隅で輝く太陽。


 未だだよ、きみはこの世界に奇跡を起こすために生まれてきたんだ、僕が力を貸してあげる、、



 最後のは別人だった。何が起こったのかも分からなかった。目の前でホップしたボールはふれる間も無く青空に消え、振り返えった時には、エンドライン上で静止していた。

 砂の上で気を失っている聡一郎の隣りにしゃがみ込む恒星。おまえは、また眠るのか、誕生日なのに。座ったまま、聡一郎を抱え起こして、肩を並べて海を眺める。

 海の向こうに広がる東京の街は昨日までと変わらない。けれど、おまえがいる。それだけで構わない。おまえと出逢うために、俺は生きてきた気がする。それ以外はどうでも良い、おまえの側にいられれば、それでいい。



-- レインボーブリッジ --


 千葉方面および神奈川方面から都心へ向かう交通を分散させ、慢性的な渋滞の発生していた首都高速の渋滞緩和と共に、開発の進められていた東京臨海副都心と既存都心部を結ぶために建設された。橋梁としては芝浦側アプローチ部1465m(陸上部439m+海上ループ部1026m)+吊橋部918m+台場側アプローチ部1367m(海上部905m+陸上部462m)が一体で建設されたが、通常は吊橋本体の798mをレインボーブリッジと称することが多い。

 レインボープロムナードはレインボーブリッジ下層の臨港道路海岸青海線に敷設された歩道である。通行可能時間は、4月から10月の間が9時から21時まで、11月から3月の間が10時から18時まで(最終入場は30分前まで)。 毎月第3月曜日は定休日のため通行出来ない。 また、強風などの悪天候やイベント及びメンテナンスなどの理由により通行不可となる場合がある。東京都心や晴海・豊洲地区を望む北側遊歩道(ノースルート)と、東京湾・臨海副都心を望む南側遊歩道(サウスルート)がある。車道中央にゆりかもめの軌道があるため、車道反対側の景色はほとんど見えないが、橋上では台場寄りの橋脚にある通路を除き車道横断が出来ない。

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