マネージャーって楽しい?

(水曜日)19:30


 練習後、片付けをする上野和香に、お願いがあると聡一郎が話しかける。


「練習中にビデオ撮ってるよね、それ見たい」

「良いけど、何が見たいの?沢山あるよ」

「俺、恒星の相手するので目一杯で、周りが見えてないから」

「練習試合の前に見ておきたいんだ。分かった、選抜チームとBチームから、大和君、橘君、神田君を除いた9人で編集してみる、明日で良いかな?」

「明日、貰えるの?助かる、上野さんって凄い」

「凄くない、それがマネージャーの仕事。凄いのは橘君だよ、いつも大和君と凄い練習してる。さっきの藤原君とのバスケもとんでもなかった」

「良かった、遊んでるって思われてなかったんだ。

でも、本当に凄いのは当麻と恒星かな。俺は努力しないから駄目だって、恒星に言われてる。努力したって、恒星みたいになれる気はしないけど」

「大和君がそう言うなら、橘君はもっと努力した方が良い。大和君はいい加減なことは言わないから」

「どうしてかな、皆んな恒星の味方をする」

「どっちの味方もしてないよ、橘君も、大和君も二人とも応援してる。ビデオも明日には見れるようにするから」


 ***


(木曜日)午前10:40


 上野和香からラインが届く、「ビデオの編集終ってます、どうやって渡せば良い?」、ラインで返す聡一郎、「感謝!今どこ?受け取りに行く」


 経済学部講義中に聡一郎が後ろの扉から忍び込む、USBメモリを受け取ると出口にUターン。


『橘、何してるの?』扉の前に忍び寄って来た当麻と向かい合う。

『これ、上野さんから受け取りに来た』人差し指を口に当てて小声で話す聡一郎。

『エッチなやつか?だったら俺も一緒に見たい』当麻も小声になる。

『男子バレー部の練習を撮ったビデオだけど見たい?上野さんからそんなの借りるわけないだろ』

『男子バレー部の練習?エッチな練習は撮ってないの』

『そういうのは全部カットされてる、悪いな』

『だったら、俺の持ってるやつ一緒に見る?』

『それって凄いのか?』と聡一郎、頷く当麻。

『仕方ないな』と講義室から一緒に抜け出す。


(午前11:15 )


 バイクで本駒込の当麻のアパートに戻る。当麻の部屋、ステフィン・カリー(NBA歴代最高のシューター)のポスターがベッドの奥の壁に貼られている。TVの前にあるスピンバイクにTシャツとジャージが掛けられている。


「ごめん、散らかってるけど、橘って綺麗な人と可愛い人だとどっちが好き?」

「どっちも好きかな」

「両方見たいってこと?意外、俺も嫌いじゃないけど、じゃあ、可愛い方から」

「先にバレー部の練習を見ても良いかな?俺、テレビもパソコンも持ってなくて。部活のミーティングルームで見るのも良いけど、当麻の意見も聞きたいから」

「何だ、別に構わないけど、テレビもパソコンも持ってないの?まあ、俺も殆ど見てないか、バスケとサッカーの試合くらいだな」とテレビにUSBメモリを挿す。

 

 ビデオを見ながらバレーボールのポジションと役割を説明する聡一郎。


「だいたいのポジションと役割は理解できたと思う」当麻


(選抜チーム ラインアップ)

 OH大久保(3年) MB高田(3年) S有楽(2年)

 OP品川(2年) MB神田(1年) OH大塚(1年)

 ※Lなし

(Bチーム ラインアップ)

 OH大和(1年) MB渋谷(1年) S橘(1年)

 OP秋葉(1年) MB反田(1年) OH恵比寿(1年)

 ※Lなし


「狙い目はMBみたいだけど、狙われるのはBチームの方かな」当麻

「智裕はレシーブを苦手にしてるからな。気のせいなんだけど」聡一郎

「悠一も苦手みたいだけど、あいつはポジティブで図太いからな」

「短所は長所にもなるけど、簡単じゃないか」


「どうして橘と大和のビデオがないの?」当麻

「恒星とはいつも一緒に練習してるし、自分を見てもつまんないだろ」

「橘は自分を大和と比べてみた方が良いと思うよ、俺もそっちが見たかった」

「比較にならないだろ?俺は足引っ張ってばっかしだし」

「橘って馬鹿だな。ごめん、全然悪い意味じゃないから、俺も馬鹿だし」

「慣れてるから気にしない、恒星にも馬鹿じゃないのかって言われてる」


「ところで橘はその練習試合で勝ちたいの?」

「ベストを尽くしたいの方が近いかな」

「だろうな、橘は恵まれてるから、負けても気にしないと思った。セッターがバレーボールのポイントガード(バスケットボールの司令塔)だとすると、Bチームは選抜チームに勝てないかもな。勝敗を分けるのは才能じゃないから」

