練習試合(後半)

■5月21日(土曜日) 13:45 練習試合 第三試合第ニセット


 第2セット (ローテーションの変更無し)


 0-0(大久保) ブレイク ※(サーバ) 試合展開


 大久保はトップスピン回転のサーブで後衛レフト秋葉とセンター反田の間を狙う。秋葉から渋谷に返り、恒星のスパイクを高田がワンタッチブロック、OP品川がスパイクを決めて選抜チームがブレイク。


 ***


「さっき橘と話して時、上野は綺麗だった」当麻

「いきなりきたね」和香

「独り言だったけど、聞こえた?」当麻

「そりゃ目の前で言われたら聞こえますよ」和香

「俺も聞こえた、上野って橘のファンだったんだ」当麻

「そっちは聞こえたんじゃなくて、聞いてたんでしょ」和香

「そうかもな、で、上野は橘がいるから東大寺に来たのか?」当麻

「そんなストーカーみたいなことしませんよ」和香


「でも、ちょっと微妙か、東大寺学院大の模試で橘君と私の成績が並んでたんだ。凄く嬉しかったし、うちのバレー部で一緒になれたらいいなって、期待はしてた」和香

「アウトだな、立派なストーカーだ」当麻

「ギリギリセーフだよ」和香


「じゃあ、上野はセーフで良いけど、大和はアウトだ。あいつは偶々じゃない、橘がいるから東大寺に来たんだ」当麻


 ビデオを観ていて分かった、大和の方が橘より橘を分かってる。今の橘はぜんぜん大和にかなわないし、橘も気付いていないけど、時々、橘は信じられないような動き方を、当たり前のようにする。レスポンスだけなら、今でも大和以上だ。大和はそれが分かるから、橘に合わせて練習してる。あの大和が他人のために、我慢して練習に付き合ってる。橘がいるから、、


「そうだよ、大和君に橘君が東大寺を受けるって教えたのは私だし、知ってたよ」和香

「どういこと?」当麻

「皆んなに言ってないけど、高校同じだったから、大和君と。私は大和君と同じ薬師高校男子バレー部のマネージャーだったの。偶々、去年のインターハイ、部長と大和君と一緒に、優勝候補の竜王学園の初戦を見に行ったら、その対戦相手が橘君の飛鳥高校だった。私にとってベートーヴェンの運命みたいな試合だった、ジャジャジャジャーンって感じ、分かる?天使ってやっぱり翼があるんだって思った。橘君、本当に凄かった、輝いてたんだ、光の中で。それで笑顔まで素敵だったから、完全にノックアウトですよ。橘君に目をつけるなんて、大和君も見る目があるよ」和香


「ちょっと待って、今、俺、凄いダメージ受けたぞ、大和は1年も前から橘を知ってたのか?」当麻

「あの試合、大和君はライバルの物部君の様子を見て直ぐ帰るはずだったんだけどね。気がついたら大和君も橘君を見てた、結局、最後まで」和香

「俺もその試合を見たかった」当麻

「見れるよ、これからもっと、橘君には大和君がいるから」和香

「いや、その試合を見たかった、大和が一緒じゃない時の」当麻


 1-0(大久保) ブレイク、Bチームのポイント

 2-1(聡一郎) ブレイク×2、選抜チームのポイント

 3-3(品川) ブレイク


『4-3か』当麻


「聞きたいことは聞けたみたいだ。大和君がうちに来た理由に気付いてたんだ。藤原君は鋭いね、橘君本人は全く気付いてないのに」目黒顧問

「目黒先生も知ってたんですね」当麻

「去年のインターハイの後、物部君、大和君の2人とも橘君をとんでもないセッターだとコメントしてた。初戦で消えた選手なのに」目黒顧問

「多分、大和君は気付いたんだと思う。ずっと探していたものに、扉の向こうに行くための鍵、それが橘君なんだと思う」、目黒顧問


「扉の向こう?」当麻

「誰も想像したことがない世界があるはずだ」目黒顧問


 橘君も大変だと思う。大和君は頂点にいても、更にその上を目指す男だから。誰よりも才能に恵まれてるのに、誰よりも努力する。そんな男に出会うことは普通はないのに、突然、向こうから現れて才能も努力も見せつけられたら、圧倒されるよね。大和君がいくら手加減してても、橘君には分かるから、本当の大和君の凄さが。

