レッスン7 願いよとどけ

小江戸川越・お台場(七夕・Wデート)前編

■6月4日(土曜日) Wデート 午前の部


(7:30 a.m. 聡一郎のアパートの前)


 パールオレンジのアクアが聡一郎のアパートの前に停まっている。当麻がタイムズで借りたものだ。


「橘、準備出来てる?」

「準備って何?これじゃ不味い」

「準備いらないか。良いよ、橘は普段着も寝巻きも一緒で良い、むしろ羨ましい」

「ちゃんと着替えてるよ(匂わなくて良い)」

「お風呂も入った方がいい」

「入ってるよ、練習の後、シャワー浴びてる。それより、今日のWデートって恒星の許可貰ってる?」

「何言ってんの、貰うわけないだろ」

「許可なしか、何か怒りそうな気がする。木曜の茶道の授業も気に入らないみたいだし」

「勝手に怒せとけば。はやく乗って」

「大学で上野と片岡をピックアップしたら、川越に行くから」



(7:45 a.m. 東大寺学院大学 正門)


「藤原君、車借りたんだ。それで、今日は何処に行くつもり?」和香

「上野が行きたいところで良いよ、どこに行きたい?」当麻

「そう、じゃあ、奈良かな。久しぶりに鹿が見たくなった」和香

「鹿か、鹿せんべいって美味しいよね。鹿と一緒に若草山を見ながら食べると楽しいよ、鹿がいっぱい寄って来る(注)」聡一郎


「片岡はどこ行きたい?変なとこ言わないでね、聞く気ないから」当麻

「大丈夫、ちゃんと考えるから」瑞穂


「そろそろ考えまとまった?」当麻

「うん、浅草演芸ホールかな、昔、お爺ちゃんと良く落語を聞きに行ったんだ」瑞穂

「近って言うか、寄席デートってありなのか?もういい、黙ってついて来てもらうから」当麻

「川越に行くんだって、さっき当麻がそう言ってた」聡一郎


(注)鹿せんべいは、人間が食べるものではありません。鹿せんべいは米ぬかや小麦粉でできていて、添加物や砂糖、塩、化学調味料などは一切入っていません。鹿にとってはあくまでもおやつで、奈良公園内の鹿は野生動物のため、主食は芝や木の実だそうです。鹿せんべいの歴史は古く江戸時代の1670年代には販売されていたとのこと。

 人間が食べて大丈夫かですが、鹿せんべいは鹿用なので、害はなくても食べない方が賢明なようです。実際に食べてみても炭酸せんべいのような感じはするものの、全く味はなく、米ぬかが口に残るだけで美味しくないです。


 ***


(9:00 a.m. 川越市蓮馨寺(講堂)(注))


「大谷さん、おはようございます」当麻

「時間通り、さすが当麻君。お友達も今日は宜しく」大谷小平

「東大寺学院の友人の橘聡一郎、上野和香、片岡瑞穂です。で、此方はファッション雑誌Yeh-yeの編集をしてる大谷小平さん。友達慣れてないんで、ご迷惑をおかけするかも知れませんが、宜しくお願いします」当麻

「大丈夫、当麻君にお願いしたのこちらだから。それに、慣れてないから良いんだ。早速だけど、浴衣を選んで着替えて貰えるかな。女性は2階、男性は1階に其々それぞれスタイリストとヘア&メイクアップアーティストがいるから相談すれば良いよ」大谷小平


(注)蓮馨寺

 厄除け、家内安全、商売繁昌、学業成就、安産子育て、水子供養などの願いを叶える、生き仏として崇められた呑龍上人どんりゅうじょうにんをまつる徳川家ゆかりの名刹。堂前には、触ると病が治るという「おびんづる様」が鎮座。夜間はライトアップされる。



「ここで浴衣に着替えたら、要らない荷物は置いて、ペアに別れて其々で小江戸川越の街を散策する予定だ」当麻

「何で浴衣なの?」聡一郎

「七夕と言えば『ゆかたの日』でしょ、知らなかった?」当麻

「それは知ってる、でも未だ6月だよ」聡一郎

「もう6月だよ、次の号で七夕と浴衣の特集組むんだって。皆んな頑張ろうな、Yeh-yeの特集で読モだって、凄いよな」当麻

「凄いよなって、何勝手に決めてるの。読モなんて出来ないよ、カメラ目線で作り笑いなんて無理だから」和香

「和香ちゃん、どうして?読モ、私は一回やってみたかった。弟も喜びそう」瑞穂

「だってさ、心配するな。上野が作る必要はない、作るのは向こうの仕事」当麻


「瑞穂ちゃん良かったね、浴衣似合うと思うよ。上野さんも頑張って、じゃあ」聡一郎

「おまえもだよ」当麻

「何かお腹痛くなってきた。悪いけど先に帰るから」聡一郎

「今来たとこだろ、悪いけど帰さないから」当麻

「写真は駄目だって、魂を抜かれるって爺ちゃんに言われてた」聡一郎

「いつの話しだ。心配しなくていい、魂だったら、抜かれてもまた生えてくる」当麻

「生えてくる?マジで」聡一郎

「ああ、嘘だと思うなら、抜かれてみろ」当麻


「もう良いよ、瑞穂、浴衣に着替えに行こ、生えてくるわけないじゃん」和香

「和香ちゃん、やけになってる?」瑞穂

「もう、どうでも良いよ、読モくらいやったるわって感じ」和香


 ***


(蓮馨寺講堂1F 男子控室)


