びんざさら舞

(5月14日土曜日、三社祭氏子各町神輿連合渡御)


 午前10時、例大祭式典

 午前11時、神事びんざさら舞奉納(神社神楽殿)

 正午、各町御祓い神事・御神札授与(神社拝殿)


 町内神輿連合渡御
、浅草氏子44ヶ町の町内神輿約100基の渡御とぎょ。浅草寺本堂裏広場に参集した神輿が一基ずつ出発して、浅草神社でお祓いを受けて各町会へ出かける
。



 午前10:50 浅草神社の神楽殿、聡一郎、神田淳、目白綾乃、片岡瑞穂が舞台脇に座っている。聡一郎が三社祭の野点を手伝ってるので、特別に神楽殿行事を見せて貰っている。


「『びんざさら舞』は緩慢な踊りだし、びんざさらに添える楽曲も眠くなるけど、珍しいものだから、寝ないように頑張ろう。法学部の講義よりはマシだと思う」と聡一郎が説明する。


 三社祭の「びんざさら舞」は五穀豊穣、商売繁盛、子孫繁栄などを祈願して行われる、田植行事を芸能化した田楽舞の一種だ。百姓の田楽舞としては上品で優雅な舞で、装束にも特徴がある。白と臙脂えんじに染め分けられた縒糸よりいとを周りに深々と垂らし、顔を覆い隠す「綾藺笠あやいがさ」を冠り、袴や金襴の衣装を纏い、紅白の紙を散らし籾撒もみまきに見立て、楽器である編木ささらで音を奏で、五穀豊穣や悪霊退散を願って舞う。そこに獅子舞が合わされて子孫長久や悪病祓いも祈願される。

 田楽は平安時代に始まって、鎌倉から室町時代にかけて大変流行した。演者は派手な衣装を着て、びんざさらを摺り、鼓を打ちながら音を出し、いろいろと陣形を変えて豊年や悪霊退散を願って踊る、もともとは百姓の舞だったらしい。


 取り敢えず説明したから、寝たら起こして、と神田淳に寄りかかる。『やっぱり、寝るんだ』と思う神田淳と目白綾乃。



 --「神事」 びんざさら舞ーー


 びんざさら舞は浅草神社の神事として三社祭で踊られる田楽舞で東京都無形民俗文化財に指定されています。推古天皇御代36年(628年)3月18日浅草浦付近(宮戸川)で漁をしていた漁師の兄弟の網に一体の小さな観音像がかかり、草庵に安置しました。その草庵を作った十人の千束田圃せんぞくたんぼの百姓衆が草庵の完成を祝って踊ったのが「びんざさら」の始まりだそうです。

 現在は、三社祭の第一日目の金曜日に大行列が浅草の街を歩いて浅草神社に到着後、五穀豊穣、商売繁盛、子孫繁栄などを祈って、氏子の人々により拝殿で奉納されます。

 


 ***



(浅草神社の神楽殿に隣接する茶室を借りて)


 聡一郎が点てた茶を、神田淳に茶碗の正面を向けて渡す。亭主も客も関係なく、神田淳、目白綾乃、片岡瑞穂と円になって正座している。


「今日は乾杯しないんだ」

「あれは秘密の作法なの、今日は回し飲み※1」

「隣に回すの?茶碗じゃなくて」

「ああ、実はこれも秘密の作法だ」


 ※1 茶道で飲む抹茶にはと濃茶があります。一般的に、薄茶は一人一碗ずつ点てられ、濃茶は一碗を複数人で回して飲みます。聡一郎のは薄茶の回し飲みです。一味同心の作法にこだわらない気楽さと、薄茶でも何度も点てるのが面倒で、そうしてます。


「ドキドキするね」瑞穂

「でしょ、秘すれば花って言うからね」聡一郎

「それで、どうやって飲めばいい?」淳

「適当、俺もユネクロだし」聡一郎、急須でお代わりの抹茶を点てている。


「適当って結構難しい」綾乃

「じゃあ、初心にかえって、隣の人に感謝する」

「それだけ?」綾乃

「簡単でいいでしょ、そのかわり気持ちを込めて」


 神田淳、目白綾乃、片岡瑞穂と順番に飲んで隣りに茶碗を回す。


「美味しい気がした。いいのか?」綾乃

「うん、気持ちも軽くなった気がする」瑞穂

「気のせいだと思うけど、ありがとう」聡一郎

 