 

 大和を見る当麻『確かに、今の俺はあいつに勝てる気がしない』


 でも、橘君はそろそろ気付くと思う。橘君は大和君と同じ景色が見れることに、いや、大和君をも凌ぐ自分の才能に。

 物部君、大和君、橘君、それぞれが特別な唯一無二の才能に恵まれている。それでも3人のうち、神様に本当に愛されているのは橘君だと思う。


「まあ、神様がいればだけどね」目黒顧問


 目黒を見る当麻、「やっぱり誰なんですか、目黒先生って」

「バレー部と茶道部の顧問で、心理学部の准教授だよ、ただのね」目黒顧問

「それより、藤原君も見てみたい?大和君が開こうとしてる扉の向こうにある世界を」目黒顧問

「見たくないです。そんな世界があるなら、俺は自分で確かめに行きます」当麻

「だと思った。僕は見たいけどね。藤原君は大和君と似てる、だから話した、信頼できるから」目黒顧問



 4-3(品川) Bチームのポイント

 4-4(渋谷) 選抜チームのポイント

 5-4(高田) ブレイク

 6-4(高田) Bチームのポイント

 6-5(恒星) ブレイク×2、選抜チームのポイント


 7-7(大塚) ブレイク×5、Bチームのポイント


(選抜チーム)

 前衛 OH大久保 MB神田  S有楽

 後衛 OP品川  MB高田  OH大塚

(Bチーム)

 前衛 OH恵比寿 MB反田  OP秋葉

 後衛 S橘    MB渋谷  OH大和


 両チームのローテーション・ポジションを確かめる当麻。第1セットはここから差をつけられた。橘がセッターポジションに戻る分、渋谷がレセプションでカバーする範囲が広がる、攻撃力も大和が後衛ライトにいて最も弱くなってる。

 まず、大塚がトップスピンサーブをレフトよりに打ち込んで渋谷のレシーブを崩し、橘意外の誰かにトスを上げさせて、まともなスパイクを打たせない。選抜チームの方は戻ったボールをきっちり大久保部長に回して、大久保部長が容赦なく渋谷にスパイクを決める。


「他にやりようはあるけど、橘君は渋谷君の練習のためだと思って、手を出すのを控えてる。多分、渋沢君も練習だったらボールに集中できるし、落ち着いて対応できると思うけど、いきなり試合だから、そんなに簡単じゃない。大塚君のトップスピンサーブも切れてる」目黒顧問


