努力が足らないだけだ

 東大寺学院大学校内では、僅かに残るクヌギ、ナラ、アカマツ、スギの混淆林に、昔の武蔵野の面影を見ることができる。その混淆林の隙間に、今年も孟宗竹の竹の子が伸びてきている。

 法学部の講義が終わって、部活に向かう秋葉悠一、神田淳と聡一郎。


「おまえ講義で起きてたことないよな」淳

「あっくんのノートのおかげで、安眠できてます」聡一郎

 

 竹林を背にした工学部講義棟から出て来た渋谷智裕と恒星。恒星のリュックの犬張子と目が合う。


「ちゃんと付けてるな、偉い」聡一郎

「何付けてんだ、結構、笑えるぞ?」悠一

「俺が付けたんじゃない、聡一郎だ」恒星

「鳥越神社の犬張子は魔除けで有名なんだ、絶対取るなよ」聡一郎

「何考えてるのかわからんな、聡一郎は」悠一、聡一郎の重そうなバックパックを不思議に思う。

「そう言えば、週末の練習試合のチームメンバーが学院SNSにアップされてるらしい」智裕


-トーナメント-

第一試合 Aチーム(1年) vs Bチーム(1年)

第ニ試合 Cチーム(2、3年) vs Dチーム(2、3年)

第三試合 選抜チーム vs 第一試合勝者

決勝   第三試合勝者 vs 第二試合勝者


-選抜チーム ラインアップ-

OH大久保主馬(3年) MB高田蓮(3年) S有楽耕一(2年)

OP品川隼人(2年) MB神田淳(1年) OH大塚湊(1年)

※Lなし

-Bチーム ラインアップ-

OH大和恒星(1年) MB渋谷智裕(1年) S橘聡一郎(1年)

OP秋葉悠一(1年) MB反田春翔(1年) OH恵比寿武玄(1年) ※Lなし


「湊と淳が選抜チームで、恒星と聡一郎が1年のBチーム、リベロなしか、何考えてんだろ?」悠一

「選抜チームのアウトサイドヒッター(OH)は大久保部長と湊か。二人ともスパイクもサーブレシーブも上手いよな」智裕

「大久保さんは丁寧だが思いっきりも良い」恒星

「オポジット(OP)の品川さんは攻撃的スパイカーだけど、俺と同じでサーブレシーブは苦手」悠一

「ミドルブロッカー(MB)の俺も、サーブレシーブは苦手だな」智裕

「今回の練習試合はリベロ(L)なしだから、いつもLと交代するMBが狙い目か。高田さんは背が高くてブロックは得意だけど、守備はそうでもない。本来Lのあっくんは、ブロッカーとしては背が足りない」聡一郎

「ブロックだけがMBの役割じゃない」淳

「知ってる。あっくんは意外と器用だから、MBもセッター(S)もやれる。今どき一人時間差もやる」聡一郎

『それでも俺はあっくんを狙うな。あっくんのマジの顔、マジで面白いからな』聡一郎


「選抜チームのSは有楽さん、BチームのSは聡一郎か。どうして聡一郎がSなんだ?敏捷性だけでなく、正確性や、試合全体を見渡してゲーム・コントロールする大局観と冷静さ、それにリーダシップが要求される重要なポジションだぞ」悠一

「俺が頼れるリーダーってことだろ」聡一郎

「おまえは頼れるリーダーじゃないだろ」悠一

「それは不味いな」聡一郎

「ああ、胸に手を当てて考えて見ろ、そうだ」悠一

「気紛れだし、どちらかと言えば、面倒なことに皆んなを巻き込むタイプだ」淳

『やばい、心あたりがある』聡一郎

「選抜チームは湊と淳以外は、いつものメンバーだから纏まると思うけど」智裕

「俺たちはエースが恒星、リーダーが聡一郎だからな」悠一

「協調性がないOH、優柔不断なOP、デリケートなMB、(気紛れなSか)、まとまらないな、絶対無理、皆んなポジション間違えてる」聡一郎


「罰ゲームとか考えてないよな?俺、聡一郎みたいに踊れないぞ」悠一

「確かに、新歓で俺だけ踊ったのは理不尽だった気もする。罰ゲームは悪くないな」聡一郎

「俺は躍らない。おまえが努力すれば良いだけだ。負けた時は俺の分もおまえが踊れ」恒星

「心配するな、俺が上手く踊れるように教えてやる」聡一郎

「そういうこと考えないで、地道に努力しろと言ってる」恒星


「ほんとうは心配要らないけどね、聡一郎みたいなのは他にいないから」淳

「ああ、努力が足らないだけだ」恒星


 ***


(第一体育館に隣接する男子バスケ部部室)