「橘は何で写真撮られるのが嫌なんだ?」

「こっちが聞きたい、当麻はどうして撮られたいんだ?」

「モテたい、目立ちたい、認められたい、いくらでもあるだろ、考えるようなことか?」

「それは分かるけど、何でだろ、昔から好きじゃない」

「分かった、橘はモデルできないって言っとく。でも、カメラマンが勝手に撮影するのは我慢して、良いだろ?ともかく浴衣を選んで」


「麻の葉、扇、七宝、青海波せいかいは、流水文様、トンボ、七宝、宝尽くし、吉祥文様きっしょうもんようばかりだ」

「吉祥文様って?」

「縁起が良いとされる動植物や物などを描いた伝統的な絵柄のこと。成長が早い麻の葉は魔除けを意味してる、扇は末広がりの繁栄、円形が連鎖し繋がる七宝は円満と調和、青海波は無限に広がる穏やかな波に未来永劫と平和な暮らしへの願いが込められている」

「そうなんだ、さすがに橘は詳しいな」

「家ではずっと着物だったから。小学校の時は着物で学校に通って、お茶を点てたり、花を生けてた、嫌いじゃなかったけど、普通な暮らしに憧れてた」


「普通でいたいか、俺には分からないな。ともかく絵柄選んで」

「じゃあ雨蛙あまがえるが良い、もうすぐ梅雨だろ」

「ないよ、そんなの、それって吉祥文様なのか?」

「だったら蝸牛かたつむりかな、のんびりしたいって感じ」

「それもない、橘は本当に普通でいたいのか?」

「やっぱり帰る、普通になってから出直す」

「橘は取り敢えず麻の葉にしよう、おまえ案外往生際が悪いな」

「魔除けの麻の葉か、じゃあ当麻はトンボかな」

「良いけど、何か意味あるの?」

「あるよ、必勝とか成就を意味してる」



-- 浴衣の選択(午前)--


上野和香: 月白 注染 赤と黒の金魚(豊かさ、幸福、子孫繁栄)、綿100%

片岡瑞穂: 白練しろねり注染 朝顔(かたい絆、愛情)、綿100%

橘聡一郎: 藍色 注染 麻の葉(成長、魔よけ)、綿麻

藤原当麻: 墨色 注染 薄紫と銀色のトンボ(必勝、成就)、綿麻


(am 9:40 蓮馨寺 正面広場)


 浴衣の袖を広げる上野和香、「着てみると案外良いいかも、旅してるって気になる」

「和香ちゃん金魚似合ってるよ、夏って感じ」瑞穂

「朝顔もね。瑞穂は可愛いね、羨ましいよ」和香


「浴衣って色や絵柄がたくさあるけど、定番の柄には意味が込められている。例えば金魚はみずみずしい清潔感のある爽やかなイメージだけど、金運アップや、卵をたくさん産むことから子孫繁栄という意味もある。風水だと赤色の金魚には『幸福を呼び込む』、黒色の金魚には『邪気を払う』という意味があるそうだ」大谷小平

「金運アップに卵をたくさん産むから子孫繁栄ですか、先に聞いとけば良かった」和香


「朝顔は、朝咲いて昼にはしぼんでしまうことから、『はかない恋』という花言葉を持つ花だけど、支柱にしっかりとツルを絡ませることから、かたい絆、愛情という意味も持っている。まあ、気にしないで、縁起ものなんて御神籤おみくじみたいなものだから」大西小平


 墨色の地に薄紫と銀色のトンボの絵柄の浴衣を着た当麻も話しに混ざってくる。


「二人とも浴衣が似合ってる。それに少しお化粧したから見違えるようになった」当麻

「藤原君の見る目がないんだよ。すっぴんでも瑞穂も私も十分綺麗ですよ」和香

「綺麗なものを隠すから良いんだよ。男心をくすぐる、上野はまだまだ分かってないな」当麻

「相変わらず適当なことを、じゃあ藤原君は髪染めて何を隠してるんですか?」和香

「悪いけど秘密」当麻

「秘密か、橘君もそうなのかな」和香

「橘は隠してるんじゃなくてサボってるだけかな。それに橘は気づいてないよ、自分がどういう風に見られているかに」当麻

「何それ、思わせぶりなセリフ、恰好良くなかったからね。それより橘君は?」和香

「髪切ってる、カリスマ美容師に気に入られたみたい。嫌がってたけど、無理やり切られてた」当麻



(9:45 a.m.)


「それでは午前中の設定や散策スケジュールとコースの説明するから、集まって」大谷小平


(撮影の設定)


 今回は7月1日発売分の撮影で、七夕と浴衣がテーマ。実は7月7日は「ゆかたの日」でもある。七夕は機織はたおりの技術上達を願うお祭りとも言われていて、それにちなんで浴衣に親しんでもらおうと制定されたそうだ。

 洋服と浴衣では所作などが全く違う。浴衣は自分自身に厳粛な気持ちや、日本人の気品ある美しさを映し出してくれる。だから「ゆかたの日」は和の伝統的な美を感じながら、それを大切な人と共有できる素敵な記念日でもある。「ゆかたの日」に、特別な装いをして、大切な人に見てもらい、色んな所へ足を運ぶ、今回はそんな記念日の過ごし方を特集して紹介したい。


(午前中の散策スケジュールとコース)

 

 マップ入りの散策スケジュールとコース紹介が配られる。大谷小平が本日の「小江戸川越の街を浴衣姿で散策」のスケジュールとコースを説明する。蓮馨寺を出発したら、其々ペアで地図にある①〜⑤のチェックポイントを順に周って貰います。