 ***


「ところで、おまえらは試合見なくて良いのか?」当麻

「花より団子でしょ」綾乃

「私は見てるよ、大和君と橘君は。でも動きが速すぎて酔ってきた。ほんとに男子の試合って女子とは全然違う、同じスポーツじゃないみたい」瑞穂

「でも、ミックスバレーってあるだろ?」当麻

「あるね、でもラリーを続けるために、男子のアタックがバックプレイヤーに制限されたり、ジャンプサーブが禁止されたりするからね」瑞穂


「そうなんだ、で、何食べてるの?」当麻

「聡一郎の差し入れ。初夏のケーキだって、自分で作ったらしい」綾乃

「俺のは?」当麻

「ない、食べたいなら買って来たら?」綾乃

「何で?俺の方が橘に尽くしてないか、バスケの相手したり、ビデオ見せたり」当麻

「藤原君がまとわりついてるだけだよ。いいかげんに気がついた方がいいよ」和香

「嫌がってるのは上野だろ、そっちこそ気づけ」当麻

「甘夏のチーズケーキ、美味しいね。あれ、藤原君、未だいたんだ」和香

「和香ちゃん、藤原君には厳しいね。藤原君は甘いもの好き?橘君は苦手だけど」瑞穂

「好きだよ、でも橘が作ったんだろ?」当麻

「甘いのは苦手だけど、作るのは好きなんだって」瑞穂

「良く分かんないけど」当麻

「分かんないよね、でも藤原君も甘いもの苦手って思ってるんじゃないかな」瑞穂

「可愛いそうだから、私の半分あげようか?」綾乃

「欲しい」当麻


「美味しそうに食べる、でも、わざとらしい。あんたは自分が好きそうだね」綾乃

「好きだよ、自分が自分を好きにならないで、誰が好きになってくれる?」当麻

「私は好きだけど、そういうのが嫌いな人もいる」綾乃

「俺は他人がどう思うかは気にしない。それより、誰でも良いけどデートしない?」当麻

「こっちは誰でも良くないわ」和香

「誰でもって言ってないだろ、俺と橘、橘がWデートしたいって」当麻

「藤原君が橘君にWデートしないからって、誘ってるんでしょ」和香

「おまえ何でも分かるな。まあ俺が誘ったでもいいや、ともかくイケメン2人とデートだ。そっちも綺麗、可愛い、恰好良いと揃ってる、やばくないか」当麻

「橘君は忙しいんだよ、バレー以外に茶道部の面倒も見てる、実家のお手伝いだって」和香

「だからだろ、息抜きさせないと」当麻

「なるほど」和香


「私は遠慮するわ、デートって柄じゃない」綾乃

「何で、行きたいとこないのか?」当麻

「柔道場でも良いのか?」綾乃

「それ良いんじゃないか、俺も柔道やってみたい、目白は柔道強いの?」当麻

「実は3段、小学校の4年生からだから、もう9年続けてる」綾乃

「綾乃、初段じゃなかった?」瑞穂

「初段ってことにしといて。バレーと違って柔道が強い女ってイメージ悪いでしょ、親だって柔道続けてるの嫌がってる」綾乃

「目白らしくて良いんじゃないか、柔道強いのって恰好いいよ」当麻

「ありがとう、私もあんたのど派手な金髪は嫌いじゃない」綾乃


「じゃあ、くじ引こう、外れた人は次の機会に回って貰う」当麻

「3本の赤い糸のうち、俺の彼女役の1本は俺の子指に、橘の方の一本は人差し指に糸の先を結ぶ、外れの1本は結ばない、紐の先が分からないように手を握る、じゃあ選んで」当麻


 当麻が手を開く、片岡瑞穂の糸は人差し指に、上野和香の糸は子指に結ばれている。


「何だ、目白が外れたのか?残念、俺も柔道場に行きたかった」当麻

「だったら、特別に稽古付けてやろうか?」綾乃

「それは遠慮する、デートにならいだろ。やっぱり上野を投げたり、片岡と組み手の練習をする楽しみがないと、スキンシップが重要なんだ」当麻

「なんだ絡みたいだけか、ほんとは聡一郎とも絡みたいのか?」綾乃

「絡みたいか?まあな、でも橘とはちゃんと柔道したい」当麻

「聡一郎には勝ちたいんだ」綾乃

「橘は勝ちたい相手じゃないよ、一緒に戦っていたい相手。橘とは一緒が良い」当麻


 ***


 12-8(秋葉) 選抜チームのポイント


 Bチーム後衛は、レフト渋谷 センター恒星 ライト秋葉。高田レシーブ、有楽トス、大久保スパイクで決まり。


 13-8(有楽)大久保前衛センター、4連続ブレイク


「有楽さんもジャンプフローターで、ドライブに無回転とスピンを混ぜてくる」当麻

「彼はセンスが良くて、ボールコントロールも上手い、特に相手のレフトからコートの外に逃げるスピンが有効だ。サービスエースは取れなくても、セッターにまともなボールが返らない。しかも大和君が後衛で、選抜チームは高田君も前に出てブロックを厚くしてるから、Bチームの攻撃は決まりにくい。甘く返ったボールを大久保がスパイクで秋葉君と渋谷君を狙う、しばらくの間、Bチームはお手上げかな」目黒顧問