 ユニフォームに着替える藤原当麻と高橋健吾。


「ちょっとバレーボールの練習見て来る」当麻

「バレーボール?悠一に何か用か?」健吾

「悠一じゃないし、バレーボールにも興味ない」

「だったら俺も行く、片岡って可愛いかったよな。ボーイッシュな目白もカッコよかった、他の女子もチェックしとかないと」


(第二体育館 男女バレーボール練習コート)


「悠一、練習見に来た、女子の方だけど」健吾

「当麻もか?」悠一

「ああ、何となく。あれ、上野ってバレー部だったの?」当麻

「マネージャーだけどね、おまえら経済学部だから顔見知りなんだ」悠一

「せっかくだから話しとこ、美人だし」当麻


「上野ってバレー部のマネージャーなんだ」当麻

「藤原君だよね、バスケットボールの。どうしてここにいるの?」和香

「上野に会いに来た、冗談だけど」当麻

「冗談で良かった。今時、プレーボーイなんて流行ってないから」和香

「そうでもないけど、今日は健吾が女子バレーの練習見たいって言うから」当麻

「それも冗談だから、誤解されるようなこと言うな」健吾

「俺たち、こないだ合コンしたんだけど、片岡と目白も一緒だったから」悠一

「そう、様子見に来ただけ」健吾


「片岡と目白って誰?俺、合コン遅刻したから分かっていない。ああ、片岡ってポッキーゲームの娘か、確かに可愛いかった。なるほど、健吾の言う通りかも知れない。確かめに来た甲斐がある。女子バレー部はレベルが高い」当麻

「良く分からないけど、手は出さないでね。皆んな真面目だから。藤原君って噂通りみたいだね、モテるけど浮気者だって」上野和香

「人が何て言おうと気にしないから。俺は中途半端なことはしない。好きなことを真剣にやるし、努力だってする」当麻

「バスケだとね、出来ないことは出来るまで絶対諦めない男だよ。だから当麻はエースだし、チームでは信頼されてる」高橋健吾

「そうなんだ、努力なんてしなさそうだけど、見かけとは違うんだ」上野和香

「当麻は真面目といい加減が極端すぎるからな。陽気なだけなんだけど、相手を選ばないから、浮気者って思われても仕方ないかな」秋葉悠一

「分け隔てなくと言ってもらいたい」当麻


 神田淳、聡一郎、恒星が体育館に来る。


「藤原がいる」聡一郎

「やっと来た、橘が来るの待ってた」当麻

「待ってた?じゃあ時間ある?ちょっとバスケで遊んで貰いたい」聡一郎


***


『バレーボールだと少し感覚が違うけど、まあ気にしない』当麻

 ルールは簡単、ゴール前ワン・オン・ワン対決※、まずは俺がディフェンスか。


※フリ-スローラインにオフェンスが立つ、オフェンスはドリブルしてランニングシュート。

 ディフェンスは正対、スクリーンアウトなどで、ボールを奪ったらオフェンスにチェンジ。

 シュートが外れたら、リバウンドを取った方がフェイクかワンドリブルで相手をかわしてシュ-ト、シュートが入ったら終わり。外れた場合は、シュ-ト3回まで続けて、オフェンスとディフェンスを交代。


『無駄がないな、どっちに動くのか読めない。勘だけど左かな?』当麻


 当麻が左に動いた瞬間、当麻の右をすり抜けて背後にまわる聡一郎、

 反転してブロックする当麻をフェイントでかわして、そのままドリブル、ボールをリングに置くレイアップシュート※1。あっさり聡一郎がシュートを決める。


『凄い反応する。俺が動いた瞬間に背後までまわっていた。面白い』当麻

『今度は俺がオフェンス』わざと聡一郎の正面にドリブルする当麻


 聡一郎が動いた瞬間、当麻の体が沈み、ボールが聡一郎の股間をすり抜ける。聡一郎も当麻の動きに引かれて反応し、ドリブルでゴールに斬り込む当麻より先に回り込んでブロック。