 ①am10:00 小江戸気分を味わう蔵造りの町並み: 中市本店で「ねこまんま焼おにぎり」の味見

 ②am10:15 小江戸川越街のシンボル時の鐘: ペアで記念撮影

 ③am10:25 菓子屋横丁で駄菓子や焼き菓子の食べ歩き: 食べ歩きを自撮りする

 ④am11:00(注)川越氷川神社: 七夕の短冊に其々の願い事を書き込む

 ⑤am11:30 川越城本丸御殿と川越市立博物館: フィニッシュの記念撮影

 (注)関門11:30に氷川神社をアウト(タイムアウトの場合、昼食の鰻をサンドイッチに変更)



「当麻君の友達は素敵だね、皆んな華がある、今日の撮影が楽しみになったよ」大谷小平

「大谷さんにそう言って貰えると、少し安心しました」当麻

「ところで、橘聡一郎って、まさか茶道家の橘聡一郎じゃないよね」大谷小平

「だったら何ですか?」当麻

「だったらって、茶道の橘と言えば名家だよ。先代は人間国宝だった橘慶一氏、現在の家元は未だ二十歳にもなってないらしいけど、先代以上って噂だ。それがあんなキラキラの王子様だったら、世間は放っておかないだろ」大谷小平

「残念だけど別人ですね、橘はバレーボールの選手です」当麻

「だよな、でも凄いイケメンだ。浴衣に着替えて髪切ったら別人になった」大谷小平

「変わんないですよ、橘は橘です」当麻


 ***


(9:25 a.m. 蓮馨寺講堂1F 男子控室)


「捕まえたから、大人しくして。当麻君が君を連れて来るって聞いて楽しみにしてたんだ。安心して良いよ、腕には自信があるから」カリスマ美容師 戸城一里となりいちり

「それは分かってます、僕も切ってるので、花ですけど」聡一郎

「花、生花のこと?良い趣味してる、じゃあどうして髪切られるのが嫌なの?」戸城一里


 聡一郎の髪がすかされていく、知らない自分に見られている気がする。


「何となく居心地が悪くて。本当は鏡も好きじゃないです」聡一郎

「そうなんだ、当麻君はいつも喜んでくれるけど」戸城一里

「トンボみたいですよね、当麻は。真っ直ぐ飛んで、いつも気持ち良さそうで。ちょっと羨ましいです」聡一郎

「そうかな、君といるからじゃないかな、君のこと大好きみたいだよ」戸城一里

「そうですか?」聡一郎

「聞いて見れば、本人に」戸城一里

「そうですね、そう思うことにします。ちょっと嬉しいです」聡一郎


 素敵な笑顔だ、手を止めて鏡に映る聡一郎を見る戸城一里。


 寝ちゃったか、噂の橘君は。髪を整える戸城一里。『不思議な子だな、ここにいても、どこか違う世界の住人みたいな感じがする』、当麻君が好きになるのも分かるな。


 鋏を置く戸城一里、「起きて、終わったよ」


 鏡の中で目覚める聡一郎が、戸惑う聡一郎を微かに笑う。こんな子がいるんだ、、花が咲いたみたいだ、時間を止めたくなるな、、


「ナチュラル束感マッシュウルフにしてみた。ワックスを馴染ませて整えただけの簡単スタイリングだから、今日だけなんだけど」戸城一里


 颯と席を立ちかけた聡一郎を一里が引き止める。


「気が向いたら、今度は僕の店に髪切りに来て欲しい、いや、店に花を生けて貰えないかな」戸城一里

「良いんですか?嬉しいです」聡一郎

「嬉しいの?」戸城一里

「だって沢山の人に見て貰えるし、髪切ってるのを見るのは楽しい」聡一郎

「じゃあ約束だ、僕にも切らせてね、厭な顔しない。ただで良いから」戸城一里



■Wデート 午前の部(後半)


(10:00 a.m. 蓮馨寺正面広場)


「ごめんね、髪切って貰ってたから遅くなった。何か涼しくて変な感じ、、」聡一郎


「あ!朝顔が咲いてる、梅雨明けしたんだ」聡一郎

「浴衣だよ」瑞穂

「そう言えば未だ梅雨入りしてなかった。でも、朝顔の浴衣似合ってる。凄く可愛い」聡一郎


 片岡瑞穂は白練の地に青と薄いピンクの朝顔が咲いている浴衣を、聡一郎は藍色の地に大きな麻の葉模様の浴衣を着ている。


「橘君も浴衣似合ってる、マッシュな髪型も、何だかドキドキする」瑞穂

「ドキドキか、朝顔って朝咲く清楚な花なのに、花言葉は愛情とか固い絆なんだよね。瑞穂ちゃんもそうなのかな、私はあなたに絡みつくって感じ、ちょっと怖いな」聡一郎

「違います、絡みついたりしないから」瑞穂


 聡一郎が片岡瑞穂の手を握る。


「ごめん、俺が絡んでた。デートだから手くらいつなご」、偶には浴衣も良いね。ところで当麻と上野さんは?、、先に行っちゃったのか。


「急ごうか?」片岡瑞穂

「せっかくだから、2人でゆっくり行こ」聡一郎



(10:00 a.m. 蔵造りの町並み)


「本当は私でなくて、橘君と一緒の方が良いんでしょ、橘君が大好きだもんね」和香

「勘違いしてないか、俺は上野とデートしてる、橘は関係ない」当麻

「でも橘君のためだよね」和香

「何でも分かるんだな、そうだよ、俺は橘に息抜きさせたいの」当麻

「大和はおかしいよ、何かに取り憑かれたみたいに練習してるけど、そういうのは無意味だ。休むときは休んで回復させる方が良い。橘は優しいから大和に付き合ってるけど、橘のためになってない」当麻