 左掌ひだりての中の茶碗を眺める聡一郎。


「妙に楽しそうだな、何か見えるのか?」淳

「俺は作法がなってないって、年上の従姉弟が煩かったけど、祖父は、そのままでいい、初心のままでって言ってたなって」聡一郎

「初心忘るべからず、本来は未熟さを忘れず励めって意味だよね」瑞穂

「そうか、聡一郎の出鱈目は遺伝か」淳

「どうだろ、でも懐かしい」聡一郎


 かすかに茶碗をあげて、一口、二口と一気に飲みほす聡一郎。


 ***


 祖父は茶の湯の「侘び寂び」と能の「幽玄」はつながってるって言ってたけど、能の世阿弥は田楽を能の先祖と言ったらしい。だから茶の湯と田楽はつながってる。


「あっくんもそう思った?」聡一郎

「ああ、つながってるって感じた」淳

「ごめん、流石につながってないと思う。出鱈目な家系だから信じない方がいいよ」聡一郎


「でも、お茶とお能はつながってる気がする」瑞穂

「ゴーストみたいなのところ?」聡一郎

「やっぱり幽霊が好きなんだ」瑞穂

「好きじゃないよ。映画の話だけど、前世で裏切った恋人を、生まれ変わるたびに殺しておいて、それでも愛してるって、彼が生まれ変わるの待ち続けるって怖い。ゴーストなりの楽しみ方ってあると思う」聡一郎

「それがゴーストなりの楽しみ方じゃないの、分かるわ」綾乃、『俺は目白の方が怖い』と思う淳。


「俺だったら過去のことは忘れる」聡一郎

「まあ、私も一本投げ飛ばして忘れるわ」綾乃

「それも気持ち良さそう」聡一郎

「投げられたい?」綾乃

「それはあっくんに譲る」聡一郎

「勝手に俺に振るな、おまえの悪い癖だ」淳


「でも、お茶とお能はゴーストって、全然、分かんない」綾乃

「そう?私は何となく分かるけど。お能って幽霊の話しが多いし」瑞穂(国文学科です)


 片岡瑞穂が世阿弥の夢幻能「井筒」を語る。


 昔を懐かしみ井筒のまわりで舞う女、

 夫の形見の衣装を身に着けて。

 昔、幼なじみの男女が井筒の水面に、

 姿をうつして語り、遊び、やがて結ばれた。


 けれど、それも昔、

 老いてしまった自分に気づいた女は、

 子供の頃したように、

 思い出の井筒の水面に自分の姿をうつす。

 そこに映るのは、女の姿とは思えない、

 男の面影だった。


「なんて懐かしい…」そう呟いて、

 萎む花が匂いだけを残すかのように、

 彼女は消えてゆく。



「御免なさい、良く分かりません」綾乃(法学部)

「俺もです」神田淳(法学部)

「雰囲気似てるかなって思ったんだけど」瑞穂

「似てたよ、でも、ゴーストみたいになるより、何も考えず笑っていたいけどね」聡一郎(宗匠)



 -- 世阿弥の作品 --


「井筒」

 
旅の僧が在原寺に立ち寄り、在原業平と妻を弔っていると、里に住む女が登場し、在原業平と妻の馴れ初めを語り、実は自分は在原業平の妻(の霊)であると明かして去っていきます。

 その夜、僧が眠っていると夢の中に、先ほどの霊が在原業平の装束を着て現れ、在原業平と過ごした日々を懐かしみながら舞います。そのまま井筒(井戸)を覗くと、水面に映る自身を見て在原業平を思い出し、恍惚の表情を浮かべます。そして夜が明けて、在原業平の妻の霊が消え、僧が目覚めるところで曲は終わります。このように、霊的存在が登場して過去を回想する形で物語が展開する曲は「夢幻能」と呼ばれる形式に分類されます。