「当麻って恒星と似てる、厳しいんだ」

「多分、大和も俺も勝つことにこだわってる」


「見た目は全然違うけどな、当麻って芸能人みたいだし」と改めて当麻の様子を眺める聡一郎。

「目立つだろ?ライトブラウンとか、アッシュブラウンの方が女子受けするみたいだけど、中途半端なのよりプラチナブロンドの方が格好良いかなって、タダだし」

「タダなんだ、自分で染めてるってこと?」

「それは無理、ブリーチ(脱色)もカラーリング(染色)も一回じゃすまないから。タダなのはモデルのバイトしてるからだけど、橘もする?紹介するよ。髪も染めたら?絶対似合うと思う」

「俺は無理。それより、どうして目立ちたいの?」

「その方がモテるだろ。バスケだからスラムダンクっぽく赤く染めても良かったけど、ジャニーズの方がモテる気がしたからプラチナブロンドにしてる」


「橘はモテるの嫌なのか?」

「モテてないから分んない。恒星は煩しいみたいだけど、当麻はモテたいんだ、どうして?」

「どうしてって、小さい頃からそうだったし、何で煩しいんだ?そっちのほうが分んない」

「それもそうだ、当麻は彼女にも尽くしそう」

「今は特定なのはいないけどね、橘と一緒。そうだ、今度、Wデートしようか?」

「彼女いないんだろ?また、合コンしたいの?」

「いるよ、不特定多数には。Wデートって刺激になるみたいだし、チャンスかも」

「やっぱり、当麻と恒星は似てない。どっちなのか分かんない」

「どうして俺と大和を比べてる?自分と大和を比べた方が良いと思うよ」


(午後1:15 )


 当麻の部屋で、繰り返してビデオを見る聡一郎。当麻はビデオに飽きて、半分、呆れて聡一郎を見ている。当麻の視線に気付く聡一郎。


「どうして見てる?」

「どうしてって、真面目な顔してたから」

「俺が真面目だと変?でも、普通に頑張ってると、努力しろって言われる」

「俺は変って言ってないし、真面目なのも、そうでないのも、どっちも好きだけど、今はどちらかと言えば、お腹が空いてる」

「お腹が空いてる?やばい、もうこんな時間か、何かあれば作るけど」

「作れるの?だったら要るもの書いて、大丈夫、直ぐ買って来るから、ビデオ見てて」


(午後1:50)


「滅茶滅茶、感動してる。カルボナーラってこんなに美味しかったんだ。しかも作るの簡単だった。橘が調理器具と調味料を持ち歩いているのには驚いたけど」当麻

「家業だから仕方ない。人には言い辛いけど、お茶とお花の道具も入ってる。どうしてもリュックに入らないのは学部のテキストだけ」聡一郎

『お茶とお花?』当麻

「まあまあイケる、美味しい。ブラックペッパーと岩塩が良かったのかな」聡一郎


「俺、橘と一緒に暮らしたくなってきた、どう?返事は今でなくても良いけど」

「ありがと、しばらくは返事しないから、安心して。せっかく一人暮らし始めたとこだし、部活で料理どころじゃないだろ」

「結構マジで言ったんだけど、あっさり振られた。まあ良いか、そうだ、練習試合って何時?土曜か、見に行っても良いか?だんだんバレーボールが好きになって来た気がする」



(午後3:30)


 練習前の準備をする上野和香に、頼みたいと当麻が話しかける。


「上野、橘にバレー部の練習ビデオ渡したよな、俺もビデオが見たい」

「バレーボールに興味があるの?」

「バレーボールもだけど、橘が見たい」

「どうして?」

「どうしてって、橘は面白いから」

「藤原君も面白いね。じゃあ橘君で編集してみる」

「編集してくれるんだ、だったら、ついでに大和もつけてくれるかな?」

「大和君も面白い?」

「全然、面白くないから良く知っておきたい」

「ちょうど二人残して編集したのがある、神田君も、雑談も入ってるけど」

「それで良いよ、ありがとう」


「ついでで悪いけど、上野って綺麗だな」、じゃあなと手を振って去って行く。



(練習開始〜終了までのマネージャーの仕事)


