子供の日(柏餅)

 ■台東区谷中5丁目、聡一郎の祖父母の家


「凄い、御屋敷みたい」と驚く片岡瑞穂。


 言われてみると、茶室もあるし書院もある、枯山水の庭までついてる。それに400年近くここにあるらしいから、変なものまで居ついてる。ちょうど枯山水の庭で双子の子供が遊んでいる。


「祖父母の弟子が茶道、茶事、料理教室に生花教室までやってるから人の出入りは多いけど、家族で住んでるのは祖母だけだから気にしないで」

「橘君のご両親はご一緒じゃないんだ」

「両親は遠くにいるから、いつも祖母に甘えてる」


 門を潜り、開け放たれた玄関を通り過ぎて、勝手口から家に入る。広い調理場に、調理器具が並んでいる。


「料理が趣味だったから、祖母が買い揃えてくれたんだ。今日は仕込みも凄いよ、素材を厳選して取り寄せたから」


(本日の手巻き柏餅、素材お品書き)

 お好みの具材と餡に、お好みで調味料を加え、お好みのもち、お好みの葉っぱで包む。


⚫︎調味料(醤油、砂糖、塩、レモン汁、バター、バルサミコ、オリーブオイル、生姜、サルサ他)

⚫︎具材(①〜③を組み合わせる、①和[梅、生姜、きな粉、大根、茄子]、②洋[苺、キュウイ、マンゴー、パイナップル、アーモンド、クルミ]、③エスニック[パクチー、ココナッツ、レモングラス])

⚫︎あん(①小豆あん、白あん、味噌あん、②生クリーム、カスタードクリーム、③シェーブルチーズ、青カビのチーズ)

⚫︎もち(①〜③をブレンドする、①上新粉、②白玉粉、③ヨモギ入り上新粉)

⚫︎葉(①柏の葉、桜の葉、②紫蘇の葉、③海苔)



「手巻きで、いいかな?」と聡一郎が作り方を説明する。おもちは混ぜてレンジで加熱したのを用意したから、好きな具材に、好みで調味料を加えて、好きなあんで包んで、また、好きなもちで包む。最後に、また好きな葉っぱを巻けば出来上がり。


 最初は普通に作ってみよう。瑞穂ちゃんは小豆に塩を少し、俺は白あんに味噌と梅を少し加える。もちは上新粉をねったものを、麺棒で楕円形に伸ばして、伸ばした生地の上に餡子を乗せて、合わせ目を閉じて縁を整える。最後に柏の葉で包んだら、出来上がり。交換して食べてみようか、どうかな?


「美味しい!」

「でしょ、味噌、梅、小豆、うるち米、それぞれ自然なものを使っただけだけど」


「瑞穂ちゃんのも、ちょっと甘いけど美味しい」

「甘かった?」

「多分、俺が甘いもの苦手なだけ。でも恒星も苦手な気がするから、甘さは控えめが良いと思う」

「確かに甘いもの食べてるの想像できないね」


 次はフルーツを使ってみよう。上新粉と白玉粉をブレンドしたもちを使えば上手くいくと思う。フルーツ大福の真似だけど、好きなフルーツを選んで、白あんでフルーツが少し見えるようにして包めば、あとはさっきと同じかな。


「作ってみたけど、橘君、食べてみる?」

「マンゴーに生クリームを乗せて小豆あんで包んだものを、もちと柏の葉で巻いたのか、白あんでなく小豆にしたのは良いと思う」

「うん、美味しい気がする」

「こっちはオーソドックスに苺大福ぽっく作ってみた、食べてみて」

「ほんと、苺大福だ。でも、柏の葉って何のために使ってるんだろ?」


 葉っぱでくるまれていると、餅が手にベタベタとくっつかないよね。昔は食べ物を置いたり包んだりするのに葉っぱが重宝したんだ。特に柏の木の葉はやわらかくて食べ物を包みやすいし、食べ物と一緒に蒸すとよい香りがするので好まれたそうだ。