「橘君は大和君を放っておけないか」和香

「橘が潰れたら、元も子もないだろ」当麻

「藤原君はいつもちょっとだけ良いこと言うね。適当なくせに、優しいんだ」上野和香

「ともかく、今は上野とデートしてる、橘は関係ない」当麻


 チェックポイント①ねこまんま焼きおにぎりの味見(注)を通過。


「あんなに人が並ぶんだ、私たちの分は取り分けてくれてたから良かったけど」和香

「雑誌に掲載されるからな、おにぎりは美味しかった?」当麻

「分かんなかった、他の人に申し訳なくて」和香

「俺にもそのくらい気を使えば可愛いのに、まあ良いけど。次のチェックポイントは時の鐘か」当麻



(注)小江戸気分を味わう蔵造りの町並み

 江戸時代に川越城の城下町で、商業都市として発展した川越。店蔵が連なる重厚感たっぷりの町並みが残り、当時の面影を満喫できる。川越の中心地、一番街で最も古い蔵造りの住宅が「大沢家住宅」。1792年築の呉服店だった建物は防火を目的とする土蔵造りのおかげで、度重なる大火も免れて今に至ります。

 焼きおにぎりが名物「中市本店」営業時間10:00-19:00 : 蔵造りの町並みにある「中市本店」は、江戸末期創業の乾物屋さん。行列ができる「ねこまんま焼おにぎり」は、地元・埼玉県産コシヒカリで握ったおにぎりに、鰹節と昆布でだしを取った自家製のだし醤油を塗り、本枯節またはいわし削りをまぶしたもの。一つ一つ手で握ったおにぎりは、ふんわりと空気を含み一口食べるとほろっと崩れるやさしい食感。アツアツのおにぎりにたっぷりの鰹節の風味がマッチしています(店頭販売は12:00から)。



 チェックポイント②時の鐘、記念撮影(注)


(注)小江戸川越街のシンボル時の鐘

 江戸時代初期、川越藩主だった酒井忠勝により創建され、以来3度の火災に見舞われるもその都度再建、現在の鐘楼は明治26年に起きた川越大火の翌年に再建されたもの。昼間の凛としたたたずまいも、夕暮れの幻想的な姿も素敵です。1日4回(6時、12時、15時、18時)鳴る鐘の音は、環境庁主催の「残したい日本の音風景100選」に選ばれています。

 インスタ映えのさつまいもチップス&ソフトクリーム「小江戸おさつ庵」営業時間11:00-17:00 : 時の鐘のすぐ側にあり、ソフトクリームにさつまいもチップスをトッピングするダイナミックさが人気。パリパリとなめらかなダブルの食感を楽しめます。

 サクサクボリューミーなたこせん「かのん」営業時間11:00-18:00: 「鐘つきたこせん」は、明石焼きをえびせんべいで挟んだもの。ふわふわの明石焼きとサクサクのせんべいに、甘辛いソースがたっぷりかかっていて、駄菓子感覚でいただけます。



 小江戸川越一番街商店街、ぶ厚い鬼瓦の屋根に黒い漆喰の壁と観音開きの扉、蔵造りの町並みを時の鐘に向かって手持ちぶたさで歩いている上野和香と当麻。


「上野、あそこ見て」当麻

「何?」和香

「カメラマンが撮影してる」と上野をバックハグする当麻。シャッター音が連続する。首だけ振り返って当麻と目を合わせる上野和香。


「良い写真が撮れた気がする」微笑む当麻。

 呆れて笑顔を作る上野和香、「ありがと、でも、そろそろ離して貰いたい」

「もう少しこのままだな、彼女らしくした方が良いよ、離して欲しかったら」当麻

「当麻君、もう少し優しい感じも欲しい」カメラマン

「優しくだって」と言う当麻に、わざと顔をしかめる上野和香。


「せっかくの綺麗な顔が台無しだ」当麻

 仕方ない、逃げるか、と上野の手を取る当麻、そのまま走り出す。

「ちょっと撮影しなくて良いの?」和香

「構わない、向こうもプロだ、撮りたければ捕まえてみろだ」当麻


 かねつき通りから、蔵造りの町並みが続く川越坂戸毛呂山線(埼玉県道39号)に出て左折、一つ目の角、門前横丁を左折して石畳の路地に入る、真っ直ぐ120mで曹洞宗青龍山養寿院の正面に出る、そこを右折したあたりからチェックポイント③菓子屋横丁になる。