 14-8(有楽) ブレイク


『じっと見てるだけだと始まらないか』恒星


 渋谷が弾いたボールを追って恒星がコート外に飛び出し、振り返りざまにボールを返す。


『エースの大和がレシーブのカバーにまわるのか』と恒星の動きを目で追う大久保。


「さすがだ、大和君は諦めていない」目黒顧問


 15-8(有楽) ブレイク


 選抜チームからのサーブ、スパイクが智裕、悠一に繰り返される、その流れ弾をスライディングして恒星が拾って繋ぐ。


『意外と高く上げられないな』恒星


 ボールの行方を目で追う聡一郎に、スライディングしたまたまの恒星が振り返る。


 聡一郎、おまえ、いつまで寝てる気だ?おまえには才能がある、誰もが羨む才能が。いい加減に目を覚ませ。


 ***


 16-8(有楽) ブレイク


「恒星、ごめん」智裕

「気にするな。俺だってミスは怖い、チームの足を引っ張りたくない」恒星

「おまえが?」智裕

「おまえと何も変わらない」恒星

「俺、」渋谷の言葉を遮る恒星、

「余計なこと考えずにボールに集中しろ、仲間を頼れ」


『そうだ集中する、逃げ道なんてない。有楽さんがトスを上げる、ジャンプフローターサーブを打つ、聡一郎がセッターポジションに返る、ボールの落下点は?分かんねえ、けど、どうでもいい、どんなボールだって喰らいつく、俺も逃げない』智裕


 智裕が弾いたボールがセンター後方に鋭く飛ぶ。


 レフトよりにいた恒星が反転してフライング、伸ばした右腕でボールをセンターの反田に返す。

 反田が押し戻したボールを選抜チームは大塚、有楽と繋いで大久保がスパイク。


 再び智裕が体ごと突っ込んでボールを弾く。


 センターMB後方に返ったボールに、後衛センターの恒星とセッターポジションにいる聡一郎が同時に反応する、『恒星、本気で勝つ気なのか?どうしてそこまでする』


 聡一郎の目の前で、恒星が滑り込んでボールを拾い、レフト前衛の秋葉にトスを上げる。


 秋葉のスパイクを高田がブロックしてブレイク。


 床に転がるボールを拾いあげる聡一郎。


 大和恒星、日本バレーボール界で10年に1人と言われる逸材。誰よりも才能に恵まれているのに誰よりも努力する、追い込まれれば追い込まれるほど本来の力を発揮する。


 何で、、おまえには勝てないって分かってる、なのにどうして、

 

 微かに笑う恒星、


「未だまだだ、だんだん気持ちが良くなってきた」


 俺はおまえだけには負けたくない。



 17-8(有楽) Bチームのポイント


『有楽さんがトスを上げる、ジャンプフローターサーブ、聡一郎がセッターポジションに返る、ボールの落下点は?やっぱり分かんねえ』智裕


 有楽の落ちるサーブに再び体ごと当っていく智裕。コートの外に飛んだ智裕のボールを恒星が拾う。ボールは前衛レフトとセンターの後方中間にゆっくりと高く上がる。


『また返したか、さすが大和だ、でも誰がスパイクを打てる?恵比寿は完全にブロックされてる、残念だがお終いだ』大久保


『違う、始まりだ』恒星


 ゆっくりと上昇するボールの背後に近づく影が、太陽を遮る雲のように大久保の視界を覆う。


『何だ?』

 

 一瞬、確かめるように羽ばたくと、その影は折りたたんでいた翼を広げて空に舞う。


『何故、橘がそこにいる?』大久保


 ゆっくりと回転するボールが、スパイクで飛んでいる聡一郎に向かって吸い込まれていく。レフトで恵比寿をマークしていた高田、神田がセンターに引き返す。ボールは重力の頂きまで登りきると、絡みつく糸に巻き戻されて、ゆっくりと落下し始める。


『スローモーションみたいだ。時間が止まる、大久保さんはもう動けない』


 聡一郎が空中でゆっくり体制を切り替え、落下しながら照準を合わせてボールを叩く。


『俺は世界に絡む重力の糸を断ち切れる』


 大久保の肩をかすめ、品川の左の死角に吸い込まれたボールが静かに床で弾ける。再び、止まっていた時間が動き始める。


『何が起こった、何故、橘がいた?』大久保


 いや、いつスパイクを打ったんだ?自分の影を見つめる大久保。スパイクのタイミングを変えたのか?一瞬の判断で、空中で体勢を切り替えて、マジか?