 商売上手な江戸の商人が、カシワは新芽が育つまで、古い葉っぱが落ちないから、「柏餅を食べたら跡継ぎが途絶えないよ」って宣伝したら、端午の節句の贈り物として、江戸の武家で人気になって、参勤交代の影響もあって全国に広まったらしい。



 パイナップルとカスタードクリームを白玉粉のおもちで包んで、きな粉をかけて海苔で巻く、出来た。食べてみる?と片岡瑞穂、それは遠慮しとく(俺には甘そう)と断る聡一郎。

 あと試したかっのが、苺とパクチー、アーモンドスライスに、ちょっとオリーブオイルをかけて、シェーブルのチーズで包んで、生クリームも挟んで、上新粉と白玉粉を混ぜた餅で包んで、それを柏の葉で包む、、出来た、食べてみる?


「橘君、先食べて」

「美味しいけど、柏餅って感じがしないかな。桜の葉の方が良かった気がする」

「じゃあ、私は同じものを桜の葉で、、美味しい、凄く新鮮な感じがする」


 お腹がいっぱになってきた。また、作りすぎたけど、お祖母ちゃん食べてくれるかな。


 ***


(午後9:00)


 茶道、茶事、料理教室、生花教室も終わり、広い屋敷に静寂が戻る。家政婦がダイニングで夕食を片付ける音が聞こえる。テーブルに柏餅を並べて祖母の橘楓乃たちばなかやのに見せる聡一郎。