 当麻がそれをかわして後方にジャンプしながらフェイダウェイシュート※2。吸い込まれるようにボールがリングを潜る。


「絵になるな、当麻のシュートは(髪染めてるし)。高校バスケで全国屈指のシューティングガードって言われただけはある」悠一

「ほんと新鮮、真剣だとカッコいいんだ」和香

「当麻はともかく、橘も凄い。才能だけなら全国レベルな気がする」健吾


『ドリブルでゴールまで斬り込んで、そのままジャンプシュートのつもりが、先をこされた。何って反応するんだ、久しぶりに驚いたぞ』当麻

『高校で遊んでた相手とは全然違う。滅茶苦茶、速いし、上手い。また、俺がオフェンスか、俺のドリブルじゃかわせないよな』聡一郎

『動かないとどうするのかな?』当麻

『動いてもくれない、仕方ないか』左にフェイントして、右に回る聡一郎。


 今度は当麻が聡一郎の動きに反応して、聡一郎のサイドを割ってボールを奪い、オフェンスにチェンジ、ドリブルでゴールに斬り込む。

 その瞬間、ボールを正面から聡一郎が奪い返す。また、レイアップシュートを決める。


「ナイスパス」聡一郎

「おまえ最初から俺のドリブルを狙ってたのか、頭に来た」当麻


 フリースローラインに戻ると、そのままあっさり3ポイントシュートを決める。


「冷静になった。今の3ポイントは無し、やり直しだ」当麻、『次は超本気のドリブル、誤魔化し無しでダンクシュートを決める』


 フリースローラインから聡一郎の左足元を狙い、高速ドリブルで聡一郎を一気にかわして、ゴールに斬り込む。

 聡一郎も反応して当麻に喰い下がるが、高速フェイントにつられて、当麻に逆サイドから背後に回られる。当麻がそのままダンクシュート、リングにぶら下がる。


「どうして橘がいる?」目の前でリングを掴む聡一郎と顔を見合わせる当麻。

「空中でブロックできる気がしたけど、ちょっと出遅れたみたいだ」

「マジか?おまえ凄いな」リングを掴んだまま笑顔になる当麻。


 ドリブルで攻める聡一郎のボールをサイドから奪う当麻、そのままボールを持って走り出す。


「おまえにボールはやらない」ボールを待ったまま走って逃げる当麻。

「当麻、トラベリングだ、ちゃんとドリブルしろ」聡一郎が追う。


『嫌だね』体育館を斜めに走って逃げる当麻、壁際の梯子を登る。2階の壁際通路(キャットウォーク)を走る。


『本気で遊べる、笑える、滅茶滅茶楽しい』当麻


「残念、そっちは行き止まりだ」聡一郎

「そうでもない」キャットウォークの安全柵を飛び越える当麻。


 壁面に設置されたバスケットゴールのバックボードを右手で掴んで、左手でダンクシュート、リングに嫌われてボールが落ちる。

 キャットウォークの安全梯子の上から飛んで、聡一郎がリバウンドを拾う。

 ゴールリングから体を振って聡一郎にダイブする当麻をかわして、聡一郎がフェイダウェイシュート、ボールはバックボードで弾けて落ちる。


『簡単には真似出来ないか、でも、もう一回』リバウンドを取りに行く聡一郎。


「(二人とも子供だな)、聡一郎、いい加減にしろ、そろそろ練習だ」と恒星が叫ぶ。

『お終いか』リバウンドを取って3ポイントラインに戻る当麻、ゆっくりと3ポイントシュートを打つ。

 手持ち無沙汰だった恒星が、そのシュートを空中でキャッチして、そのまま軽々と305cmの高さにあるリングにダンクシュートをきめる。


『こいつも凄い、どんだけ跳べるんだ』当麻


 ゴールでボールを拾う聡一郎、3ポイントラインまでゆっくり戻り、反転してリングを狙う。


「今のアリウープ※3をもう一度頼む」、更に高くシュートする聡一郎。その高いシュートを空中でキャッチしたまま、もう一度、ダンクシュートを決める恒星。


「聡一郎、遊びは終わりにしろ」恒星

「分かった(355cmなら余裕か)」聡一郎


「当麻、時間過ぎてる。俺らも練習に戻ろう」健吾

「当麻、今度、シュートも教えて欲しい」聡一郎

「今からでもいいけど、やる?俺は良いよ、橘といる方が楽しい」当麻

「今は不味い、バレーも練習しないと恒星が怒る」

『また、厄病神か』当麻

「おまえと橘のせいで女子のチェックに集中出来なかっただろ」健吾

「それは不味いな、健吾はチェックのやり直しだな、俺も付き合う」当麻


※1 レイアップシュート: 走りながら打つシュート。ボールをリングの上に置くように放つ、バスケットボールのシュートの中でも基本的なシュート。

※2 フェイダウェイシュート: ディフェンス(守る側)のブロックをかわす為に後方にジャンプしながら打つシュートのこと。数あるシュートの中でも難易度が高い。

※3 アリウープシュート: 味方がリングの近くにボールを投げ、 それを空中でキャッチしてダンクシュートをするプレー。

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