「信じられないことをする。大和君がボールを打った瞬間、いや、それより前にセンター後方まで移動して跳んでいた。橘君と大和君の間で何かが変わり始めたみたいだ」目黒顧問


 ゆっくりと立ち上がる恒星、記憶の中で燦然と輝く太陽に目を凝らす。おまえは未だ気付いていない、けれど俺には分かる。俺とおまえが組めば誰にも負けない、絶対にだ。


「大和恒星、こんな奴がいたのか」当麻

「凄い男だね。橘君との出逢いも偶然なんかじゃない。彼なら本当に見せてくれるかも知れない、誰も想像したことがない世界を」目黒顧問



 周囲の雑音が波のように引いて消えた世界に佇む聡一郎、ここは静か過ぎる。減速する世界、海を渡る風は止み、漂う雲は影を失くし、音のない静寂が空間に根を張り巡らせている。隔離された世界、そこにあるものは無限に広がる時間の海、そして無意味なほどに透明な太陽の輝き。透き通るほどに透明な孤独、聡一郎の無意識が、両手を広げて、ただ時間の海に浮かんでいる。

 気づいていないのはどちらだろう、盲目な心臓の鼓動を聞きながら、聡一郎の無意識は感じ始めている、何かが来る、聡一郎の心拍に重なる微かな濁音、誰かが来る、扉を開けに来る、、けれど未だ、今は未だその時ではない。


 ***


 17-9(反田) 後衛レフト恒星、バックアタック


「さっきのは流石に大久保君も驚いたみたいだ、スパイクが甘くなった」目黒顧問


 渋谷のレシーブが聡一郎に返る、聡一郎がバックトスでボールをセンター中央に高く上げる。


『まさか、そこから打つのか?』大久保


 高く上がったボールを、ボールの真上から恒星がバックアタックで相手コートに叩き込む。


「誰も一歩も動けなかった、高さもスピードも他の奴と全く違う」当麻


 でも、まさかのバックアタックじゃなかったのか、大和は分かってたのか?

「橘君が大和君に合わせたんだ。完全マークの恵比寿君より確率が高かった、それに相手に与えるインパクトが全く違うから」目黒顧問



 17-10(反田) 選抜チームのポイント

 18-10(神田) 高田前衛レフト、大久保前衛ライト


「高田さん、大久保さんの2人が前にいる今が、一番攻めも守りも強いはず」当麻

「そして大和君は未だ後ろにいる」目黒顧問


 神田のサーブを秋葉が正面で受ける、恒星がレフトコート外から助走を始める、ボールは聡一郎に返る、高田、品川、大久保が恒星のブロックに入る。


『恒星はもっと高く跳べる』


 もう一度、聡一郎がバックパス、恒星が踏み切る、ボールは目に見えない壁を登り、375cmの頂きで消える。恒星のバックアタック、ボールがMB高田の指先をかすめ、神田の目の前で床から弾け飛ぶ。


『一歩も動けなかった、速すぎて打点が見えない』淳

「バックアタックと分かってても、落下点が予測できないのか」当麻

「ボールが床から跳ねて初めてどこに落ちたのか気付くんだろうね、あんなトップスピン・スパイクを打てる日本人は大和君しかいない」目黒顧問

「橘には見えてるのか?」当麻

「見えてるはずだ」目黒顧問


 タキサイキア現象って言うのだけれど、一瞬がスローモーションのように感じるらしい。視覚や脳の処理能力が人と違うのか、実際のところは良く分かっていない。橘君がそうなのかも分からない。だから、どう思うかは藤原君次第だけど、橘君は時間の流れを変えることが出来るのかも知れない。それも自分だけでなく他人の時間まで。