「小豆、味噌、大根、茄子、どれがいい?」

「柏餅というより、お焼きの具材に聞こえたけど」

「お焼きのようでも、柏餅。葉っぱで包んでるから。タイ風なのやフルーツ大福っぽいのも作ったけど、それは食べちゃった」

「せっかくだから、桜の葉で巻いた大根と普通の味噌の柏餅を頂くね」

「美味しい」煎茶を飲む楓乃かやの

「良かった、祖父ちゃんにも食べて貰おう」


 祖父慶一の位牌の前に柏餅をお供えし、手を合わせる聡一郎。


「祖父ちゃんとはお茶かな、飲みたいよね」


 お茶を点てる聡一郎、そばには今も聡一郎を静かに見守る慶一がいる。


 繋がっている、橘のすべてが聡一郎に受け継がれ、聡一郎とともに生きている。聡一郎の両親、大智と彩空さらも一緒に、そう感じる楓乃。

 聡一郎がいれば、寂しくない。自分が老いることも、なくなることも、気にならない。優しい顔で聡一郎を見る楓乃かやの、静かな夜が暮れてゆく。


 ***


 ■4月28日(木) 男子バレー部部室


「GWってどうする?部活も休めるよな」悠一

「そうだな、家でゴロゴロしてようかな」智裕

「いいね、ゲームも漫画もあるし、ドラマだって、飽きたら寝てればいいしな」悠一

「どうせ彼女もいないし、バイトする時間も金使う暇もないしな」智裕

「彼女か、そう言えば、聡一郎は瑞穂ちゃんと付き合ってるのか?」湊

「多分な、彼女、聡一郎の実家にも行ったらしい、今も一緒だった」悠一

「恒星は?GWどうする」智裕

「練習だ、ゲームも漫画も、彼女もいないからな」恒星



 ■5月4日(水) 練習後、人影もなくなった桜並木


 帰ろうとする恒星を片岡瑞穂が待っている、聡一郎がそばにいる。


「おまえたち、付き合ってるのか?」

「付き合ってないよ」

 何聞いてくんだ、空気読めよ、と思う聡一郎。

「まあいい、俺には関係ない」

「ちょっと待って、関係ないことはない」

 面倒くさい奴、と聡一郎が辟易していると、

「大和君」と片岡瑞穂が話しかける。

 無視して帰ろうとする恒星。

「誕生日のプレゼントを渡したいなって」

「誰の?」

「大和君の」

「俺の誕生日か、じゃあいらない」

 そのまま通り過ぎる恒星。


「恒星、ちょっと待って」

「何なんだ、どうしておまえが一緒にいる?」

「瑞穂ちゃん、未だ話終わってないから」

「おまえのは答えになってないし、俺は聞くつもりもない」

「だから、ちょっと待って」

「何なんだ、おまえには関係ないだろ?」

「ちゃんと話しを聞けよ、それくらい構わないだろ」

「余計なことをするな。分かってんだろ、煩わしいだけだって。その気もないのに聞いてどうなる」

「それでも、聞けよ」

「ウザい。おまえには関係ないって言っただろ」

「関係ないよ、でも、それがどうした。関係あるとかないとか、そんなのどうだっていいだろ。人を好きになったら悪いのか」

「何キレてんだ、だったら他の奴にしろ」


 片岡瑞穂が聡一郎の腕を掴む。


「ごめんね、橘君に一緒に来てもらったのに、逃げてたらダメだよね、自分で言わないと」


 恒星を見る片岡瑞穂。


「私、大和君に憧れてた、高校の時から。でも、憧れじゃなく、好きになりたい」


「迷惑だ」


 恒星は真っ直ぐに片岡瑞穂を見つめている。


「ごめん、分かってた」

「謝らなくていい、おまえのせいじゃない、俺の問題だ。プレゼントも受け取らない」


 目を逸らす片岡瑞穂、溢れた涙がこぼれ落ち、季節外れの雪のように消えてゆく。


「片岡も、自分の誕生日を忘れるような奴はやめとけ」


 ***


 片岡瑞穂と聡一郎が、グラウンドのベンチに並んで座っている。


「橘君のおかげで、言えた思う。少しだけ、聞いて貰えた気もする。それに、大和君は思ってた通りだった。本当は優しいと思う」

「俺には、そうは思えないけど」

「思うよ、橘君と同じくらい優しい」


 ちがうか、橘君はもっと優しいな、、


「私、憧れなんかじゃなく、本気で誰かを好きになりたくなった」


 片岡瑞穂が聡一郎に、一緒に頑張ろうね、と小さな声で言う。


 ***


 グラウンドのベンチに座って恒星へのプレゼントを食べている聡一郎、恒星が隣りに座る。


「未だいたのか?」

 だったら人の話も聞け、まあ、結果は同じか。


「おまえのせいで気分が悪くてな、練習してた」

「悪かったな(相変わらずムカつく奴)」

「おまえが食べてるのか?」

「勿体無いだろ、昼を抜いて正解だった」

「良く食えるな、そんなに甘いもの好きか?」

「好きに見えるか?」

「見えないから聞いてる?」

「実は甘いものは苦手だ。家庭の事情で苦手だとは言い辛いがな。クソ、出来るだけ甘くならないように作ったのに、何でこんなに甘いんだ?」

「おまえが作ったのか?」

「手伝ったんだ、成り行きで」