「何か良く分かんないけど、菓子屋横丁に着いたみたい」当麻

「藤原君、ちょっと疲れてきた、歩こうよ」和香

「聞こえない」当麻

「分かった、彼女らしくするから。あれ食べよ」当麻の腕を引っ張る上野。


 菓匠右門(菓子屋横丁店)の店先で湯気をあげて蒸されている饅頭。


「『いも恋』(注)だって、『アツアツを頬張って食べ歩いて下さい』か」当麻

「ねえ、彼氏さん、自撮りするから食べてみて、腕も組んであげる」和香

「そう、じゃあ頂きます、、熱っつ!何これ、粒餡で火傷しそうになった」当麻

「良い写真が撮れた気がする、ふーん、いも恋ってさつまいもも入ってるんだ」和香

「何だ、仕返しのつもり?でも、笑ってくれたから許す、上野は笑顔の方が良い」当麻



(注)「いも恋」は蒸したての人気のまんじゅう。厚切りのさつまいもとつぶ餡を山芋ともち粉の生地でやさしく包んだ素朴な味わい。アツアツを頬張って食べ歩くのも魅力。



「もう一回自撮りするから、彼女らしく笑ってみて、あ、いも恋は食べてない方が、まあ良いか」

「美味しい、、です」

「今、笑ったつもり?」

「今のが自己ベスト、彼女らしく笑ったつもりです。何か疲れる」

「何か笑える」

「それで、彼氏は彼女に何してくれますか?」

「綺麗だね、って微笑み返します」

「藤原君、そういうのあんまりしない方が良いよ、された方が誤解する。被害者増やすと大変だよ」

「大丈夫、俺は嘘で人を褒めたりしない、そういうのは失礼だと分かってる」



(10:15 a.m. 蓮馨寺講堂1F 編集部控室)


 読モに逃げられた?あり得ないよな、大谷小平が愉快そうに笑う。


「さすが当麻君、面白いことしてくれる、こっちも本気で捕まえないとな」


 ***


(10:20 a.m. (蔵造りの町並み、時の鐘近く)


「ねこまんま焼きおにぎり、美味しかった。さすが老舗の乾物屋さんだ、鰹節と醤油だれの香ばしい風味が絶妙だった」聡一郎


 お米は地元・埼玉県産コシヒカリ、かつお節と昆布でだしを取った自家製のだし醤油を塗り、本枯節、または、いわし削りをまぶしてるって書いてる、マップ入りのコース紹介を読む片岡瑞穂。


「良いとこだな、川越が好きになってきた」聡一郎


 チェックポイント②は時の鐘で記念撮影って書いてる。あれが時の鐘かな?カメラマンさんもいる、と目を細めてカメラマンを睨む聡一郎。


「瑞穂ちゃん、ソフトクリームと鐘つきたこせん半分こしない?俺買って来るから」聡一郎


「さつまいもチップスをトッピングしたソフトクリームと、明石焼きをえびせんべいで挟んだ鐘つきたこせんです、どうぞ」聡一郎

「二人、ここで少し撮っとくね、美味しそうに食べてみて」カメラマンが近寄ってくる。


 聡一郎が手にしたソフトクリームを、片岡が頬張って、美味しいと微笑む。カメラマンがシャッターを切る、その一瞬の間でカメラ画面の外に逃げる聡一郎。


「あれ?彼氏の顔が撮れてない」カメラマン。


「あ、ごめん、俺が動いたから、ほっぺたにソフトクリームが着いちゃった」、『なめちゃお』と片岡の頬をなめる聡一郎。「瑞穂ちゃんのほっぺた冷たくて美味しい」と微笑んだ聡一郎が、驚く片岡瑞穂に慌てる。


「近すぎだよね、ごめん、つい」聡一郎

「今の良かった、もう一度お願いしても良い?」カメラマン


 赤くなって首を横に振る片岡瑞穂。



「アイスの後で、ふわふわの明石焼きとサクサクのせんべいです、どうぞ」聡一郎

「美味しい、味のメリーゴーランドみたい」瑞穂

「味のメリーゴーランド?分かんないけど、何か楽しそう。ちょっとソースは甘いな」聡一郎

「橘君もメリーゴーランドみたいだよ、さっきから写真撮られないようにしてるよね」瑞穂

「分かってた?ごめんね、往生際が悪くて」聡一郎


 瑞穂ちゃん、ちょっと笑ってみて、その瞬間に自撮りする聡一郎。


「見て、仲良く撮れた、瑞穂ちゃん可愛いよ」片岡瑞穂と聡一郎が顔を寄せて微笑んでいる



(10:25 a.m. 蓮馨寺講堂1F 編集部控室)


 当麻君たちには逃げられて、もう1組の方は良く分からないけど上手く撮らせて貰えないか、何か楽しそう。『ここにいるより、俺も現場に出た方が良さそうだ』大谷小平



 マップ入りのコース紹介を見ながら歩く片岡瑞穂と聡一郎、


「次のチェックポイント③は菓子屋横丁(注)で食べ歩きの自撮りか」聡一郎

「昭和の町並みで駄菓子や焼き菓子を堪能して下さいだって」瑞穂

「昭和って、生まれる前だよね、どういう時代だったんだろ」聡一郎

「駄菓子についても書いてる、駄菓子とは、茶席や贈答にも使われる高級菓子に対し、主に子供向けに製造販売される、安価な菓子のことだって」瑞穂

「そう言えば、駄菓子って食べたことないな、子供の頃から老舗の和菓子ばっかり食べてた」聡一郎


 駄菓子の人気ランキングをググる聡一郎。


「瑞穂ちゃん、駄菓子の1位って何か分かる?」

「分かんない」

「1位は大人もはまる東豊製菓の『ポテトフライ フライドチキン』、カラッと揚げたポテトにフライドチキンの味をつけて仕上げたスナック菓子、濃い目の味付け、4枚入りで食べ応えも十分だって」

「見せて、2位はマルカワの『フーセンガム』、4粒入りでオレンジ、グレープ、いちごのフレーバー、これはコンビニでも売ってるね」

「3位は宮田製菓の『ヤングドーナツ』、子ども向けドーナツというコンセプトの、ひと口タイプのハニードーナツか、味が濃そうなものばっかりだ」

「昭和の駄菓子って、こんな感じだったんだ」

「今のコンビニは、在庫管理や保冷、輸送技術が進歩したから、作りたてのスイーツもフルーツも、おにぎりもパンもあるし、バランス栄養補助食もインスタント食品も、何でもあるからな」聡一郎