「まさか」当麻

「信じられないと思うけど、橘君の茶の湯は時間を止めると言われている」目黒顧問



 18-11(恵比寿) 恒星前衛レフトからオープンスパイク、ブレイク


『大和が前に来たか、でも点差はある。今日はこのまま逃げきらせて貰う』大久保


 秋葉がスパイクを拾う、聡一郎がカバー、レフトにゆっくり高いトスが上がり、恒星がオープンスパイクを神田の真正面に打つ。

 臆せず突っ込んだ神田の正面で、今度はボールがギアを上げてホップする、思わず顔を反らした神田の頬をかすめ、ボールが場外に弾け跳ぶ。


『何なんだ、今のは、トップスピンの逆回転でボールをホップさせた?』淳

『さすがのあっくんも、あんなの打たれたら突っ込めない」聡一郎、


 凄いな、あっくんがマジな顔してる。


 18-12(恵比寿) 智裕がブロック、ブレイク

 18-13(恵比寿) 智裕がワンタッチ、反田のレシーブを聡一郎がツーアタック


 智裕がワンタッチしたボールを反田がレシーブで拾い、聡一郎に返す。

 聡一郎が恒星にトスをあげ、恒星がレフトからオープンスパイク、と同時にブロックでジャンプする高田と大久保。


『違う、ツーアタックだろ』大久保


 恒星の手が空を切る。誰もいなくなったライト側で聡一郎がツーアタックを決める。


『幻か?トスをあげたはずなのに、アタックしていた、』大久保


 いや、頭ではツーアタックと分かっていたのに、体が違う反応をした。


「橘君は大和君にトスするように見せて、自分のマークが手薄になった瞬間、ツーアタックに切り替えた」目黒顧問

「橘の反応が更に速くなった」当麻


 高田さんと大久保さんが、橘にツーアタックを打たせるために、大和のブロックに動いたように見えた。相手の動きに反応してるのに、相手より早く動いている。



 18-14(恵比寿) ブレイク


 秋葉のレシーブを前衛の恒星がカバー、鋭いボールをセンターに返す。高田と大久保がクイックでジャンプする渋谷のガードを厚くする。

 その渋谷の背後から、ブロード(移動攻撃)で聡一郎が渋谷のボールをさらい、ライトからセンターに移動してきた大久保の背後にスパイクを決める。


『またか、大和の奴、ブロード(移動攻撃)狙いでトスを上げたのか、橘はセッターじゃないのか?何なんだ、さっきから大和と橘に良いように動かされてる』大久保


「まさか大和君がブロード狙いで、セッターにトスを上げるとは思わない。でも、大和君がボールを返す前から橘君はセンターへ動き始めていた。大和君も橘君と大久保君の動きを確認して、センターに鋭いトスを返した」目黒顧問


 橘君は大久保君の最終判断を見極めた瞬間、残像から抜け出して、スパイクを打った。そこにいるはずのない橘君の動きが、大久保君の目に入った瞬間に、体がそれとは逆に渋谷君の方に動いてしまう、大久保君は奇妙な感じがしているだろうね。


「渋谷、大久保さんの動きに反応してからでも、橘の方が早く動けるから」当麻


「最後の審判だね」


 最後の一瞬で裁かれる者が裁く者と入れ替わり、最後の審判を下す。気づいた時には、自分が裁かれている。


 ともかく、Bチームはレフト、ライトに続いてセンターも攻略した。レフトは大和君のオープンスパイク、ライトは橘君のクイック、センターは誰が何をしてくるか分からない。

 選抜チームは防御の手を失って丸裸になったけれど、Bチームの方は秋葉君、大和君、渋谷君、橘君、それぞれの動きがつながって意味を持ち始めてる。大和君と橘君が前衛にいる今のローテーションで、確実にレシーブされたら、選抜チームにはBチームの攻撃を止める手は残されていないね。


「最後の審判か、気付かないうちに裁かれている、いや、気付いたとしても抗えない。誰かに操られてるみたいに、思うのとは違う反応をしてしまうのか」当麻

「操られているというのが錯覚だとしても、暗示にかければ相手の行動を誘導できるのかも知れないね」目黒顧問



 18-15(恵比寿) 恒星がブロックでワンタッチ、秋葉のレシーブ、聡一郎のトス、恒星のスパイク。

 18-16(恵比寿) 選抜チームのポイント

 19-16(大久保) 大久保のサーブ&高田前衛センター、Bチーム前衛、恒星、渋谷、聡一郎。

 反田の乱れたレシーブボールを聡一郎がセンターに高く上げ、恒星がオープンスパイク。


 19-17(聡一郎) 恒星前衛センター、ブレイク×3


「橘のサーブでとうとう逆転した」当麻


『いつのまにか、ジャンプサーブに無回転だけでなく、大和のホップする逆回転も混ぜてきてる、橘は何でもありだな』当麻



 19-20(聡一郎) 選抜チームのポイント、大久保がバックアタックで決める。


『あれ、いつのまにか逆転してる。だったら良いよな』と恒星を見る聡一郎。


 一応、言ったからな、聞こえてないと思うけど、背中を向けてるおまえが悪いんだぞ。


『おまえ何考えてる』と振り返る恒星。


 今頃、振り返っても遅い、一歩二歩、ゆっくり減速しながら頭上に高くトスを上げる、


『消える魔球だ』聡一郎


 聡一郎が落ちてくるボールの芯をヒット、無回転の天井サーブを打ち上げる。ボールは空気抵抗にゆれながら、ふらふらと体育館の照明に向かって上がっていく。ボールを見上げる大久保、神田、有楽。