「手伝おうか?俺も甘いの苦手だけど、俺のせいでもあるからな」

「助かる」

「何だ、これは?」

「苺だ、パクチーも入れてみた」

「悪くない」

「気が合うな、じゃあ、青カビはどうだ?」

「これも悪くない、ワインはないのか?」

「おまえ未だ20歳じゃないだろ」

「こっちは?」

「和風だ、梅と大根を味噌で包んでる」

「肉はないのか?」

「それは気がつかなかった、今度考えとく」

「頼む」

「先に、こっちの生クリーム入りの小豆を頼んでいいか?出来れば、その隣りのカスタードクリーム入りのきな粉も頼みたい」


 ***


 食べ過ぎた、動きたくない、とグラウンドに転がる聡一郎。


「受け取らなくて正解だった、何でこんなに作ったんだ?」

「悪いが、作るのが好きなだけだ(気づいた時は手遅れだった)」

「手伝ったのも好きだからか」

「好きだよ、可愛いし、一生懸命だった。おまえにだったけど」


 転がったまま、空を見る聡一郎。


「やめとけって言おうか迷ったけど、言わなくて良かった」


 おおっ、すっげー、東京の空もやるね、星が降って来た、凄いや、


「朝までそこで寝てろ、俺は先に帰る」


 立ち上がる恒星、寝たままの聡一郎を見る。聡一郎は未だ空を見てる。


「おまえ、明日は何してる?」

「寝てる、おまえのせいで疲れた」

「だったら、俺の練習に付き合え」

「何で?」

「リフレッシュだ、おまえのせいで俺も疲れた。朝、起こすからな、じゃあな」


 立夏、夜の闇、グランドのどこかで蛙が鳴いている。




 -柏餅-


 昔、食器がない時代に、食べ物を置いたり包んだりするの使われた葉っぱ。なかでも、柏の木の葉っぱは食べ物と一緒に蒸すとよい香りがし、やわらかく、食べ物を盛りやすいので好まれたと伝わります。

 そして、江戸時代。商売上手な江戸の商人が、あんを餅で挟み、カシワの葉で包んで売り出したことで、柏餅が誕生。カシワは新芽が育つまで、古い葉っぱが落ちないことに商人が目を付け、「跡継ぎが途絶えないよ」と謳ったところ、端午の節句に贈り物として爆発的にヒット。

 端午の節句は、菖蒲など香りの強いもので邪気祓いをする行事でもあり、その意味でも柏は相性が良く、まず武家の間で人気に火が付き、参勤交代の影響もあって、全国に広まりました。

 上新粉、白玉粉、もち粉の違いは、原料と作り方の違いです。上新粉、白玉粉、もち粉はすべて「米粉」です。和菓子つくりのレシピを見ていると、よく目にする上新粉や白玉粉ですが、いずれも米を加熱せずにそのまま粉にした米粉なのですが、実はこの2種類の粉の原料や製法は異なります。まず上新粉というのは、精白した「うるち米」を洗って乾燥させた後に細かい粉にしたものです。一方の白玉粉は、洗った「もち米」を水に浸し、その後水を加えながら石うす等でひき、沈殿したものを乾燥させてつくります。そして、「もち米」を原料にして上新粉の製法で粉にすると「もち粉」になります。

 この3つの粉を使ってモチを作ると、白玉粉、もち粉、上新粉の順で仕上がりが柔らかくなります。弾力のある上新粉だけを使って団子を作ると、喉につまりやすかったり噛み切れなかったりと、お子さんや年配の方にとっては少し食べにくいこともあるかもしれません。そんな時には上新粉に白玉粉を混ぜて使用するのがお勧めです。 上新粉で作ったようなコシや歯切れの良さはそのままに、柔らかく消化も良い団子なら安心していただけます。

 私達が普段食べているお米「うるち米」を原料とした上新粉は、価格も手頃で最もポピュラーな米粉と言えるでしょう。上新粉は粘りが少なくて歯切れよく、コシと歯ごたえがあるのが特徴。 上新粉を使った和菓子では、月見だんご、串だんご、柏餅、草餅、ういろう、端午の節句に食べる粽(ちまき)等がよく知られています。

 白玉粉は主にもち米の中のでんぷん質を取り出したものなので、まろやかな食感が特徴的です。粒子が細かいので消化がよく、冷やしても固くならないので、団子などによく使われます。

 なめらかで、冷やしても固くならないのが特徴の白玉粉。代表的なレシピと言えば、やはり独特のつるりとした食感の白玉団子、桜餅や大福餅、洋菓子ではクッキーやケーキ作りにもよく使われます。伸びがあって滑らかな食感をもつ白玉粉はお菓子だけでなく、ご飯物や汁物からおかずまで様々な料理で活躍する非常に使い勝手の良い米粉です。

 もち粉は白玉粉よりもキメが細かく、水に溶くとよりなめらかで粘性の高い生地になります。お米の風味が強く、大福の皮などに使われます。モチモチした生地になるので、求肥や大福作りによく使われます。他にも仕上がりをなめらかにするために、ケーキやどら焼き、ドーナツ等の生地に混ぜ合わせたりという活用方法もあります。

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