「逆に、こういうのがないよね。お小遣いも増えたしね」片岡瑞穂



(注)駄菓子や焼き菓子の食べ歩き、子どもも大人も楽しい通り菓子屋横丁

 蔵造りが並ぶ大通り、札の辻の交差点からほど近い小さな路地の周辺が菓子屋横丁。石畳で舗装された約100メートルあまりの通りに飴細工の店や駄菓子屋、和菓子屋などが立ち並ぶ、子どもだけでなく昭和を懐かしむ大人も立ち寄る人気スポット。ハッカ飴やお団子の焼ける匂いなど、漂う懐かしい甘い香りから、「かおり風景100選」にも選ばれています。食べ歩きができるお店も多く、ちょこっとつまんで歩くのも楽しみのひとつです。



(am 10:35 菓子屋横丁)


「昭和ってこんなだったんだ、甘い香りも漂って、異国情緒がある」瑞穂

「『かおり風景100選』か、こういう甘い香りが、懐かしい香りなんだ」聡一郎

「橘君、あれ食べよ」聡一郎の腕を引っ張る片岡。

「たい焼き?(注)半分で良いかな、一つはちょっと難しい気がする」聡一郎

「芋あんがあるよ、そんなに甘くないと思う」瑞穂

「目の前で焼いてくれるんだ。自分で焼いてみたい、駄目?そうですか」聡一郎


「たい焼き食べるのって中学生の時以来かな、確か、あっくんと一緒に食べた気がする」聡一郎

「神田君とは中学から同じだったんだ」瑞穂

「俺が喜ぶと思ってあっくんが沢山買ったから、食べるの大変だった。瑞穂ちゃんは甘いもの好きだよね、たい焼きも好きなんだ」聡一郎

「我慢するのが大変です。弟も甘いのが好きだから、子供の頃は奪いあってた」瑞穂

「今日はゆっくり食べて、自撮りするね」聡一郎


(注)手作りの味が人気のたい焼き「かわしま屋」:昔懐かしい佇まいの「かわしま屋」は、菓子屋横丁に1軒しかないたい焼き屋。目の前でひとつずつ丁寧に焼いてくれる。ふっくらとしたたい焼きの中に、たっぷり入った芋あんはやさしい甘さで、食べ歩きにぴったりです。



「あれも食べたい」聡一郎の腕を引っ張る片岡瑞穂

「紫芋まんじゅう?(注)」聡一郎


 稲葉屋本舗は、店頭で蒸している紫芋まんじゅうの甘い香りに誘われて、お客が途切れることがない。


「大丈夫、半分こで良いよ、それに生地の甘さを控え、紫芋の味を引き立てているのでしつこくなく、いくらでも食べられますって書いてる」瑞穂

「川越と言えば、さつまいもか、うち(実家)も菓匠右門の『いも恋』は使ってたと思う。さつまいもと小豆餡を山芋ともち粉の生地で包んで蒸したもので、熱々の蒸したてで、柔らかな粒あんとホクホクの甘いさつまいものブレンドが、甘党にはたまらないお饅頭らしい」聡一郎


 コース紹介にも、川越でのさつまいも栽培は江戸時代(1751年頃)に始まり、江戸の街での焼芋人気に乗じて盛んになったって書いてるね、と片岡。

 さつまいも栽培に適した土壌だったことに加え、新河岸川を使った舟運で江戸へ直接運べる立地が追い風になっていて、「九里四里(栗より)うまい十三里(江戸から川越までの距離)」というコピーで売られていたそうです、だって。日本人って江戸時代からキャッチコピーが好きだったんだ。


(注)蒸したてが絶品の紫芋まんじゅう「稲葉屋本舗」営業時間9:00-19:00

 昭和13年創業の稲葉屋本舗。創業当時からの手作りの味を今も守っている人気のお店。店頭で蒸している甘い香りに誘われます。薄く白い皮から透ける紫餡が美しく、生地の甘さを控え、紫芋の味を引き立てているのでしつこくなく、いくらでも食べられます。蒸したてを食べ歩きするのも良いです。



 なんだかんだで、焼きたての大判煎餅(注)を齧りながら、自撮りして、みりん醤油が甘く香るお団子屋にも立ち寄る片岡瑞穂と聡一郎。


「お抹茶とみたらし団子だって、美味しそう」瑞穂

「お抹茶も飲みたいし、寄ってく?ちゃんと野点傘と緋毛氈ひもうせんの縁台もある」聡一郎


(注)焼きせんべいの「雷神堂 川越店」営業時間9:00-19:00

 関東を中心に30以上の店舗を展開する、手焼き煎餅「雷神堂」。醤油を塗ったお煎餅を網であぶる香りが人を引きつけます。甘いものを食べた後は、しょっぱい味で、焼きたての大判煎餅は、素朴ながらもインパクト大!焼き海苔を巻いて食べ歩くのも良いです。