 午後4:30 練習開始の30分前に体育館に来る

 ・ビデオカメラ設置、ドリンクのその他の準備

 午後5:00〜練習開始

 ・タイムキーパー、笛・ボール渡し、ボール拾い

 ・選手のドリンク補充・タオル管理、

 アイシングの氷、ファーストエイドキットの管理

 ・ビデオカメラの録画(動画撮影)、練習の記録、

 (試合の場合)スコアブックの記録

 午後7:30 練習終了後

 ・バレーボール等の用具管理、ビデオの片付け

 ドリンクの片付け

 ・撮影動画のアップロード、練習メニューの

  整理、回覧


(練習外の仕事)

 ・テーピングやスプレー等の備品の購入・管理

 ・公式戦のWEBエントリー


 ・合宿の宿泊先予約、体育館確保、食事手配等

 ・新入生の勧誘などに使用するパンフレット作成

 ・部費やOB会費といった金銭管理



 
(午後7:30 練習終了後)


 練習後、片付けをしている上野和香に話しかける聡一郎。


「上野さん、晩御飯食べに行かない?ビデオのお礼がしたい、嫌でなければだけど」

「嫌ではないけど、片付けとか色々あるから」

「だったら片付けるの手伝おうか、少し話したい」

「何を話したいの?」

「何をじゃなくて、何かかな。上野さんって、いつも楽しそうだし、ビデオ撮ってる時もそうだったから、マネージャーって楽しいのかなって?」

「マネージャーって影の存続だよね。試合に出れないし、雑用ばっかり、何のためにって思われてるかも知れないけど、私は好きだし、楽しいよ」

「男子バレー部のマネージャーは3人しかいないけど、練習始まる前から終わった後まで結構やることあるよね、大変じゃないの?」

「大変じゃないよ、一つ一つ丁寧にやれば楽しいし、そういうの嫌いじゃない」


 ドリンクやビデオの後片付けをする上野和香、小さな肩で髪がさらりと揺れる。


「ほんとに気持ち良さそう、ふわっとしてて」

「ふわっと?」

「女の子の髪って可愛い。男子校だったから、ちょっと珍しい」


 手を止めて、聡一郎の横顔を見る上野和香。空のペットボトルドを片付ける聡一郎。


「ほんとだ、何か楽しくなってきた」


 上野と目が合い、聡一郎が微笑み返す。上野和香が慌てて練習用の備品を肩からかけて、ビデオセットの上にファーストエイドキット、エアスプレー、空いたペットボトルをつめた袋を積み重ねて、両腕で持ち上げる。

 前見えてる?聡一郎が、空いたペットボトルをつめたビニール袋を持ち上げる。


「顔が紅い、無理しすぎ、ファーストエイドキットも持つよ」


 ***


「上野さんってバレーボールやってった?何となくそんな気がする、仕草かな」

「良く分かるね、上手くなかったけど最初は選手だったんだ。高2の夏に男子の先輩に強引に勧誘されて、マネージャーになったの」

「強引に誘われてか、勝利の女神は重要だからな」

「でも、男子って迫力あるから、最初は練習してる時もしてない時もビックリすることばかりで、ドキドキしてた。慣れてくると、皆んなの努力や成長を近くで見れて、そばで応援できるのが楽しくなって、皆んながもっと頑張れるような環境を作ろうって、やりがいも感じて」

「それは俺も分かる、頼まれてるわけでもないし、感謝されないかも知れないけど」

「余計なことまでしてるよね、私も分かるよ」


「俺も本当は自分がプレーするより、誰かを応援する方が好きなんだ。だからかな、上野さんと話してるとホッとする」

「まわりが放って置かないよ、橘君モテるから」

「俺はモテてないよ、恒星と違って、当麻もかな、見かけと違って当麻は恒星に似てる。やっぱり誰かの応援してる場合じゃないのかな、俺って駄目なのかも知れない」

「大丈夫だよ橘君は、藤原君も見かけとは全然違う。皆んな面白い、それで良いんだよ」


(午後8:00 マネージャーの仕事の終了)


 ビデオとドリンク、備品を片付けて、記録を整理して撮影動画をアップ、本日終了。


「お疲れ様、本当に晩御飯食べにいかない?」

「家に準備したものあるから、橘君は早く帰って休んで。ありがと、凄く楽しかった」

「じゃあ、今度一緒に。また片付けも手伝うから」

「ありがと、楽しみにしてるね」


 聡一郎を見送る上野和香、去年のインターハイ、竜王学園vs飛鳥高校戦のことを思い出す。

『あの時の橘君は誰よりも輝いていた、最高だった、なんて言えないよね』と思う。

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