 それは物寂しい秋の日の事だった。旅の僧が大和国石上にある在原寺に立ち寄った。そこは昔、在原業平とその妻が住んでいた所だったが、今はもうその面影は無く、あたりには草が茫々と生えていた。在原寺はすでに廃寺になっており、業平とその妻との名残の井筒からも一叢のすすきがのびていた。僧が業平夫婦を弔っていると、どこからともなく里の女(実は業平の妻の霊)が現れ、業平の古塚に花水を手向ける。僧が彼女に話しかけると、彼女は業平の妻である事を隠しつつも、想い出の井筒を見つめ、僧に促されるまま、業平と過ごした日々を語りだす。彼女が言うには、業平は妻と仲むつまじく暮らしながらも他の女のもとにも通っていたのだが、ひたむきに彼を待ち続ける妻の心根にうたれ、女のもとへは通わなくなったのだという。「もっと業平の事を教えてください」、僧にそう促されると、彼女は業平との馴れ初めを語りだした。

 昔この国には幼なじみの男女がいました。二人は井筒のまわりで仲良く語り合ったり、水面に姿を移して遊んだりしていましたが、年頃になると、互いに恥ずかしくなり疎遠になってしまいました。しかしあるとき、男がこんな歌を女に送ったのです。 「筒井つついつの 井筒いづつにかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに」昔あなたと遊んでいた幼い日に、井筒と背比べした私の背丈はずっと高くなりましたよ。あなたと会わずに過ごしているうちに。

 女は男に歌を返しました「くらべこし 振分髪も肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき」あなたと比べあった、振り分け髪も肩を過ぎてすっかり長くなりました。その髪を妻として結い上げるのはあなたをおいてはありえません。

 こうして二人は結ばれたのだという。 最後に彼女は自分が業平の妻(の霊)である事をあかし、どこへともなく去ってゆく。


 その晩、僧が床につくと、夢の中に先の女が現れる。夢の中で彼女は、夫・業平の形見の衣装を着ていた。業平を想い舞を舞うシテ。「昔あの人と暮らした在原寺で、こうして昔を今に返すように舞っていると、井筒に映る月影のさやかな事…」そうつぶやいた彼女の思いは次第に過去へと遡っていった。「月はあなたのいらした頃の月と同じでしょうか、春はあなたのいらした頃の春と同じでしょうか…、そう詠みながらあなたを待ち続けたのはいつの事だったでしょうか…」

「筒井つの」彼女は思い出の歌をくちずさむ。「井筒にかけしまろがたけ、いにけらしな…」そう詠んだ彼女は、自分がいつの間にか老いてしまった事に気づかされる。彼女の足は、自然に思い出の井筒へと向かう。そして業平の直衣を身に着けたその姿で、子供の頃業平としたように、自分の姿を水面にうつす。そこに映るのは、女の姿とは思えない、男そのもの、業平の面影だった。舞台は一瞬静寂につつまれる。「なんて懐かしい…」そう呟いて、彼女は泣きくずれる。そして萎む花が匂いだけを残すかのように彼女は消え、夜明けの鐘とともに僧は目覚めるのだった。



「西行桜」


 京都、西行の庵室。春になると、美しい桜が咲き、多くの人々が花見に訪れる。しかし、今年、西行は思うところがあって、花見を禁止した。 一人で桜を愛でていると、例年通り多くの人々がやってきた。桜を愛でていた西行は、遥々やってきた人を追い返す訳にもいかず、招き入れた。西行は、「美しさゆえに人をひきつけるのが桜の罪なところだ」という歌を詠み、夜すがら桜を眺めようと、木陰に休らう。その夢に老桜の精が現れ、「桜の咎とはなんだ」と聞く。「桜はただ咲くだけのもので、咎などあるわけがない。」と言い、「煩わしいと思うのも人の心だ」と西行を諭す。老桜の精は、桜の名所を西行に教え、舞を舞う。そうこうしているうちに、西行の夢が覚め、老桜の精もきえ、ただ老木の桜がひっそりと息づいているのだった。


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