 食べ終わった食器を返して戻って来た聡一郎が、緋毛氈ひもうせんの縁台に片岡瑞穂と並んで座る、


「お湯を貰って来たよ」聡一郎

「お湯?」瑞穂

「瑞穂ちゃん、見て」


 後ろ手に組んでいた右手を解いて高く上げる聡一郎、指先から抹茶が溢れ落ちて、左の掌にのせた白地の茶碗の底に積み重なっていく。


「お抹茶?」

「そう、今朝、碾茶(注)を茶臼で挽いたもの。瑞穂ちゃん、お湯を入れてください」


 木洩れ陽の中で風に揺れる葉影を浴びて、茶筅ちゃせんで抹茶を点てる聡一郎。


『綺麗、キラキラしてる』瑞穂


 聡一郎を包む時間の波と溢れる銀色の光、この人はこういう光に包まれて生きるのが似合う、そう思う片岡瑞穂。


「瑞穂ちゃん、飲んでみて」


 聡一郎の手の中にある、降ったばかりの淡雪のような抹茶、茶碗に唇をよせ、口に含むと溶けてゆく、天真爛漫な華やかさと身体に沁み入るような静寂、一緒にいるだけで心が洗われる、と感じる片岡瑞穂、『本当に凄いんだ、言葉にならない』


(注)碾茶は、乾燥させた茶葉の中でも、さらに茎や古い葉などを選別し、いい状態の葉っぱだけを残します。それを石臼でゆっくりゆっくり挽いたものが、粉末状の抹茶となります。茶道では、この粉末状の抹茶を茶筅で泡立てていただくのが、薄茶。薄茶の5倍ほど濃く入れたものが濃茶と言われています。



 超望遠ズームレンズを持って来たかいがあったな、と思う大谷小平。さすがの彼もこれだけ離れていれば、こちらの気配を感じられないみたいだ。でも、この写真、何だろう、この空気と彼のプレゼンス、不思議な感じがする、どこか違う世界の住人みたいだ。


 ***


(11:00 a.m. チェックポイント④川越氷川神社(注): 七夕の短冊に其々の願い事を書き込む)


「着いたみたい、大鳥居に氷川神社って書いてる」当麻


 風鈴回廊に飾られた江戸風鈴に願いごとを書いた短冊を掛ける、短冊は正面鳥居から入って左手の社務所にてお頒かちしています、「初穂料は500円です、だって」和香


「願いごとか、上野は何か願いごとあるのか?」

「願いごとならたくさんあるけど、神様にお願いするようなのはない」和香

「じゃあ、俺が上野が運命の人に出会えるように願ってやるよ」当麻

「ありがとう、じゃあ、私は藤原君の願いごとが叶うようにお願いしておくよ」和香

「それは要らない、俺は神頼みはしない」当麻

「そう、じゃあ、橘君、頑張れにする」和香

「何だそれ、それって願いごとなのか?」当麻

「頑張れって気持ちが届けば十分なの、ファンとしては」和香


(注)川越氷川神社

 川越氷川神社は今から約千五百年前、古墳時代の欽明天皇二年に創建されたと伝えられています。室町時代の長禄元(1457)年、太田道真・道灌父子によって川越城が築城されて以来、城下の守護神・藩領の総鎮守として歴代城主により篤く崇敬されました。高さ15mもの大鳥居や、県の重要文化財に指定されている社殿に施された見事な江戸彫の彫刻など見どころが多い。近年では縁結びにご利益があると、多くの参拝客を集めている。

 縁むすび風鈴(毎年7月第1土曜日より9月第1日曜日まで開催。※6月は開催期間前です)

 祀られている五柱の神さまが家族であることから、縁結びのご利益があると人気の「川越氷川神社」。毎年、夏の縁むすび風鈴の期間中は、境内に2,000個以上の職人さんの手作りによる江戸風鈴がかけられ、涼やかな音を響かせています。開催時間は午前9時から。午後8時までライトアップを行っています。明かりに照らされた色とりどりのガラスの輝き。夜ならではの幻想的な世界を楽しめます。

 境内に飾られた江戸風鈴には願いごとを書いた短冊を掛けることができます。短冊は、正面鳥居から入って左手の社務所にてお頒かちしています。初穂料は500円です。風にのって、願いごとが神さまに届くよう、想いを込めて書きましょう。


 ***


(11:15 a.m. )


 菓子屋横丁の木陰で並んで座る片岡瑞穂と聡一郎。


「食べて、のんびりしてたら眠くなってきたね」

「でも、次の川越氷川神社は関門時間が注記されてる」瑞穂

「本当だ、11:30までに氷川神社を出ないと、昼食の鰻がサンドイッチに変更されるって書いてる。どうして、鰻食べてる時間がないから?でも、折詰すれば済むよね」聡一郎

「ともかく、急ご」瑞穂

「それもそうだ」聡一郎


「菓子屋横丁から川越氷川神社まで900m、徒歩12分か、残り3分で短冊買って願いごと書いて江戸風鈴に掛けるのか、ギリギリでアウトかな」聡一郎

「完全にアウトだよ」瑞穂


『でも、道はここから真っ直ぐ市役所まで行って左折、T字路を右折すれば良いだけか』聡一郎


「瑞穂ちゃん、走ろうか?」聡一郎

「無理だよ、浴衣だよ」瑞穂

「走ろう」片岡瑞穂の手を取って走り出す聡一郎

「橘君、無理だって」瑞穂

「でも、走ってるよ」聡一郎

「本当だ、走ってる」瑞穂


 石畳を駆ける桐下駄の音が、風にのって蔵造りの町並みに響く、手をつないだまま走る聡一郎と片岡瑞穂。


「風が気持ち良い、そうだ、瑞穂ちゃん、願いごと考えておいた方が良いよ」聡一郎


 目の前で走る聡一郎の肩が揺れている。


「気持ち良いから、このまま走っていたい」瑞穂

「それ願いごと?」聡一郎

「駄目だよね、橘君の願いごとは?」瑞穂

「美味しい鰻が食べたい」聡一郎

「二人とも駄目だね、願い事って難しい」瑞穂


 大谷小平が、聡一郎と片岡瑞穂から離れて、二人を撮影している。妙にのんびりお話してたかと思うと、急に手をつないで走り出した。面白いな、あの二人は。読モの撮影してること全く忘れてる、おかけで良いモノ撮らせて貰ってるけどね。