「消えたな、照明の陰に入ったか」大久保


『違うな、照明の上をスルーさせてる』聡一郎


 落ちてきた、光の陰から再びボールが現れる。


『やばい』聡一郎が頭を抱えてしゃがみ込む。


『チャンスボールだ』大久保


 大久保がバックアタックをセンター渋谷の後方に決める。頭を抱えてしゃがみ込んだままの聡一郎に、恒星が詰めてくる。


『怖い。笑ってるけど、怒ってる』としゃがんだままで恒星を見上げる聡一郎。

「惜しかったな」恒星

「でしょ」聡一郎

「ああ、照明の位置が悪かったみたいだ。後で直しておけ」と恒星が吐き捨てる。


「大事なところでやってくれますね、橘は。また、どっちが勝つのか分からなくなった。素直にジャンプサーブを打ってれば勝てるのに」当麻

「天井サーブなんて久しぶりに見た。大和君も変わったね、忍耐強くなってる」目黒顧問



 20-20(品川) 高田前衛ライト 大塚前衛センター、恒星のスパイク


『橘は良く分からんが、大和は高校の頃より凄くなってる、何故あそこまで跳べるんだ』大久保

 

 恒星の動きを追う大久保。


 恵比寿がレシーブ、大和が助走を始めた、ボールを橘に返す、大和は左足で踏み切る、橘がトスを上げる、吹っ切れてる、大和はボールを見ていないから迷いがないのか、、

 ボールは?ボールの方から大和の打点にかさなって、、、消えた!大和がスパイクを打ったのか?


 大和のスパイクボールが神田と大久保の間に決まる。全く反応出来なかった神田がスパイクがヒットしたコートを見つめている。


『何てトスを上げるんだ、橘が大和を進化させてるのか?』大久保

『未だまだだな。本当の恒星はもっと凄い』聡一郎



 20-21(渋谷) 恒星前衛ライト、選抜チームのポイント


 選抜チームのガードがセッター側に移動する。


「大和は気にするな、あいつは俺たちでは止められない。橘だ、俺たち全員で橘の動きを止める。この試合、絶対に負けられない」大久保


「さすが大久保君、簡単に負けちゃ駄目です、大和君はともかく、橘君の奇襲は何度も上手くいくわけじゃない。今の橘君は未だ才能を持て余している、勝つための心の準備もできていない」目黒顧問


 橘君にまともなボールが返らなければ何とかなる。大和君が代わりにトスを上げたとしても、完全にマークされた橘君が選抜チームのブロックを崩せるとは思えない。今日、勝ちたいなら、橘君は無理をしてでも大和君にトスを上げるしかない。でも橘君はそんな明日のない勝ち方をしない。橘君は、もう一人の怪物、物部君も知っている、大和君1人では勝てないと分かってる。



 21-21(高田) ブレイク×2、Bチームのポイント

 23-22(恒星) ブレイク×2、選抜チームのポイント

 24-24(大塚) Bチームのポイント

 24-25(秋葉) 選抜チームのポイント

 25-25(有楽) ブレイク、Bチームのポイント

 26-26(反田) 選抜チームのポイント

 27-26(神田) Bチームのポイント



 27-27(恵比寿) 選抜チームのポイント


 後衛 神田 有楽(S) 大塚

 前衛 大久保 品川 高田

 前衛 恒星 渋谷 聡一郎

 後衛 秋葉 反田 恵比寿


 恵比寿のサーブ、有楽は前衛ライトに移動、大塚がレシーブ、有楽がトス、大久保のスパイク。

 秋葉が拾う、低いボールが聡一郎に、聡一郎をマークしていた大久保、品川、高田が恒星のいるレフト側のブロックに動く、恒星がレフトから跳ぶ。


『センターが空いた、いける。智裕、Cクイックだ!』


 聡一郎の後ろに隠れていた渋谷に、聡一郎がバックトスを送る。

 センターに空いた隙間をついて、渋谷が相手コート後衛レフトの大塚にクイック・スパイク。


『あっくん!智裕が見えていたのか』聡一郎


 動けない大塚のかげから、レフト大塚のカバーにまわっていた神田がフライイング・ワンハンド・レシーブ。伸ばした右手でボールを押し返す。高く上がったボールはセッター有楽に、大久保が助走を始める。弧を描く高いトス、大久保が完璧なオープンスパイクを秋葉悠一の足元に決める。