(11:22 a.m. 川越氷川神社)


「着いた、まだ8分ある」聡一郎

「どうしよう、願いごと思いつかない」瑞穂

「氷川神社は縁結びのご利益があるのか。瑞穂ちゃんは振られたばっかりだけど、もう誰か好きな人できた?」聡一郎

「そんな直ぐにできないよ」瑞穂

「だよね、本気で好きになるって簡単じゃないよね。じゃあ、瑞穂ちゃんはどういう女性になりたい?」聡一郎

「恥ずかしいけど、橘君だから言うけど、好きな人には好きに生きて貰いたい、その人が苦しい時はそばにいて、気持ちを楽にしてあげたい」瑞穂


「だから、私も今を大切にして、できる限りのことを経験したい。しっかり地に足つけて自分の足で歩ける、何でも受けとめてあげられる、そういう女性になりたい」瑞穂

「それが瑞穂ちゃんの、憧れじゃなく、本気で好きになりたいか。瑞穂ちゃんに好きになって貰える人は幸せだ、羨ましい」聡一郎

「短冊にもそう書こうかな」瑞穂


「凄く良い。縁結び風鈴だけじゃなく、七夕の願いごとにもあってる」聡一郎

「七夕って、1年に1回、天の川を渡って織姫と彦星が出会える日だよね。七夕は恋愛の願いごとも叶えてくれるのかな?」瑞穂

「七夕の五色の短冊は仁義礼智信の五徳を表していて、青色の仁は思いやりや愛情でもある、恋愛の願いごとも叶えてくれると思うよ」聡一郎


 でも、はた織りが上手な織姫に手習いや芸事が上手になるようお願い事をするのが七夕だから、織姫にお願いをするけれども、そのために努力するのは自分なんだ。だから瑞穂ちゃんの願いごとは七夕にもあってると思う。


 織姫と彦星の話しも、七夕の日のためにお互いに頑張って仕事をするようになったという物話。織姫は、秋の豊作を願う際に、神様が着る着物を織る女性で、織姫が一生懸命にはた織りをしているので、天の神様が牛の世話をよくする牛飼いの彦星と結婚させてくれる。

 ただ、2人は楽しくて仕事もせずに遊ぶようになり、神様が怒って2人を天の川を挟んで引き離してしまう。けれど、神様はそんな織姫と彦星が哀れになって、年に一度、七夕の日だけ2人を合わせてあげることにした。そうして2人は、七夕の日のために頑張って仕事をするようになったという話。


「いつのまにか私は七夕の話も忘れてたんだ、子供の頃、何度も絵本で読んでたのに」瑞穂

「そろそろ時間がなくなりそう、早く願いごと書いて短冊をつるさないと」聡一郎

「橘君は願いごと考えたの?」瑞穂

「実は未だ考えてない、でも俺は大丈夫、適当に書くから」聡一郎


 片岡瑞穂と聡一郎が風鈴に願いごとを書いた短冊をかける、川越氷川神社の境内に響く涼やかな風鈴の音。


「今を大切に、素敵な女性になれますように」片岡瑞穂

「皆んなの願いが届きますように」橘聡一郎


 風鈴を見つめる聡一郎と片岡瑞穂、「綺麗だね、風鈴の音にたくされた想いが、風にのって運ばれていく、色々な願いが空に舞い上がっていくのが見える気がするね」


 ***


(11:30 a.m. チェックポイント⑤川越城本丸御殿と市立博物館(注)、フィニッシュの記念撮影)


「時間通りに着いた。最後に記念撮影して終了、良いよね?」当麻

「楽しかったから許す、でも、彼女らしく笑うのは無理」和香

「そういう飾らない笑顔で十分」当麻


(注)川越城本丸御殿

 現存する本丸御殿は嘉永元(1848)年に時の藩主、松平斉典が造営。藩政が行なわれた家老詰所、36畳の広間、立派な唐破風の玄関が現在も残っている。川越市立博物館は、川越城二の丸跡にある市立博物館。歴史、民俗、史料など、幅広く展示されており、各コーナーとも映像により、楽しみながら学べるようになっている。



(11:40 a.m. 川越城本丸御殿)


「良かった、鰻食べれそう」聡一郎

「楽しかったね。でも、撮影大丈夫だったのかな、私たち殆ど撮影されてなかったけど」瑞穂


「大丈夫だよ、プロだから。しっかり良いモノを撮らせて貰ってる」、いつのまにか大谷小平もいる。

「でも、ここはセットを準備してるから、そこで綺麗に撮らせて貰うよ」

「すみません、お腹痛くなってきました、俺は休憩しててもいいですか」聡一郎

「さっきは走ってたけど、もう鰻食べたくなくなったんだ」大谷小平

「それは別腹があるので、大丈夫です」聡一郎

「そういうのは別腹って言わないよ。それに彼女が一人だと可哀想だろ、変な顔してても良いから、画面から逃げないように立ってて、頼んだよ」大谷小平


「橘君って本当に写真は嫌なんだ、凄くぎこちないね、可笑しい」和香

「変な奴、普段は喜んで変な顔して自撮りしてるくせに」当麻

「でも、きっと良い写真が撮れてるよ、二人とも可愛いから」和香

「多分な。昼食まで未だ時間がある、俺たちは川越城本丸御殿でも見学していようぜ」当麻

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