『読まれてたな、神田はさすがに聡一郎を良く知ってる』恒星



 28-27(大久保) サービスエース

 29-27 ゲームセット、2-0(25-14、29-27)で選抜チームの勝利。



「終わった。大久保君たち、今日は何とか勝てた」目黒顧問

「でも、もう次は勝てない。この試合、本当に勝ったのは大和だ」当麻

「そうかも知れない」目黒顧問

「目黒先生のおかげですね。でも俺は負けません、大和には絶対に負けられない」当麻

「じゃあ、僕は藤原君も応援するよ、大和君と同じくらいに」目黒顧問


 自分が自分を好きにならいで、誰が好きになってくれるかか、目黒圭介が当麻の言葉を思い出す。橘(慶一)さん、運命かも知れませんね。彼らなら聡一郎君が閉ざした扉も開けてくれるかも知れません。心配しないで下さい、僕が見守っていますよ、約束ですから。


 ***


「決勝は選抜チームとCチームか、ちゃんと試合するのかな?」秋葉悠一

「カットだろ、バレーの試合って考えるの面倒くさいって思ったんじゃないか」聡一郎

「それでも橘たちは決勝戦が終わるまで見学だな、俺はバスケの練習に行くことにする」当麻

「土曜日なのに練習するのか?」聡一郎

「ああ、遊んでる場合じゃない」当麻

「じゃあ、練習の後、俺のアパートに寄れる?女子に差入したケーキ、作り過ぎたから食べて欲しい、当麻は甘いもの好きだろ?」聡一郎


 聡一郎をハグって抱きしめる当麻。


「甘いもの好き」当麻

「当麻、暑苦しい」聡一郎

「確かにな、でも絶対行くから。練習の後、死んでても行く、待ってて」当麻



『そうだ、上野にWデートのこと言っとかないと』当麻


「さっきのWデート、再来週の土曜日に決めたから、暇だろ、片岡も上野も」当麻

「情けない、暇と言われても否定できない」和香

「バイトの撮影日程で再来週がいい、こっちで行くところも決めるから」当麻

「お任せして良いんだ、さすがだね」和香

「プロだから任せて、期待して良いよ」当麻

「ちょっと怖くなってきた、大丈夫だよね」和香

「怖い?そう言えば、俺にも見えたよ、天使の翼」当麻

「天使の翼?気のせいだよ、見えるわけないよ」和香

「気のせいじゃない、悪いけど絶対に俺が捕まえる」当麻

「捕まえる?捕まえてどうするの」和香

「一緒に遊ぶ」当麻


 得意顔の当麻に上野和香が「馬鹿じゃない」と思わず吹き出して笑う。


「遊んでもいいけど、BLはだめだよ。橘君も抵抗なさげで心配になるよ」和香

「それはない、俺の彼女は上野だろ、籤だけど」当麻



 第四試合(決勝)は選抜チームが勝利(25-20、25-18)。


「橘、今日は罰ゲームなしか?」大久保主馬

「今日はありませんよ、大久保部長に罰ゲームをあげたいくらいです。部長は性格悪くないですか、智裕を狙い過ぎですよ」聡一郎

「俺じゃない、俺は案外優しいんだ。あそこまでやるのは心が痛んだ、あれは目黒先生の指示だ」大久保

「目黒先生?何で」聡一郎

「知らん、目黒先生に聞いてくれ」大久保


 ***


 バレー部部室の扉を閉める聡一郎。


「恒星、おまえが俺をカバーしてくれるなんて思わなかった、凄く嬉しかった」渋谷智裕

「惜しかったな、最後のクイックは悪くなかった」恒星、

「決めたかったけど、あれが今の俺の実力だ。でも次がある」渋谷智裕

「ああ」恒星


 空を見上げる聡一郎


「何で空を見てる」恒星

「降りそうにないけど、明日はきっと雨だ。おまえもそう思うだろ?」聡一郎

「いや、明日はきっと晴れるな」恒星

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